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 青年は白い前掛けで手を拭くと、顔を上げて相手を見た。老人の顔には深い渓谷が走り、水晶の瞳が物悲しげに自分をまっすぐ見つめて、その用件が青年にとって悪しきものだということを暗に告げていた。

 青年は小さく首を振って、厨房を出る。

 擦れ違い際に彼が老人の細い肩に触れ、背筋を伸ばして廊下の果てへと消えると、残された老人は肩を落とし、厨房の入り口で悲壮に目頭を抑えた。

 石造りの廊下から木造の、そして絢爛な絨毯へと変化する足元を視界の端で捕らえながら、青年は数を数えた。百五十まで数えた時、目的の広間へと踏み入った。

 正面の大仰な玉座に座る肥えた男を見据え、一礼する。

「お呼びでしょうか、旦那様」

 男は頷くと、酒と煙草で傷んだ声で応えた。

「お前の腕は世界で一番だ。また、アレが食べたい」

「……失礼ですが、旦那様。これ以上はなりません。王都の裁判所が訝っています。そして料理人達も恐れて辞めたがっています」

「お前を筆頭にか? カイム」

 青年は嘆息すると、目を伏せた。

 いいえ、と呟くと、男は大きな口を頬まで裂いて金色の歯を剥いて笑った。

「私はここを辞めません。旦那様がアレを望まれる限り」

「忠義者よ、智者よ、嬉しいぞ。お前もお前の腕が一番奮える料理が何かを知っているのだな。なら恐れるな。私の為に調理しろ」

 青年はもう首を縦にも横にも振らなかった。

 これは決定事項なのだ。男が既に決めた事なので、その意思を曲げることは不可能である。男も相手が観念したことを知ると、益々笑みを深くする。

 そして椅子の背に身体を預け、一際大きな声で直立する料理人に告げた。

「ガリの聖女だ。私は彼女が欲しい」



 微瞑むように

    第1話 聖女と最後の料理長



 キリアは短く刈った髪を撫でた。もう朝から十数回は撫でている。しかし収穫後の秋の稲のようなそれは、色だけでなく短さまでもそれに似通い、いくら手櫛を通したって意味など無かった。それでもキリアは撫でる。それは男の嗜みだからだ。

 水色の甘いジュースを飲みながら、少年は店内を見回した。昼も過ぎたこの酒場には、普段は殆ど人がいない。今日はどうやら例外のようだった。

「ねえパパ、この村って何か楽しいところがあるの? あたし、退屈しちゃった」

「我慢しなさい、ミミ。ここは母さんの両親の実家だからね、婿養子の父さんはこうやって時々挨拶に来ないと面目ってもんが立たないのだよ。それに、父さんが頭を下げれば下げるほど、母さんが帰ってきてくれる確率も上がるものなのさ」

「ふうん、大変なのね」

 キリアは見慣れないその父娘の座るテーブルを横目で見ながら、さも無関心を装ってちびちびとジュースを飲み続ける。

 そうか、ミミという名前なのか。

 その少女は栗色の髪をくるくると巻いて、頭の後ろの方で一つに束ねている。桃色の大きなリボンが栗色にとても映えていたし、白いワンピースはこの村のどこを探したって発掘出来ないようなお洒落な代物だった。大きな瞳は眠そうに半分閉じていて、ふっくらとした唇は不平に曲がっている。

 生意気そうな顔がまた可愛らしい。青い顔に力ない笑みを口元に浮かべている父親が隣にいるものだから、その健康的なはつらつとした様子が嫌でも際立っていた。

 しかしキリアは決して興味のある素振りを見せないように努力した。それは硬派な男の嗜みだからだ。

「ねえパパ、そういえばガリの聖女って知ってる? この間読んだパンフレットの隅っこに載ってたの」

 ぴくり、とキリアの耳が動く。

「ガリ? なんだいそれは。この村の名物なの? 食べ物?」

「知らない。この村にはガリの聖女がいるって書いてあっただけ」

 キリアの口元がぴくぴくと小さく動き始めた。

 遥か遠くで、寺院の鐘が韻を引く美しい音を奏で始めた。キリアはその音に違和感を感じたが、すぐに無視した。早朝、正午、夕刻にしか鳴らないはずの鐘が昼下がりに響いている事など、大した問題ではない。この洒落た異邦人の前には。

