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■3■ 美容師の話

 は~い冨永さん、シャンプーしていきますね~……

 いや、お仕事お忙しそうですねえ。

 こう暑いと、なかなか外回りも大変でしょう?

 

 で……どう思います? そのお客さんの話。


 かなり気味悪いですよねえ……なんでしょうね?


 その脱ぎ捨てられてたコートについてた水って……やっぱそのお客さんがタクシー運転手さんから聞いたように、妊婦さんの羊水? 的な? 


 ……いやいやいや……めっちゃ気持ち悪い。


 そういうの信じるほうですか? お客さん?

 なんか、お客さんはあんまりこういうの、信じないタイプっぽいですね……


 あ、こんな話、イヤじゃありません?

 じゃ、ちょっと僕の話……してもいいですか?


 あ、その……さっきのお客さんや、そのお客さんがタクシー運転手さんから聞いたような、いかにも怪談、ってか怖い話系ではないんですよ。


 でも、そういう話を聞いて、なんとなく記憶のなかで繋がった、って話です。

 いや、僕、マンションの4階に住んでるんですけどね。


 ちょうど真上に、幼稚園くらいの男の子がいるシングルマザーが住んでたんです。


 ほんの数か月前……その、さっきのお客さんの話を聞いたのの、少し前くらいまで。

 “住んでた”ってのはその……今はもう住んでないからです。


 え? 違いますよ~?

 ……別に好みのタイプだったとかそんなんじゃないですよ~

 

 というか、その人が越してきて2年か3年か経ってたと思うんですけど、一度もその人の顔をはっきり見たことないんですよ。

 

 ……ていうのもその人、たまにエレベータの前で見かけたりしたんですけど……いつも俯いてて、髪の毛で顔がほとんど隠れてるんですよ。


 女の子に手を引かれてる男の子はすっごく愛想がよくて、よく僕に手を振ってくれたり、『こんちは~』って言ってくれたりするんですけど……

 僕が『こんにちは』といってもお母さんは無言です。

 一緒にエレベータに乗り込んでも……子どもはニコニコ僕に笑いかけてくるけど、ずっと無言で、俯いたまま。


 そりゃ、エレベータに乗ってる時間なんてほんの何十秒かですけど、そういうのってすっごく……

 なんか空気重いじゃないですかあ……?


 そんなわけで僕、その人の顔、ちゃんと見たことないんです。

 なんか暗い人……というか不気味な人だなあ……と思ってましたよ。


 てかまあ、気になったのは男の子のほうです。

 とっても愛想がよくて、かわいい子なんです。

 で、お母さんは……そんな感じ。


 やっぱ気になりますよね? ……冨永さんだってそう思うでしょ?

 いや、同業でシングルマザーも多いし、みんなちゃんと頑張ってますよ。


 だからシンママだからって偏見を持ってるわけじゃありません。

 でも……お母さんがそういう状態でしょ?


 なんか、その母子を見るたびに、イヤな予感がするんです。

 よくありますよね……

 ワンオペ子育てに追い込まれたお母さんが、子どもを虐待して殺す……とか……無理心中、とか……


 すっごく気になりましてね……

 ネットでいろいろ調べましたよ。


 近所に虐待の気配があったら通報できる窓口とか……もしくは地域のお母さんが子育ての悩みを共有できる自治体のスペースとか……もし、あのお母さんがほんとうに追い詰められてるんだったら、おせっかいは承知だけど紹介してみようと思いましてね……


 別にイイ人ぶってるわけじゃないですよ?

 あの子や、あのお母さんが気になって仕方なかったんです。


 というのも、僕の母さんもシンママでして……あ、これ言ったことなかったでしたっけ?

  ……ま、いいや。そういうわけなんです。


 それからしばらくして……深夜なんですけど、僕が部屋で寝てると、ドスン! って上から音がしたんですよ。

 ええ、目が覚めるくらいだから、かなり大きな音でした。

 で、その親子が住んでるのが真上の部屋で、その母子の部屋でしょ?


 枕元のスマホを見ると、午前3時でした。


『なんだ……?』


 さすがに気になって、しばらく起きていました。


 すると……10分くらい経った後でしたかね?

 また、ドスン! と大きな音がしたんです。


『なんか……これ、ヤバくない?』


 まあ確かに、小さな男の子の住んでいる部屋ですし……そんな音がしても不思議じゃないのかも知れません。

 でも夜中の3時ですからね?

