「禁じられた名」
彼女の瞳は、月明かりを映しながらも深い影を湛えていた。
その紅は妖艶でありながら、同時に血の色を思わせる。
「……どうして、君はここに?」
俺は恐る恐る尋ねた。
彼女は少し唇を歪め、艶やかに笑った。
その笑みに隠された寂しさを、なぜか俺は感じ取ってしまう。
「罰だから。
私は……愛してはいけない人を、愛してしまったの」
その言葉は、夜風よりも冷たく俺の胸を刺した。
愛を語る声なのに、そこには絶望の響きが混じっていた。
「誰を……?」
問いかけた瞬間、彼女の肩がわずかに震えた。
次いで、彼女の白い首筋に刻まれた刻印が、ふっと赤黒く光を帯びる。
そこに浮かび上がったのは――古代の文字のような、読めない文様。
「言えないの。
私の“名”も、“罪”も……口にすれば、君まで呪われてしまうから」
彼女は震える手で口元を覆った。
吐息は甘く、けれどその震えには恐怖が滲んでいた。
俺は衝動的に、その手を掴んだ。
恐怖よりも強く、彼女を抱きしめたいと願ったからだ。
「大丈夫だ。俺は君を――」
言いかけた瞬間、背後の壁がびしりと音を立てて裂けた。
部屋中に響く、不気味な低い声。
《愛するな……背いた巫女よ》
誰の声でもない。
だが確かに“神”のような圧が、俺の頭を押さえつけた。
彼女は震えながらも、必死に俺を抱き寄せた。
その体温は熱く、妖艶で、しかし呪いの枷に縛られた女の悲鳴のように切なかった。
「ごめんなさい……私は、神に背いた巫女。
愛した者を必ず滅ぼす、呪われた女なの」
その瞬間、俺の心は完全に彼女に奪われた。
恐怖も、背徳も、すべてを呑み込んで――。




