2 華麗なる逃亡者
「アンジェを見ませんでした? 」「……司祭様。私は見ていません」
む~と不機嫌そうに言う司祭。「では、カレンは何処です? 」
下級神官や神官たちは口やかましいが面倒見の良い最年長のカレンをとても慕っている。
「……あれ? カレンは……いつもならどこかで仕事をしている筈ですが」
「ミナヅキ~~~! かくまって~~!! 」
走りこんできたアンジェを見てミナヅキは迷惑そうな顔をした。
「アンジェ。司祭様に追いかけられているみたいだけど」これはミズホ。
「そーなの! でも悪いことなんてなにもしてません! 女神様に誓います! 」
アンジェが大仰に天を仰ぐ。白けた顔を見せるレティことレティシア。
「どうせ、いやらしい本を大量に持ち込んだんでしょ……後で見せてね」
「だったらかくまってよ! 」「がんば」「女神様の加護あれ」「少年同士のアレは死守して」
「捕まったらその本はレティの注文ってばらすわよっ! 」「裏切り者っ! 」
「じゃ、カレンにかくまってもらう! 」「……余計叱られると思うけど? 」
「カレンに大目玉食らって一冊二冊焼却処分と、司祭様に全部没収どっちがいいかというと前者!! 」
「「その通り! がんばれ! 」」ミズホとレティシアが同意する。
「女神様。愚かな信徒どもをお許しください」
ミナヅキは姉に聞こえぬよう小声で祈りを捧げた。
使徒ならぬ彼女には祈りが届いたかどうかは分からなかった。
「カレン~芋がうまく育ってないの~見て~! 出来たら豊作の祈りも~! ……あれ?カレンは? 」
「カレン~! ナナが泣いてる~! あれ? カレンは? 」
「カレン、ロロとミミが喧嘩してるの~! 止めて~! ……カレンどこ~! 」
……。
……。
「え~と。カレン……」
カレンを探し回り、どうも風呂場にいるようだと知って入ってきた司祭がみたものは。
少女のように笑いながら綺麗な声で鼻歌を歌い、泡の手触りを堪能するカレンさん(四十五歳)。
見てはいけないものを見てしまった表情で固まる司祭。
司祭といえども二十歳そこそこの彼女からみればカレンは母親代わりも同然である。
しかも控えめながらも化粧を施し、綺麗な服を着た司祭の眼から見ても美人だったりする。困ったことに。
物心つくかつかないかの年齢の時に孤児として神殿に引き取られて育った彼女からみても、
このように乙女のような表情を見せるカレンは見たことが無い。
「……私は何も見ませんでした」司祭はそういうとそっと扉を閉めた。
見なかったことにしよう。彼女のために。あんな楽しそうなカレンは見たことがないし。
……。
「司祭様。どうなさいました? 」侍祭の一人に見つかってうろたえる司祭。
「な、なにも見てないからっ! あたし! 」
三十路の侍祭(例によって外見では実年齢は判別できないが)は疑わしいものを見る目で司祭を見る。
「モニカ。……隠し立てするとタダでは済みませんよ? 」「ひぇっ! ジェシカ!! 許して! 」
「モニ……司祭様。風呂に何か? まさか殿方が隠れているとかありませんよね? 」
「違う違う! 違います!! ジェシカ!! 私、信者さんの覗きとか絶対してません! 」
つまり、実績があるということである。なんという罪深さ。
「……子供の頃のようにぶたれたいですか? 」ニコリと笑う侍祭。
「おしり百回とか勘弁して~~!! 覗きなんて最後にやったのは神官のときじゃない! 」
やったんかい。
「そうですね」侍祭は同意する。
「司祭様はそういうことをする方ではありませんね」
「でしょ! でしょ! 私頑張ってるでしょ!?? 」大きく首を振る司祭。
「問題行動といえば下級神官から没収した怪しげな本を溜め込んでいるくらいですしね?」
「うっ! 」全身で肯定してしまう司祭。
「焼却処分ですね」「後生です。許してください」「絶対ダメです」
「彼氏にあんな本を読んでいるってバレたら、はしたない女と思われちゃうじゃないですかっ!? 」
「良い事じゃないですか。夫婦円満間違いなしで」侍祭は澄まして答える。
「『彼氏を喜ばせる仕草。夫婦で学ぶ女の悦びを得る方法』レィディ・ソネット著 ララ・バード写本
『婦女子に必須。殿方を悦ばせる閨の技』レィディ・ソネット著 ローザ・ロネ写本
『"媚薬"。作り方。盛り方』……他にも言いましょうか? 」
「いやああああああ!!!! 」悶絶する司祭。
一応、モニカ司祭は怒らせると厳しいが清楚で優しい女性で通っている。
「私まだですからっ! そういうのっ! ちょっとみちゃったから予習しようかな?? とかっ?!