 それに普段見かける……お母さんのなんか、尋常じゃない感じ……


 もうしばらく、ベッドの上で身を起こして……耳をすませていたんです。

 すると……


『きゃっ! きゃっ! きゃっ! ……あははっ!』


 かすかに声が聞こえてきました。

 男の子の声です。

 楽しそうに笑ってるんです……ってことは、僕が一瞬想像したような、その……最悪の事態ではないようで……まあ、ほっと一安心したんです。


 でも、やっぱり変です……

 だって夜中の3時で……その時にはもう3時半になってました。


『あはははっ! きゃっ! きゃっ……ママ、ママ、へん!』


 めっちゃ男の子、笑ってはしゃいでるんです。


 どう考えても、子どもが起きてはしゃいでる時間じゃないですよね?

 いや、めっちゃ朝が早い子? 

 ……いやいや……三時半です。まだ暗い時間ですよ?


 どすん! どすん! どすん!


 その子がはしゃぎながら、飛び跳ねてるみたいなんです。

 でもまあ……確かにかなり妙だし、階下に暮らす者としてちょっと迷惑な話ですけれども……とりあえず男の子が元気そうなんで、そこは安心しました。

 で、ベッドに横になって、そのまま朝まで眠ったんですね。




 で、朝です。



 目を覚ました一瞬は、夜中の物音や男の子の声のことは忘れていました。

 まあ起きたばっかで寝ぼけてたんですが、ベッドから足を降ろして、


『ひゃっ!』


 となりましたよ……つま先が、濡れたんです。


『えっ……なにこれ?』


 見ると、フローリングがびしょびしょなんですね。

 え、なんかきのう水のペットボトルかなにか出しっぱなしにしてて、それを蹴っちゃったのかな……と思ったけど、そんな濡れ方じゃなくて、ものすごく広範に水が床に広がってるんです。


『いやちょっとマジでなにこれ……』


 と思ったときでした。

 ピチョン、って上から水滴が落ちてきたんですよ。

 見上げると……天井に大きなシミができてるんです。


 アレです、そう……雨漏りしたみたいな感じで。


『上の階から……?』


 昨日の音と男の子の笑い声のこともあるし、ちょっと頭のなかグルグルでしたよ。

 とりあえず床の水を拭いて、バケツを雨漏り部分に置いて、その日は出かける前にマンションの管理人さんに雨漏りのことを伝えときました。


『あ、そうですか……じゃ、上の階のお母さんに伺っときますね』


 と管理人さんが言うんで、その日はそのまま仕事に出たんです。

 

 仕事を終えた時間にはもう管理人さんもいません。

 で、部屋に帰ると天井に大きなシミが残ってるわけです。


 その下に置いておいたバケツにそれほど量はありませんでしたけど、透明な水が溜まってました……まあ、もちろん成分なんか気にせずに流しに流しちゃったんですけどね。あたり前か。




 で、翌朝です。



 管理人さんが出掛ける前の僕呼び止めて言うんです。


『一昨日の夜、なにか妙なことありませんでした?』


 って怪訝な顔で。

 なんか、いやな予感しましたね。


 前から、上の階の母子のことは気にしてたうえに、一昨日のあの物音と男の子の笑い声でしょう?


『な、なんかあったんですか?』


 ってちょっと食い気味で聞きましたよ。


 こっからは管理人さんの話なんですけど……

 

5階のお母さんの部屋に管理人さんが漏水のことを聞こうと思ったけど、呼び鈴を押したのに応答がなかったと。

 で、部屋の中からはずっと男の子の泣き声がする、って言うんですよね。


 一度は退却した管理人さんでしたが、管理人さんもその岡さんのことは僕と同じように気になってたみたいで……時間を置いてまた5階の部屋の呼び鈴を鳴らしたんですね。


 で、返答がないし、まだずっと男の子が泣いている。


 さすがにこれはヘンだと思ったらしくて、管理人さん『あとで怒られてもいいや』と思ってマスターキーでドアのカギを開けて、部屋のなかに入ったらしいんです。


 すると……なんとまあ部屋の中が水浸しです。

 玄関のたたきにまで水が溜まってたらしいんですよね。

 こりゃ、ただごとじゃない……と管理人さんも思いました。 


 でもも、ここからがさらに妙なんですけど……

 ドアの外から聞こえていたはずの男の子がどこにもいない。


 で、部屋という部屋を探したんですが、やはり男の子はいない。

 もちろんお母さんもです。


 家具やその他はそのままで……テーブルには一昨日の夕食が二人分、出したままになってたそうです。

 


 それから……上の階の母子は、ずっと行方不明なんですよ。

 まだ上の階は空いたままです。


 一応、管理会社に天井のクロスは張り替えてもらいましたけどね。

 

 一体、なんなんでしょうね?


 あのバケツに溜まってた水……

 ちゃんと残しといて成分分析したら、やっぱ妊婦さんの羊水と同じ成分だった……んですかね?

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