 彼女の言うとおり、それはこの村の名物なのだ。かなりマイナーなものなので、世間では余り喧伝されていない。詳しく知らないのも無理は無いだろう。村人ならば全員、嫌でも知っている。当然、キリアもまた。

 二人はまだその聞き慣れない言葉について討論をしている。

 口を挟もうか、挟むまいか、延々と懊悩しているうちにジュースはついに全て胃の中に納まった。

(教えよう、よし、話しかけるぞ。おれは男だ、言うぞコラ!)

 そしてあの子と友達になるのだ!

 だん、と机にコップを置く。二人がこちらに気を引かれたのが気配で判る。

 いざ、と口を開きかけた、次の瞬間。

 静かに鳴っていた寺院の鐘の音が歪な響きを持ち――カン、カンカ、ガガガガン、ガガン、ゴ、と鳴った後、ほんの少しの間を置いてドズーンと重い地響きをもたらした。その後はただ、不気味な静寂が落ちる。犬の鳴き声すら止まった。

「パパ、今の何?」

「さ、さあ……」

 出鼻を挫かれたキリアは溜息をつくと、重い腰を上げて出口に向かう。薀蓄を披露する気は全く失せてしまった。何故なら――。

 仰天している二人を振り返ると、「ガリの聖女だよ」と言ってから外に出た。

 ミミと視線がぶつかったので、相当心臓が驚いた。



 寺院の下には一人の人間が寺院の天辺を睨んで肩を怒らせている。村人たちも慣れたのか、十人は集まっていた当初よりは随分と減ったものだ。

「こらー! あんた何度鐘落としたら気が済むねー! 割れても買い変えてやらないよー! ていうかそこまで持って行くの重いねー! ていうかなんで今鐘を鳴らしてるのよー!」

 ちょび髭のファイがお玉を片手に顔を真っ赤にして空に向かって怒鳴っている。彼は外つ国の出身なので、言葉に妙なアクセントがある。彼が怒ると皆が思わず吹き出し、益々彼は怒るのである。

 キリアは無様に地面に転がる歪んだ鐘を見つめた後、それの無くなった尖塔を見上げた。

 本来、釣鐘状の黒い影が青空に映えているはずの場所はぽっかりと青い穴が空き、清々しいまでに風通しが良い。そこには人影は無い。

 ファイがちょび髭をひっぱりながらお玉を振り回した。

「いない振りしても駄目よ! おっきいお尻が見えてるよ!」

 瞬間、尖塔のヘリに隠れていた人物が勢い良く立ち上がった。

「おっきくありませんッ!! この頃流行りのお尻の小さなチャームな女の子といえば私のことです!」

 そう怒鳴ってから、相手ははたと口を噤んだ。ファイがニヤリと口元を歪める。

 馬鹿、とキリアは溜息をついて腕を組んだ。

「ちょっと、降りてくるね。村内会会計役として一言言わせて貰うよ」

 少女は暫くファイを見下ろしていた様だったが、やがて肩を落として降参の合図を見せる。そしてヘリに両手を着き、半分身を乗り出して屋根に足を着けた。

「馬鹿ッ、階段を使って降りるね!」

 あ、そうか、という呟き声が微かに聞こえた。

 少女が今度こそ尖塔から姿を消したのを確認すると、ファイはキリアに「馬鹿ね」と言う。その言葉が余りにも的確だったので、キリアは「馬鹿だね」と迎合しておいた。

 ややあって、寺院の扉から出てきたのは黄緑色の服を着た少女だった。

 右手に木の槌、左手に服と同じ色のヴェールを握って、これからやってくる怒声に怯えている様子は傍目にも明らかだった。沈黙しながら睨みつけるファイに愛想笑いを浮かべると、スカートの端を掴む。

