1 ファルコ・ミスリル
1 ファルコ・ミスリル
日当たりの良い草原をのんびりと走る三つの影があった。
のんびりと言っても彼ら草原を駆け抜ける妖精族の基準であり、
人間には目にも留まらぬ速さである。
それでいて、彼らの通った後の草花は、傷一つつかずに爽やかな風に身を任せていた。
「……うっさいなぁ。アップルは愚痴っぽいからヤダよ」
黒髪黒目(少々茶が混じっている)の少年はぼやいた。
どうみても三人とも身長1mあるかないかの5歳程度の幼児だが、
発言した彼は50歳にもなる立派な成人である。
「あたりまえでしょ?!!」
小さな身体に似合わぬ大声で少女は叫ぶ。
「……」その後ろをついて走る少年は小さくため息をついた。
アップルといわれた少女とその後ろを走る少年の容姿はとても良く似ている。
髪と瞳の色も綺麗な茶色だし、表情が豊かで気づきにくいが顔立ちも極めて端正だ。
二人の違いはせいぜい髪の毛が長いか短いかと服装くらいしかない。
「まだ15の子供を独り立ちさせるとか、馬鹿じゃないの?」
「みため一緒。もんだいなし」「ばかっ!」
「というか、僕らだって"子供"の頃に結婚したじゃん」「……うっ」
「子供もすぐ産まれたし」「ぐぐぐっ……」
それはぁ……そーだけど。と恥ずかしそうに頬を赤らめる少女。
驚くべきことに、この三人は親子であった。
ちなみに、彼らの感覚では40歳以下は"子供”である。
「父さん。母さん。車輪の王国の王都が見えたよ?!」
可愛らしい声を放った少年は未来への希望を隠さない。
「僕ら妖精の世界って面白いのかな?」
少年の問いに両親は「さぁ?」と答えた。
妖精といっても色々いて、彼らの一族は元の世界に帰る手段を失って久しい。
神話の時代には世界の垣根を勝手に超えてやってきたそうだが。
「あのね。僕ね。その世界をみてみたいの!」「がんばって」「おー」
ぽかぽかな陽気の草原を走る影たちは動きを止めた。
「じゃ、僕らは郊外の森にある"五竜亭"って宿に行くから」
「うん」
少年は頭をふる。
「身体に気をつけて。わからないことがあったらわかるところまでもどりなさい」
「うん」
「あと、あと……」
色々言いたそうなアップルをミリオンは止めた。
「今日から僕らのことをミリオンとアップルって言うんだよ?」
「……うん」
唐突に世界一の都、「車輪の王国の王都」で独り立ちしたいと言い出したのは息子のほうだった。
「あのの!」「うん??」「なぁに?」
「……父さん、母さん。いままでありがとうなの」息子は両親に頭を下げた。
「ミリオンだよ~」
「……アップルって言われるのね。寂しいなぁ」二人は感慨深そうにしている。
「じゃ。ファルコ」
「ファルコ、母さん……アップルは……ミリオンやファルコと一緒にいるから」
「え?」
ミリオンは意外そうな顔をした。
「なによ?」
可愛らしい顔が不思議そうな顔になるアップル。
「子供育ったじゃない?」
「……怒るわよ??」
彼らの一族は子供が独り立ちしたら家族を解散する風習がある。
とはいえ、近年では人間の影響を受けてアップルのように幸せな家族を持ちたいという者もいる。
両親の口げんかはしょっちゅうだが、
本当は仲が良いことを知っているファルコは特になにも言わない。
「いってくるの!!!」
少年は尖塔が並ぶ巨大な街に駆け出した。もう、彼はただの子供ではない。
……。
車輪の都の王都っておっきいなぁ。少年が呟くと周囲の人間が田舎ものをみる目線で去っていく。
実際、大きいだけではなく、ほかの都のようにはいってすぐに目にはいる、貧しさに腐ったような人間はいない。
皆はつらつとして明るく、希望に満ちている。王家の善政が下々にまで行き届いている証である。
彼にとって王都は初めてではない。だが、今日は全てが彼の瞳に新鮮にうつる。
幼児が一人で出歩いてもたちまち攫われるような治安の悪さはこの都にはない。
もっとも、草原妖精の一族をさらう愚かな奴隷商人は、
たちまちのうちに壊滅の憂きの目に会う。
彼ら、草原妖精は子供たちの守護者でもあるのだ。
小柄なファルコからの視点ということを差し引いても天にそびえるような巨塔の群れ。
威勢のいい露天商の掛け声、美しい貴族街の町並み。
その全てが彼の旅立ちを祝福しているかのようだ。
ファルコは大きく伸びをする。
久々の綺麗な青空。空まで彼の前途を祝福しているかのようだ。
そしてぐんぐん大きくなる植木鉢。
……うえきばち??
ガシャーン!!!
「すっ!すいません!!大丈夫ですかっ!!!」
「……死ぬかと思った」
必死でよけた彼は一抹の不安を感じたが、
その予測は不幸なことにまったく外れていなかったのであった。