エピローグ。B面『正義神殿にて』
「謝罪の言葉もありません」頭を下げる聖騎士たち。
「……別にかまいません。私も『聖戦』など使いましたから」
しかも多くの市民が見ている場で。
使徒である彼女や隊長たちは「正義さえあれば良い」のだが、神殿上層部はそうはいかない。
もともと「悪 即 断」な連中が『使途』になるのだが、上層部は普通の人間が占めている。
これは神殿づとめを経たものは使徒になるという誤解からくるものだ。
チーア曰く「近くに使徒がいると使徒になる。風邪と一緒」である。
慈愛神殿ならばさておき、正義神の使徒になるもののほとんどは神殿づとめで使徒になったものではない。
そういうわけで、神殿づとめを経ても使徒になれることはまず無い。
……行儀見習いならさておき、美貌と出産可能年齢を伸ばすためなら慈愛神殿のほうが確実だ。
「正義さえ成せば良い」考えが圧倒的多層である使徒の行動は、
普通の人の集まりの上層部にとっては頭の痛い問題だ。
なんせ外に出たかと思うと王族でも斬り殺して帰ってきたりする。
正義神の使徒は基本的に政治的な問題にとても疎いのだ。
今回に至っては聖女がこともあろうに街中の喧嘩で、
禁止されている『聖戦』の奇跡を発動させてしまった。
本来なら国王や司教たちに使用許可を求めなくてはいけない。
しかも「神の声を聞いた」というものが多数出現した。
彼らの中には使徒の力を得たものが少なからずいる。
上層部からすれば自分たちの行動を神自らに全否定されたに等しい。
彼ら使途がしばらく謹慎となったのは言うまでも無い。
「わたしが卑しい乞食の身だったと知らなかったのですか? 」頷く隊長。
「ふむ。行儀見習いがんばっただけあったな」カーテンの奥でにやりと笑うドミニク。
「……へ??? 」間抜けな声を上げる聖騎士たち。
カーテンの影から現れた、にやりと下品ともいえる笑みをこぼす少女と、
いままで「聖女」と思っていた少女とを見比べる。
「紹介します。この子はローラ。今日から私の影武者を勤めていただきます」
「えっと、上層部にはナイショにしなさいってことです」ローラは済まなさそうに頭を下げた。
「……どういうことなんですか? 」隊長は頭を抱える。
「いい案でしょ? 」「……悪いとは言いませんが。聖女様。お立場を」
「あんたに言われたくない」「返す言葉もありません」
悪意があるか、害意があるかを問われれば「ある」しか答えない力を用いて民にしてきたこと。
いつしか手段が目的に。悪を滅ぼすつもりで自分が悪になっていた。それを神より指摘されたも同じである。
「人は間違いを犯すものです。隊長」ドミニクは言う。
「貴方に『使命』の力を使って良いでしょうか」「いかな『使命』でもお受けします」
『使命』の奇跡。
……与えられた使命を放棄しようとすると死の苦痛を受けるある種の呪いとも言える祈祷である。
もっとも、実現不可能な使命を与えることは出来ない。
「では、先日捕まえたスリの少年の更生を頼みます」「え??? 」
出来ないって言うの? 楽しそうに微笑む聖女に「微力を尽くします」隊長は答えた。
「では、ククルス。『汝は使命を受けるか? 』」
「喜んでお受けします」
「正義神は汝に加護を与える。鉄の意志を持って成せ」
簡単な儀式が終わると、ドミニクは楽しそうに微笑んだ。
「また、無許可で奇跡つかっちゃった」
「……私は何も見ていません」隊長や聖騎士たちはそうこたえた。
「じゃ、ローラ! 隊長! あとはよろしく! 」「はい。聖女さま」「???! 」
塔の窓から飛び降りるドミニク。スカートが舞い上がるのを両手で押さえる。
ぼふっ! という音とともに舞い降りた「聖女」を黒髪の女性はあきれたように見る。
「ドミニク。はしたないですよ」「なんであんたがいるのよ?伯爵様はさておき」
「私が企画したからですが」「うっわ~。空気読みなさいよ。あんたは執務あるでしょうが」
「ふふふ。ごきげんよう聖女様」ワイズマンは楽しそうだ。
