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■9■ 船頭の話

■ 


 お姉さん、こんな時間までお仕事ですか?

 ほんとに大変ですねえ。


 ささ、どうぞ乗ってください。

 足元に気をつけてね……はい、大丈夫ですか?

 じゃ、出しますね……


 あ、●●町まででしたら、ちょっとかかるんで長靴脱いでくつろいでください。


 ほんと、こう暑いなかで長靴ってたまんないですよねえ……

 はい、そのへんに置いといて足伸ばして……


 お客さん、こんなご時世……こんなに遅くまでお仕事ですか?


 ほんと大変ですねえ……

 ま、こんなふうになってそれでも遅くまでお仕事してる方がいるから、わたしもこの仕事で食えてるわけですが……


 わたし……もとはタクシー運転手でしてね。

 いや今もボートに乗り換えて同じような仕事してるんですけど……


 タクシーでの経験、それなりに長かったんで……だいたいわかるんです。

 お姉さん、警察の方じゃ……?

 

 あ、やっぱそうですか……


 いやすみません、いやほんとこんな遅くまで……

 ほんとお疲れ様です。


 最近は、警察のほうもどうでうすか?

 

 最近じゃめっきり……こうも人が少なくなっちゃあ、警察も人手不足でたいへんなんじゃ? 

 ああ、そうか……犯罪犯す奴も減っちゃいましたもんね。


 え? シュノーケルや酸素ボンベつけて、水の中の店や家に泥棒に空き家に入る奴が増えた?


 ははあ……なるほど……海抜の低い所はほんと、すっかり水の下ですもんねえ……

 犯罪者ってのはどんな状況でもそれなりのことを思いつくもんですな。


 で、お姉さんもダイビングのライセンスを取られた、と。

 いやはや、ほんと……こんなご時世にこんな遅くまでお疲れ様です。


 わたしも、こんなに世間が水浸しになる前は……

 ちゃんとふつうにちゃんと車で、タクシー転がしてたんですよ。


 はい、今はまあ船頭はたくさんいますが……まあ昔で言っちゃあ白タク、ってんですか?

 ほとんどが無許可でやってるモグリばっかですよ。

 

こうやって人様を乗せて稼ぐには、操縦士免許はもちろん、特定操縦免許ってのが必要になってくるんです。


 でもまあ……ほとんどの船頭は持ってないでしょうね、その免許。

 てか、操縦士免許も持ってるかどうか怪しいもんです。


 その点、わたしはご安心を。


 いやあ、自分で言うのもなんですけど、わたし、これからはタクシーじゃなくて船で稼ぐ時代がくる、っていち早く気づいたんです。


 もう世の中がこうなる数年前から、さっそく休みを利用して教習受けて、小型船舶操縦士免許を取得しましたよ。

 で、続いてさっきの特定免許も。


 いやまあその、テレビとかでは前からよく言われてましたけどね。

 地球温暖化がこのまま進むと海面が上昇して、地球から陸地がなくなる……なんてことは。


 そういうのを見ながら……


 やっぱりそうなるとわたしらタクシー運転手も、船で稼がなきゃなんなくなるのかなあ……なんてぼんやり考えてました。


 その時点では、あくまでぼんやり、ですけどね。


 でも、あることがあって……わたし、確信したんです。

 近いうちに世の中、車が転がせなくなる、ってね。


 そのきっかけになったのが……


 あ、お客さん、いいですかね、わたしばっかり喋ってて。

 車からボートに乗り換えたのはいいけど、どーもこのお喋りだけは相変わらずで……


 あ、いいですか。

 じゃ、お話しますね。


 あるとき、その……いわゆる幽霊みたいな女の人を乗せたんです。

 もちろん、今みたいにそこらじゅうが水浸しになる前で……まだふつうに道路で車を転がせてたときです。

 ちょうどこんな真夜中に……病院の前で白い服を着た女の人を。


 ああ……お客さん、『またその手の話?』って顔されましたね?

 

 はいこの話、最後まではほんと、よくある話なんですよ。

 だからもう、そのへんまでははしょってお話しますね。


 ご想像どおり……そのお客さんがおっしゃた目的地、●●区●●町●ー●ー●に着いてわたしが後部座席を見ますと……

 案の定、お客さんの姿が消えてるわけです。

 

 お姉さん、『あ、やっぱり!』って顔しましたね?


 そのとおりです……よくある、『タクシー運転手の怪談』、ってやつですよ。

 お約束どおり、お客さんのいなくなった後部座席はぐっしょりと濡れてました。



 でも、こっからが違うんです。

 わたしの娘……当時、大学院で法医学を専攻してたんですよ。


 ある法医学の先生に師事してたんですけど……いやはや、その先生もまた、どっかに消えちゃって……てかまあ、大学院の先生たちも、学生たちも消えちゃって……個体の状態を保った死体が運び込まれることも稀になっちゃって……いまはもう、学んではいません。


 で……娘にその……

 消えたお客さんのシートを濡らしていた水の成分を検査してもらったんです……


 で、結果……


 その水は、妊婦さんのお腹のなかにある羊水と同じ成分でした。

 もはやこれは……お姉さんのように警察の方以外にも公然の事実ですね。


 でも、そのことを突き止めたのはたぶん……

 わたしとうちの娘が世界でも一番最初だったんじゃないですかねえ?


 まあ……いまとなってはどうでもいいことですし……


 あの時点でそれに気づいてたからって、何かしようがあったわけでもないし……どうにもならなかったんでしょうけどね……


 え、お姉さん……あの、中学生の女の子が拉致された事件をご担当されてたんで?


 はあ、あの女の子……かわいそうにねえ。怖かっただろうなあ……

 その、犯人だった男ってのはまだ……行方不明なんですか?


 え? 現場に腕だけが残ってた? あとは……水になってた?


 ……はあ……なるほど……あのあたりから、本格的にはじまったんですかねえ……

 でもほんと、あっという間にこんなふうになっちゃいましたねえ……


 わたしのタクシー仲間もかなりの連中が、いなくなっちゃいましたよ。

 残ったやつは、こうやって船で稼いでるか……連絡がつかなくなって、生きてるのか生きてないのかわかんないやつもたくさん……


 あ、お姉さんの同僚の方も……けっこういなくなっちゃいましたか?

 え? コンビを組んでたベテラン刑事さんも? 


 いやあ……それは申し訳ないこと聞いちゃいましたね……

 ほんと、どうなるんですかねえ……このままだと。


 どんどん人が消えて、水位が上がって……

 なにもかも、水の底に沈んじゃうんですかねえ……?

 

 あ、着きましたよ……お客さん。

 ああよかった……お客さんがいなくなってなくて。

 

 これ、わたしの名刺です。


 またお仕事で遅くなったときは、ぜひご連絡ください。

 まあそのときまで……わたしがいなくなってなければの話ですがね……


 あはは、お気をつけて。


 お互い、消えないようにがんばりましょう。


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