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■7■ 捜査一課部長の話

 それにしても大変だったねえ……


 君は、わたしと話すのは初めてだし、話したくなければなにも話さなくていい。

 その代わり、こうして黙ってるのもなんだし……


 代わりにわたしの話を聞いてくれるかな?

 いいかな? ……じゃ、話すね。


 数年前、君と前に話したあのお姉さんの刑事さんと組む前に、わたしが担当した事件で……

 ある若いお母さんが、一歳になる自分の娘を殺しちゃった事件があってね。


 当時わたしと組んでいたのはあのお姉さん刑事じゃなくて若い男の刑事さんでね。

 いや自分の元同僚と部下のこと悪く言うのもなんだけど、イヤな奴だったなあ……


 まあいいんだ……そいつのことは。


 でまあ、そのお子さんを殺しちゃったお母さんというのが……

 それがなんというか……夜のお仕事をしててね。それが結構ハードな。

 まあわかるね? ……うん、そういう仕事だったんだ。


 でまあこれがマスコミに大々的に報じられてね。


 まあだいたいわかると思うけど……

 子どもを殺したお母さんに対するバッシングはすさまじかった。


 まあ自分の子どもを殺したんだから、非難されるのは当然と言えば当然だ。

 それにしても……


 とにかく『いますぐ死刑にしろ』とか『めっちゃ残虐に殺せばいいのに』とかなんとかかんとか……

 まあ、そーいうのはこの手の事件が起きるたびにあることだったから、わたしはまあ、やれやれと思ってたよ。

 

 でまあ、その時の相棒が……まあイヤな奴だったんだけどね……こんなことを言ったんだよ。


『あんな女に、裁判なんか必要っすかね? ほんとマジ、死刑でいいじゃないですか』


 ってね。

 まあそれくらいのことは言いそうな奴だったんだけど、さすがにわたしもそれは見過ごせなかったよ。


『君、それは違うよ……だって僕らの仕事は、人を法に則って裁きを受けさせるためにあるんだからさ……いくらなんでも、それは言い過ぎだ』


 って言ったんだけど、彼はあんまりピンときてないようだったね。

 なんかすごく……ものすごーく……疲れてる様子だった。

 まあ、イヤな事件は多いからね……そうなる気分もわかる。


 で、その母親に弁護士がついた。

 わざわざ、彼女の弁護を買って出た若い弁護士がいてね。


 なかなか骨のある若者だったよ……


 まあわたしらは検察側からしか事件を見ない習性がついてるけど、人は誰だって弁護を受ける権利があるわけだし……


 その母親に関しては、誰も彼女を弁護しようとする弁護士がいなかった。

 そうなるとすなわち、国選弁護人がつくわけだけど……その若い弁護士は自分から彼女の弁護に名乗りを上げたんだ。


 聞けば、彼女のように世間からひどく非難され、バッシングされるような被告ばかりを選んで担当してる弁護士さんだそうだ。

 