「今日のテーマは森を全力で駆け巡る妖精の残像です」

「何が妖精ね、この妖怪光合成! ヴェールは被らない、派手な色の聖服は着る、あまつさえ半年で三回も鐘を落とす! あんた、馬鹿? 馬鹿ね? あんたが馬鹿じゃなかったらわたし天才ね!」

「え、も、もしかして墓の上で元気に咲く花の方がお好みでしたか? それとも日溜りで眠る猫の毛玉?」

「ええい、なんつう良く考えたら気色の悪い発想か! そこに正座しる、正座!」

「はあい……。あ、あの、でもヴェールは蒸れてハゲになるから嫌なんです。ファイさんはもうその心配はしなくて良いと思いますけど……」

 キリアは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

 ファイは薄くなった頭の天辺まで真っ赤にし、隣の少年を睨みつける。その睥睨に込められた殺意を読み取ると、慌てて目を逸らして歪な鐘へと焦点を合わせた。

 自称妖精の服を着た少女は律儀に地面に正座し、ファイの怒りには気づいていない。気落ちした表情で木槌を弄り、地面に生えている草を力なく叩き始める。彼女はわざと彼の怒りを買おうとしているのではない。何があろうとも、それだけは事実だということは村中みんな知っている。

 これは彼女の天性の才能なのだ。

 ファイは震える拳をどうにか抑えると、大きく大きく溜息を吐いた。そして鐘の傍へしゃがみこむ。鐘は、子供の肩から指先までの大きさがあり、大人二人でやっと運べる程の重さだった。

 彼はチョビ髭を一撫でしてから、鐘に手をかける。

「もういいね、疲れるから……。わたし、あんたに寿命の半分持ってかれてる気がするよ。ほら、さっさとそっち持って。それにしたって、なんで落とすかねえ、しかも昼下がりに」

 少女は木槌を草にずりずりと擦り付けながら答える。

「人参と赤ランサのワイン風味スープが我ながら美味しくて、お腹いっぱいになった私は鐘楼でぼんやりしてたんです。春の暖かい風が気持ち良い午後でした。その時、草原の街道をこちらに向かってくる綺麗な毛並みの狼を遥か遠くに見つけ、不思議におも」

「簡潔に」

 冷ややかに合いの手を入れられ、ガリーナは一瞬だけ口を噤んで木槌を草に擦り付ける動作を止めた。しかしすぐに両方の動作を再開する。

「つまり、叩きすぎちゃいまして。不倶戴天の敵を見つけてしまって思わずムキに」

「不倶戴天?」

 初めてキリアが口を開く。

 少女は少年を見上げると、力強く頷いた。

「ええ、あの黒い悪童です。からくも私の十連撃を逃れた奴は、まだ生きています。この村のどこかで」

「どこかっつうか、鐘にだろ」

 次の瞬間、恐ろしい絶叫が青空に木霊した。

 鐘に抱きついていたファイの袖口から、影に隠れていたゴキブリが侵入したのだ。


 ――それから先のことは、まさに阿鼻叫喚の縮図だった。


 結局、少女は頭に二つのたんこぶをファイからプレゼントされ、泣く泣く妖精のヴェールを被って命じられた半刻の正座に甘んじる。鐘は、上半身裸になって肩を怒らせながら帰るファイの後姿を放置されたまま見送った。

 キリアは罰当たりにもその上に座って、律儀に正座して涙する少女を見つめる。

「キリア、私が悪いんでしょうか」

「お前というより、お前の頭がじゃなかろうか」

 はあ、と少女は溜息をつく。

 キリアは今年十一歳になるので、六歳ほど年上のこの少女は十七のはずだった。しかし、彼は何時だってこの娘を年上と尊敬した事はない。同年代かそれ以下の女子としか見られないのだ。