……いやいやそんなことはっ! 」物凄くダメな子に見えるが、一応司祭である。
宗教儀式や冠婚葬祭を取り仕切り、高司祭を補佐する偉い役職である。花形である。
慈愛神殿の元司祭といえば大手商家や騎士や下級貴族の正妻候補として需要が高い。
庶民にとっては高嶺の花である。神官たちの憧れの職である。
でもまぁ、結婚を夢見るちょっと行き送れ寸前の娘でもあるのだ。
モニカ23歳(外見年齢17歳)。この世界では行き送れの人生曲がり角。
モニカが狼狽している隙をついてジェシカは風呂の扉を開ける。
「あっ! ダメ!!! 」「……いったい何を隠して……」
甘い香りを放つ泡がふわふわと飛んできて扉をあけたジェシカの目の前でちょうどはじけた。
うめくジェシカだが別に泡の成分が目に入ったからではない。
栄光ある「車輪の王国」の歴史において石鹸で泡を作って遊べるということを発見したのは四十五歳独身であった(事実)。
シャボン玉(この世界ではまだこの言葉は無いが)を吹き付けて乙女のようにはしゃいでいた女性は、
日々の労働で鍛えられた均整のある美しい身体を硬直させている。
「あ、あ、司祭?! 侍祭?? そ、その、あの!! 」激しく狼狽するカレン。
かなりのタイムラグを経て。
大きくは無いが小さくも無い。形の整った双丘を両手で隠す。あわてて右手で下も。
「きゃ、きゃああああああっっ~~~~!! 」少女のような悲鳴を放つカレン。目元には涙。
普段の煩型で厳しくも暖かい神官長の面影は無い。
「え、えっと」母親代わりをしてくれたカレンが危ない。なんとかせねば。
「え、えと! カレン! あたしたち! お風呂入りたいの! 一緒にはいろ! 」
とっさに出た言葉は超斜め下。人は危機の時に素が出る。
「あっ! はいっ! はいっ! うんっ! うんっ! 」
少女に微妙に退行している神官長は何度も首を縦に振った。
半ば自暴自棄で司祭の礼服を脱ぎ捨てる司祭。そのままうめく侍祭の服に手をつける。
「ほら、ジェシカも一緒に入ろう! 昔よく入れてくれたでしょ!!?? 」……良い迷惑である。
「ちょ! ちょっと! やめてください! 司祭様! そんなはしたない! 女同士で! 私そんな! 」
微妙に勘違いされているが司祭が隠し持っていた本の一冊がそういう内容であるので誤解されても致し方ない。
ジェシカ35歳。実は生娘。
「ジェシカ。髪を洗ってあげます」20年ほど退行している神官長。
「いやああああっっ!!! だめだめ! 殿方にも見せていない柔肌をっ! 」微妙に勘違いしている侍祭。
「わーい! 私久しぶりにカレンやジェシカとお風呂はいるなぁ! 」やけくそで叫ぶ司祭。
……十数分後。
「うふふ」「きゃ~やだ~! カレンったら! 」「もう! ジェシカ! もっと腰までつかりなさい! 」
「モウ、ヤケデス。ウフフ。アハハ……あはは! もう! やめてっ! 二人ともっ! やっだ~! 」
犠牲者。二名追加。