第四話「堕ちゆく夜」
彼女は、夜になると壁から現れるようになった。
その姿は人の形をしているのに、どこか現実離れして美しい。
黒髪は絹のように滑らかで、赤い瞳は灯火のように妖しく瞬く。
「今夜も来てくれたのね」
彼女はそう囁き、俺の胸に頬を寄せる。
冷たいはずの肌は、俺に触れるたび熱を帯び、甘い香りが部屋を満たしていく。
触れ合うたび、理性が削がれていくのが分かる。
唇が触れると、体の奥から命そのものを吸い取られるような感覚が走る。
けれど、快楽の波がそれ以上に押し寄せ、もう抗うことができない。
「あなたの鼓動……美味しい」
彼女は笑いながら、胸に耳を当てる。
その赤い瞳が潤むたびに、俺はすべてを捧げてもいいと思ってしまう。
分かっている。
これは恋ではない。
彼女に触れるたび、命が少しずつ削られていることも。
だが、それでも……彼女なしでは、もう生きていけないのだ。
「わたしを怖がらないの?」
夜の闇の中で、彼女は細く首を傾げる。
頬にかかる黒髪を払いながら、赤い瞳でまっすぐに俺を射抜いた。
「怖いさ。でも……愛してる」
その言葉を口にした瞬間、彼女の微笑みは涙に揺らめいた。
そして次の瞬間、唇が重なり合い、背徳と快楽に沈んでいった。
俺はもう戻れない。
異界の花嫁に囚われたまま――。




