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愛を試す眷属
森を抜ける途中、空気が急に重くなった。
湿った風が頬をなで、吐息のような囁きが耳を掠める。
「……来る」
堕天した使者が翼を広げ、鋭い視線を闇へ向けた。
闇の中から現れたのは、女の姿をした影だった。
艶やかな肢体を揺らし、甘い香りを漂わせながら近づいてくる。
だが、その瞳は空虚で、唇からは冷たい笑みが零れていた。
「人の愛など幻……」
影の女が囁くたび、空気が熱を帯び、理性を奪おうとする。
「欲望に溺れ、互いを傷つけるだけ……さあ、見せてごらん?」
俺の心に直接響く声。
彼女を抱きしめて守りたい気持ちと、影の女が囁く背徳の誘惑が交錯する。
「……惑わされるな!」
堕天した使者が声を張る。
「こやつは神の眷属、“愛を試す影”だ。
お前たちが互いを疑えば、その瞬間に呪いは完成する!」
彼女の手が震えた。
「……あなた、本当に……私を選ぶ?」
潤んだ瞳で問いかける彼女の姿が、影の囁きと重なる。
俺は迷わず、彼女を抱き寄せた。
「選ぶさ。何度だって」
その瞬間、影の女が甲高い悲鳴を上げ、体が黒い霧となって弾け飛んだ。
残ったのは、彼女の温もりと、確かな絆だけだった。
「……愛が、影を退けた……」
堕天した使者の声に、夜風が静かに流れた。