「たのしいの! これ! 」魔法の絨毯の乗り心地にすっかりご機嫌のファルコ。
一方、チーアは激しい乗り物酔いで青い顔をしている。その背中を撫でるのはやる気のなさそうな青年。
(……ふられたって言いませんでした? )
小声の高司祭さまの表情が少し違う。
(ふられたけど? )(でもデートしてよりを取り戻したと)
……ああ。ドミニクは苦笑した。
(もっといいのを見つけた)(はい??? )
「チーア。具合が悪いなら私に見せなさい。治してあげます」
「うげえええ。なんじゃこれ…高いし早いし怖いし」
慣れない人間を空飛ぶ絨毯に乗せると普通はこうなる。
(勇敢だし、一本気だし、この子もらっていい? )(ダメです)
「チーア。良ければうちにこない? すっごくかわいがってあげるけど? 」「やだ」
「そういわないで」「ロー・アースと仲良くやってくれ」
そういって無理やりロー・アースの手を握らせて絨毯の隅に移動するチーア。
「ね? ね? 」「いや、ほんとに辞めてくれ。吐きそう」
「私に吐いたら結婚してもらうからね」「ロー・アースに吐く」「……」
「友よ。斬新なプロポーズだな」「絶対違う」
即座に否定するロー・アース。
「うん? 意味わかんないんだけど? 」不思議そうなドミニク。
このメンバーでチーアが女の子だと判っていないのはドミニクだけだったりする。
「いいな~! 聖女さま! 私も今度乗せてね! 」手を振るローラに。
「降りてきなさいよ! どうせ私たち謹慎だし! 」微笑むドミニク。
「……はい!」「わかりました!聖女さま!」
「あんたらはいらん!」どかどかと落ちてくるローラと沢山の男女。
ローラはワイズマンが抱きとめる。
「……」
その頬が赤くなるローラ。
(レィも良いけど、ワイズマン様かっこいい……)
そう考えているなんて、ワイズマンにはわからない。フェミストの癖に女心には疎いのだ。
「どうしてこうなる」あきれるロー・アースに「良いではないか」と笑うワイズマン。
「重量オーバーにも程がある」「ふらふらしててたっのっしぃ~の~! 」
「ロー・アース様。落ちたら大変です。手を握って差し上げますね」どう見ても便乗だ。高司祭さま。
「離さないわよ~♪ 絶対こっちにきてもらうから~♪ 」
楽しそうなドミニクに迷惑そうなチーア。
「まぁ、そちらは刃物を振り回すチーアが沢山いますから」
すごい嫌味を平然と言う高司祭さま。
「俺、そんなひどいっすかぁぁあああっ」
泣きそうなチーア。恐縮する聖騎士たち。
「……申し訳ありません」
そう口にした聖騎士たちだが、空飛ぶ絨毯の具合のほうが気になるらしい。
……というか、落ちる。
「ううう! 怖いっ!! 」
叫ぶローラをしっかり抱きとめるワイズマン。
「よし。では行くか……重量オーバーで少々揺れるが全員が手をしっかり握っていれば落ちはしない」
眼下には「車輪の王国」の王都が広がっている。
……あの市場が、あの道が、あの屋敷がある。
伯爵家の空飛ぶ絨毯を見ながら歓声を上げる市民や子供たち。
「見たまえ。我らが護るものを」
ワイズマンは楽しそうに微笑んだ。
空から眺める「車輪の王都」。その大きさ。暖かさ。美しさ。
握るその手のひらの温かみ。
歓声を上げる彼ら。
「ではスピードを上げるぞっ! 」
「うっひゃ~~~!!! 」「ちょ! 」「やめっ! 」「たっのっし~~! 」
「あ~あ! 次はレィたちも呼んでいい?! 」「歓迎だ! 」
「は、伯爵様! 落ちます落ちます! 」「聖騎士が何を弱音を! 」
「わ、私は高いところがダメみたいですっ! 」
「雲を抜けるぞっ! 」
分厚い雲をつきぬけ、絨毯は陽光で覆われた青い世界に。
眼下には雲の海。彼らの街すら小さく見える。
その手のひらの温かさ。空の青さ。雲の白さ。
太陽の暖かさを彼らは生涯忘れなかったという。
(Fin)
次回予告。
「なんでテメェと結婚しなければならないんだっ?! 」
チーアが再びキレた。
次回。「ウソつきは結婚の始まり」
時系列的に作中で4月始まりから7月初旬くらいまでの物語になります。