 何度か顔を合わせたけど、本当に……理想に燃える好青年、って感じだった。


『人が罪を犯すのには必ずそれなりの理由があります』


 と言ってたっけなあ……

 多くは確かにそうだ。

 でも長いこと警察官をやってると……必ずしも、そうではないことも知っている。


 彼の理想は立派だけど、いつかその理想を見失う日が来るんだろうな……

 と、わたしは思った……でも、そうやって堂々と理想を語ることができる若者のことを、少し羨ましく、眩しく感じたのも事実だ。



 で、裁判が始まった。



 逮捕時に大きな話題になった事件だから、裁判が始まるとまた世間が騒ぎ始めた。

 被告である母親に対してはもちろんだけど……

 彼女をわざわざ自分から担当した弁護士にもものすごいバッシングがはじまった。


『あんな女になんで弁護が必要なんだよ?』とか

『わざわざ弁護名乗り出た奴、マジクズじゃね?』とかなんとかかんとか……


 まあ、それまでにも何回も何回も何回もあったことだよ。


 裁判の行方に関してはわたしもそれなりに注目してた。

 まあもはや我々にすることもできることもあんまり無かったんだけどね。

 で、その相棒だった刑事さんだ。


『はあ……まったくあいつ、何が楽しくてあんな女……弁護してんですかねえ……』


 とまあ、世間とたいして変わらない、面白くともなんともないことを言うわけだよ……

 それも頻繁に。


 さすがにわたしもうんざりしてきたよ。


『裁判なんかまどろっこしいじゃないですか……もう死刑でいいですよ死刑で』


 とか


『あのバカ弁護士、いったい何張り切って人殺し女の味方してんだ?』


 とかなんとかかんとか。

 わたしはもう、かれの話を聞くのもうっとおしくなってた。


 適当に生返事してたんだが……ふと、あるとき、仕事中に彼のことを改めて見た。


 なんというか……その、いちおう刑事だからおじさんみたいにスーツを着てるんだけど……

 ものすごく雰囲気がだらしなくなっててねえ……

 

 それまでは彼、署内でもけっこう身だしなみに気をつかってて、わたしら刑事の間ではどっちかと言うとパリっとしてたほうなんだ。


 スーツや服も、けっこう頻繁に買い替えてたみたいだし、シャツもいつも皺ひとつなかった……

 それが……なんか、シャツもスーツもよれよれのシワシワ、髪もなんか……随分と散髪に行ってなかったかんじでね……




 ところでその熱血若手弁護士さんなんだけど……そりゃもうものすごいバッシングを受けてね。


 なんかネットでは彼の自宅まで特定して晒されちゃった。

 毎日、バカな連中が押しかけてねえ……

 弁護士さんの奥さん、寝込んじゃったんだよ。


 でも、彼は精力的に活動してた。


 別の事件で、彼と署で顔を合わせたんだよ……でも彼は相変わらず、エネルギッシュだった。


『奥さん、大変そうだね……大丈夫?』


 って、わたしは声を掛けた。


『ええ……でも……妻が出て行っちゃいましてね……』


『えっ? そんな……行方はわからないの?』


 心配になってわたしは聞いたよ。

 すると、あの快活な彼の表情が曇ったんだ。


『いや、出て行った、っていうのもその……ほんとにそうなのかわからないんです』


そういいながら、なんかとても困ったような、当惑したような顔をするんだよ。


『え? ……それってどういうこと?』


 って聞くと……


『書置きもなし、どこに連絡しても所在がわからなくて……とはいえ部屋からなくなってる服やものもないし……どうも妙なんです』


『それ、失踪じゃないか? ……警察には相談した?』


 とまあわたしも警察なんだけど、いちおう聞いてみたんだよ。

 すると彼は苦笑いして……


『どうも、出て行ったように思えないんです……妻がいなくなった日、ベッドのシーツがぐっしょり濡れてましてね……翌日にはもう乾いちゃったんですけど……へんな話ですみません……なんか部屋のなかに……まだ妻がただよってる気がして……』


 そう言うと彼は、いつもの熱血弁護士の顔に戻っちゃったんだ。



 で、それからすぐだったな……わたしの相棒の若手刑事がいなくなったのは。


 署にまったく出勤しなくなって、電話にも出なくなった。

 まあ警察官でも……こういうのはよくあることだ。

 他の職場でもそうなんだろうけど。



 相棒はイヤな奴だったけど、一応は相棒だったから……

 非番の日に彼が住んでたアパートを訪ねたんだよ。


 呼び鈴を鳴らしても返事なし。


 大家さんに連絡して事情を話して……

 いちおう警察バッジも見せて、部屋の鍵を開けてもらったんだ。

 すると……だいたいわかるかな?


 1Kのワンルームのフローリングが……水でびしょびしょだった。

 

大家さん、青くなってたな……建物の床下が痛んでないか心配だったんだろう。


 もちろん思い出したのは、弁護士さんの奥さんの話だ。


 それに……殺風景な部屋だったけど、まだ彼の気配が……部屋のなかに漂ってるような気がした……弁護士さんが言うとおりにね。


 まあ警察手帳や拳銃やらを持って失踪したんじゃないから、たいしたニュースにはならなかった。


 とにかく数年前、おじさんの周りから二人の人間が消えたんだ。

 

 君はこの話を聞いて……なにか思わないかい?



 よかったら……話を聞かせてほしいんだけど。

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