 従って、キリアと彼女はとてもいい――かどうかは分からないが――友人同士なのである。

「ところで、宿題はやったんですか? 遊ぶのもいいけど、ちゃんと勉強しないと駄目ですよ」

 彼女の方は、いつもキリアの事を子供扱いするのだが。

 その時、例の父娘が寺院の前までやって来た。

 キリアは慌てて鐘から立ち上がり、そちらの方を見遣る。少女は興味無さそうにしょげ込んだまま、再び木槌で草を叩き始めた。

 二人は、落ちた鐘と正座したまま草を叩き続ける修道女らしい派手な色の服を着た少女を交互に見て、困惑したように顔を見合わせた。

「ねえ、あなた、さっき言ってたわよね」

 ミミが首を傾げながらキリアに問うと、彼は急ぎ足になり出した心臓を抑えるように口をへの字に曲げて頷く。

「ガリの聖女って、どこにいるの?」

「ガリじゃありません」

 少女がごりごりと草を摺りながら言った。

 青臭い匂いが辺りに充満する。

「ガリじゃなくてガリーナです。私は、聖女ガリーナ」

 二人が僅かに眉を潜めたのは、草の匂いの所為か、それとも彼女の言葉の所為か、或いは大地を疾走する黒い悪童を見つけた所為なのかは傍目には解らなかった。


   +


「まあ、聖女っつっても王都の教会からは非公認扱いされてるんだけどね。寧ろ異教徒とか言われてるんだ。いわゆる田舎の胡散臭い自称聖人ってやつだよ。いるだろ、世界を救う神の子供とか世界を洗う神の家事手伝いとか、王都にも」

 饒舌に話すキリアの話を、ミミは楽しそうに聞いている。ガリーナは恨みがましい目で少年を一瞥するが、確かに彼の言葉は理に敵っていたので結局黙り込んでいた。

 半刻の正座で痛めつけられた足を撫でながら、人が集まり始めた酒場の賑わいを眺める。耳はしっかりと子供たちの会話の為に大きくしたままに。

「じゃあ、もしかして冥魔術とか使えるの? 異教徒なんでしょう? あら、それは邪教だったかな。あんまり詳しくないんだけど」

「まさか! そんな器用な真似は出来ないよ、ガリに」

「ガリーナ」

 キリアは横槍を無視して得意げに話し続けた。ミミと友達になれた事が存外嬉しく、舞い上がっているのである。

「実は、おれの方がちょっと使えるんだよな、冥魔術」

「えーっ、本当? すごいすごい! 使って見せてよ!」

 ミミは目を輝かせて体を乗り出した。彼女の父親は、母親の実家で土下座――挨拶をしに行っているとかで、キリアに彼女の世話を一任して、この場には居ない。つまり、ここはキリアの独壇場なのだ。

「駄目だよ、人がいないところじゃなきゃ怪我するし。それに、ガリもいるし」

「ガリーナ」

「いつか強い魔術も使えるようになって、冥獣も召喚出来るような魔術師になりたいんだ」

 ついにガリーナが怒ったように声を上げた。

 平手でテーブルを叩き、ぺちんという些か情けない音を出した後、その手を一直線に上空へと突き上げる。

「駄目です、キリア。冥界の術を使っちゃいけないって何度言ったら解るんですか私が何のためにいるか考えたことあるんですか? つまらない事してないで少年らしくカマキリのお腹の中のハリガネムシでも採集してなさい! おばさん枝豆! あとライムジュース!」

 面倒臭そうにキリアがガリーナに顔を向けた。対抗するように同じく片手を天井に向けて指し上げながら。

「いや、だってお前のそれは趣味だろ? 聖女とか言ってもなーんも役に立ってねえじゃん、実際。あ、鐘落っことしてファイさんを筋肉痛にしてるか、偉いよおれにはとても出来ない。ぶつ芋揚げ苺ソース添え!」

「な、な、なんと無礼な! 千年続く聖女の歴史をたかだか十年しか人生を歩んでいない小童に侮辱されました、許せない私は花の十七歳彼氏いない暦十七年! でも泣かない! クリームフェアリー踊り食い!」

