3 華麗なる侵入者
「司祭? 司祭? 」長身の女性が司祭を探す。その髪は足元まである美しい黒髪。
「モニカがサボタージュなんて珍しいですね」無いわけではないが。
「侍祭は何処かしら? 侍祭??? 侍祭???? ……ジェシカまでいないなんて」
どうして高司祭なんかになってしまったのだろうと彼女はため息をついた。
殺される身だった筈なのにわけもわからず慈愛神殿の下級神官にされてしまい、
持ち前の医療技術と治癒の力でなぜか人気が出てしまい、あれよあれよと司祭に推挙され、
空席の最高司祭を決めようという話になり、
これ幸い引退しようと恩人の一人を推挙したつもりが単独トップで当選した彼が残した置手紙。
「旅に出たくなった。後はよろしく」
……最高司祭は辞意したが、そのまま最高司祭代行として司祭の長にされ、高司祭にされてしまった。
おかげですっかり行き遅れコースまっしぐらである。
「司祭。司祭。モニカ司祭は? 侍祭、侍祭、ジェシカ侍祭は?? 」
主だった幹部たちに声をかける高司祭さま。
彼女らは一様に同じ返事をした。「「「探してきます。高司祭様」」」
……はい。ミイラ取りがミイラ。
……。
……。
「もう! 」「あはは! 」「きっもちいい~!! 」「たのしい~! 」
風呂場はもう手のつけられない状況になっているのだが、
止めるべき人間たちが犠牲者なのでどうしようもない。
信者が見たら女性信者は失望し、男性信者は卒倒するだろう。
外からその様子を眺める長身の美影ひとつ。彼女はため息をついた。
「仕方ありません。現在抱えている案件は私一人でこなすしかなさそうですね」
貧乏くじを引くのが私の仕事なのだと彼女は自分に言い聞かせ、執務室に向かう。
「はぁあああああああ」大きくため息をつく高司祭さま。
彼女はまだ21歳。背中に哀愁が漂っていた。
小さな執務室兼自室にて高司祭さまはため息をついた。「はぁ」
その後、いろいろあって、騒動の発端となった石を下級神官の少女(表向きは少年)から取り上げた。
自室で石を片手にがっくりと肩を落とす高司祭さま。
「……ドミニク、元気にしてるかな? 」ふと思い出す。
とりあえずこの騒ぎはもみ消すとして、あの潔癖症の聖女にこれをあげたら喜ぶだろう。
この神殿にこの石があればろくなことがない事だけはわかったし、
彼女だけに使ってもらえば問題ないだろう。
「……ところで、この石、誰が持ってきたのかしら?? 」
聞きそびれていたけど、あとで神官長にでも聞くことにしよう。
執務室から抜け出すと、しずしずと歩き、正義神殿に向かう。
信徒たちに混じって入り込み、あっさりと神官たちの住むエリアに。
警戒厳重で有名な正義神殿なのだが、空気のように警備のものの間をしずしずと歩いていく。
彼女は周囲に溶け込んでしまう特技を持つため聖騎士たちも気にならないらしい。
「ドミニク? 元気?? 」重厚な扉を開けた。
ばふっ!
大きな枕が彼女を直撃する。
「ばかばかばかばかあああああああああああああああっっ!!! 」
普段清潔かつ楚々とした部屋が大荒れ。
その中央では金髪碧眼の12歳くらいの少女が大暴れしている。
「……ドミニク。落ち着きなさい」「……ソフィアナ???!! 」
ど、ど、どこから入ってきたの邪教徒っ!!! と叫ぶドミニク。
「ご挨拶ですね……正面からに決まっているでしょう? 」
絶句するドミニクにため息をつく高司祭さま。
「何があったの? 大荒れみたいだけど? 」部屋も酷い有様だ。
「あなたには関係ない。邪教徒なんかには教えない」「へぇ? 」
「……教えない」「へぇぇぇぇ?? 」
「……教えてやんないっ!!ホントだからねっ!」「ほう? 」
「せ、聖騎士を呼ぶわよっ!! 」「呼べば? 」
「ああああっぅんんんっっ!!! ロー・アース様のばかぁっ!!! 」「……??!! 」
……。
「つまり、嫌われたと」「うん」
「はっきりと『嫌いだ』と」「……うん」
高司祭さまはため息をついた。「女神様お許しください」小さく祈る。
「そこっ! この神殿内で邪教の神を崇めるなっ! ……と、言うか! 今喜んだでしょうっ!!! 」
「ええ。悔しいですが私も愚かな人の子のようです」「うっさい!斬り捨てるわよっ!!」
「そういうところが」「……うわわあああああん!!!!!!!! 」
泣き出した少女を見てため息をつく高司祭さま。
「しっかりしてください。もう。『お姉様』」
生まれながらに神に愛され使徒となった場合、肉体の成長速度は半減する。
つまり、少女の実年齢は。
「『これ』が正義神殿の誇る聖女だなんて」
「うるさあああああいいっっ!!! 」威厳のかけらも無い。
「うわああああんん!!!!! 」ドミニクを抱きしめる高司祭さま。服は涙と鼻水だらけである。
ほどよく落ち着いた親友(本当は実の姉)に、高司祭さまはあの石を差し出す。
「これで顔と身体を洗いなさい。本当に嫌われてしまいますよ? 」
「……なにこれ??? 」
不思議そうにかじろうとする少女に「毒です」と言い放つ高司祭さま。
「や、やっぱり私を暗殺するつもりねっ!! 誰かっ!! 」
へんじがない。護衛の者は既に全員外で気絶している。
「なんでもかじらないでください。はしたない」呆れる高司祭さま。
使用法を解説すると、高司祭さまは影のように姿を消した。
「相変わらず、謎な奴…… 」
ドミニクはぼやくと、早速「石」を試そうと思ったが。
「毒って言ってたわよね。アイツ」口から摂取しない限り実害はないらしいが。
「うーん。うーん。興味はあるんだけど……」なんせあの妹のすることだ。
妹自身には悪気はないのだが、一度身内認定されるとひたすらウザい。
「うーん」
軽く水で溶かして顔を洗ってみる。
「ペッ! ペッ! まずいっ!! 」
こんなもので顔を洗えというのか彼女は。
「目に染みるっ! 」
一応実害はないらしいが、目に入ったら綺麗な水で洗えとのことらしいので洗う。
泡が残ると肌をいためることもあるらしいので念入りに流す。
何度も唾を吐き出し、落ち着くと。「うーん……」
銀の鏡で自分の姿を見てみる。妙にさっぱりした感じがする。
「まぁ……こんなもんか」
うん。そう納得して、石を懐にしまった。
とりあえず、仕事だ。今日の相手は女性二人だし、この石がそれなりに役に立つだろう。
まさか、この石が効き過ぎて、自分と信者が間違われることになるなど、このときは思いもしない。