6 高司祭さまと鏡の中の『私』
「チーア。もっと近づきなさい」
泣きはらした目をぬぐって高司祭さまがおいでおいでしている。
「ほら。私の膝に座りなさい」いい香りがする。
しばらくなすすべもなくホールドされていた俺。
かなり恥ずかしいが彼女が落ち着くまで待つ。
「……。なんですか?これ……髪のあちこち、禿げが見える切り方ですが? 」
俺の髪に鼻先を近づけていた高司祭さまはふとそう漏らした。
「適当に掴んではナイフで切ってますからたまにそうなります」「ハサミを使いなさい……」
いいじゃん。髪なんてどうでもいいし。
「切ってあげます。ほら。……動かないでください」
チョッキン、チョッキンとリズミカルな音。
「髪ですが、多少ならごまかせるはずです」
髪の伸びをよくする祈祷を行ってくれる。
ボサボサ髪に香油を塗られ、櫛を当てられる。
「いいんですか? 私室でもあるんでしょ? この執務室」「掃除は私がやりますので問題ありません」
いや、下っ端にやらせましょうよ。
「掃除が好きなんです」なんて庶民的な聖女さまだ。
「ほら、この髪飾り、素敵でしょう? 」
……え~と。それ。地味だけど黒髪に映えるいい品で……。
「お下がりで良ければいい服が」ベッドの下は物入れになっていた。機能的だ。
つまりその……高司祭さまも黒髪黒目で……。この髪飾りって。
「こちらに」おいでおいでする彼女に嫌々従い。
神殿の長にしては質素な部屋だが、大きな姿見がある。
彼女がもたれかかるように後ろから抱きしめ、姿見のほうに俺を向ける。
それにうつった美女と……ナニコレ。
「とっても可愛いですよ」
……あたし? これ? ……これが 私?
なぜか目頭が熱くなってきた。え。えっと。なぜ私泣いているの?
片意地張ったり意固地になったり、当り散らしたり。
他の皆に負けないようにって思ってたし、泣きたいなんて思わなかったのに。
「……お、おかしいですね。あたし、高司祭さまが泣いているっておもってきたのに」
あたしが慰めてもらっている。
「幸せにならないと承知しませんから♪ 」「……」
「……『ティア』。そう呼んでいいですよね? 」「それは」母親がつけた名前。
『ユースティティア』。今は信者のいない古の正義の女神から来ている。
優しい子に育って欲しいという意味らしい。
夜明けとか。真珠とか涙とかいう意味もあって、女々しいので苦手だ。
「ティア」は「チア」と呼べる。つまりもじって「勇気」。
「母さん以外にはちょっと……ですが」えっと。
「良い? 」抱きしめる腕が、温かい心臓の音が、やわらかく包み込む胸のやさしさが心地よい。
「……普段はチーアって呼んでくださいよ? 」「理解しています。……『友達』ですからね」彼女が笑う。
「……正直、姉や友人と言うより母さんに近いですが」
雰囲気とかそっくりだし。
姿見の中で微笑んでいた美女は残念な表情を浮かべた。
「……私はまだ21歳です」
そして、首にまわった両の腕が鋼の強さを持った。
「ギブギブギブ!! 高司祭さまっ! おちついてっ!!?? 」
「誰が往き送れですか? 」鏡の美女は穏やかな微笑みを浮かべているが口元が笑っていない。
「いってません! 一言もいってません!! 」ぐあああ!! やめっ!! 死ぬっ! 死ぬぅっ??!