「恋人なんて作る気もない癖に。嫌なら聖女辞めればいいだろ、そしておれは冥魔術を辞めない! なんて素敵なファイナルアンサーだろう、砂糖仕掛けのわたしとワルツを!」

「きいっ、聖女がいなくなったら村が滅びるとか言いだしたのは他ならぬ貴方達の先祖でしょーっ! 季節外れの熱き鼓動のハラミ!」

「お前の先祖もだろうが! 大人はすぐそうやって人の所為にする! もう鯉なんて居ないなんて言わないよ接待!」

「すごおい」

 ミミがメニューの裏表を隅々まで見ながら言う。何時の間にかテーブルに半分登って言い争いをしていた二人は、その言葉で我に返る。周囲の視線を釘付けにしていることに気付くと、ガリーナは顔を赤らめて静かに椅子に座った。

 えへん、とキリアがぎこちない咳払いをする。

「ね、今の裏メニュー? 載ってないわよ。それにしても沢山食べるのねえ、お二人とも」

 目を輝かせて見つめてくるミミを目にし、ガリーナとキリアは目配せした。

 まずい。

「ク、クーリングオフを……」

「そ、そうですね……」

 駄目だ、と野太い声がした。振り返ると、無駄な筋肉を誇る店主がにこりともせずに包丁を俎に叩きつけていた。背後では火にかけられた鍋から白い湯気が上がり、彼の禿頭を光らせている。

 二人は頬を引き攣らせると、小声でお互いを罵り始めた。

「なんであんなに注文したんだよ、馬鹿じゃねえの?」

「あなたが煽るからですよっ。私はただ枝豆とジュースで一日の労働の憩いを得ようと」

「働いてねえだろうがお前は! そしておれは無力で無垢な子供だ! どうやって払うんだ、おい!」

「ううううう皿洗い何ヶ月分でしょう……」

 ガリーナは体を震わせると、身を縮めてテーブルに顎を擦り付けた。以前に一度、持ち合わせが三十エンス足りず、一週間皿洗いをさせられた事がある。たった三十エンスだ。ライムジュース四口分でこの労働であるから、今回はどれ程であるかは想像することを脳が拒む。キリアも同じく顔を青くして既に逃げる準備をしていた。

 少年の襟元をがっしと掴んだまま、ガリーナはこの間読んだ冒険小説のはぐれ聖騎士を思い出した。

 彼は自らの身分を隠し、悪党共の一味と成り済まし、ヒロインに危機が迫った時に颯爽と剣を構えて登場するのだ。ばったばったと味方の裏切りに臍を噛む悪党を切り崩し、微妙な後味の悪さを爽やかな笑顔でカバーして去ってゆく。

 この危機を救ってくれるのは彼しかいない。ちゃりんちゃりんと金貨を振り撒き、料理の湯気の彼方に笑顔と共に去る聖騎士。ああ、彼は今どこにいるのだろう。こんなにも彼を必要としているヒロインがここに居るというのに。そんな渇望と共に周囲を見回した。

「ええい、目が合えば皆があからさまに顔を逸らします。キリア、なんとかしてください」

「お前、偶には年長者の威厳を見せてみろよ……」

「なあに、どうしたの? 何の相談?」

 ミミの問いに、幽鬼のような力無い笑顔で返した二人は、絶望に打ちひしがれた。

 その時、扉が開いて派手な老人が飛び込んできた。村内会副会長のマーブルである。人一倍祭好きでおせっかい焼きの齢六十は越すであろう小柄な老人は、派手な色のシャツに派手な色眼鏡、派手な柄パンに身を包み、大きな声を張り上げた。

「おう、二ヶ月ぶりのお客さんだぞ! ああ、ミミちゃんは半分身内だからな、早くお母さんの機嫌が直ると良いな――。で、今回はなんと領主んとこの料理人さんだ! ここの糞不味い飯が食べたいと来てくださったんだ、精々無い腕振るえよ坊主!」

 うるせえ、と店主が怒鳴り、ガリーナ達は一斉に扉の方を見た。派手な老人の背後から、初めて見る顔の青年が店に入ってくる。穏やかな相貌が店内を見回し、視軸はガリーナで止まった。黒い瞳は、その派手な色の聖服に僅かに戸惑ったようだった。

 歓迎会だ宴会だと大騒ぎを始める祭好きな大人達の中で、少女は感極まった瞳で青年を見つめ返す。

「聖騎士様……!」

 キリアは髪をひと撫ですると、にやりと口の端を上げた。

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