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第二話「壁の向こうの彼女」
その夜も、俺は穴の前に座っていた。
仕事帰り、シャワーも浴びずに駆けつける自分が可笑しいと思いながらも、どうしようもなかった。
「来てくれると思ってた」
穴の向こうから、艶やかな声が囁く。
耳の奥を撫でるような甘さに、体が勝手に震えた。
指を差し込むと、柔らかい感触が包み込んでくる。
昨日よりも、さらに熱く、濡れていて――。
「もっと……」
その声に抗えず、俺は手首まで沈めてしまった。
次の瞬間、穴の奥から伸びてきたのは――白い腕だった。
細く、冷たい指先が、俺の手を絡め取る。
なのに、その握り方は恋人のように優しい。
「やっと、触れられたね」
穴の向こうから覗く瞳が、暗がりに赤く光る。
だが、不思議と恐怖はなかった。
その目に射抜かれながら、胸が熱くなる。
「あなたが欲しいの……ずっと探してた」
吐息混じりの声が、甘く耳に落ちる。
次の瞬間、壁に空いたはずの小さな穴が、ゆっくりと広がり始めた。
まるで“こちら側”へと、彼女が通り抜けて来られるように――。




