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■1■ タクシー運転手の話

当作品は官能要素ありませんが、作者の(官能)ホラー小説集KDPはこちら

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 お客さん、こんな時間までお仕事ですか?

 ほんとに大変ですねえ。


 世の中、景気が良かった頃はよく終電逃すまでお仕事してる会社員の方を良く乗せましたが、最近は少なくなりましたねえ。


 お客さんみたいに若い女性もたくさん乗せましたよ。

 ほんと皆さん、今のお客さんみたいにぐったり疲れた顔をされてました。

 とくにこう暑い日ですとねえ……


 あ、お客さん、お話しても大丈夫ですか?


 いや最近、よく話す運転手、ってのはウケが悪いらしいんですよ。


 わたし生来、おしゃべりなものでしてこうして乗車いただいたお客さんにペラペラペラペラ勝手にお話しちゃうんですけど、お疲れで相槌打つのも面倒なお客さんにしてみると、こりゃ溜まったもんじゃないですよね?


 “きょうび、お前みたいなおしゃべり運転手は嫌われんぞ」”って一度、同僚に言われてから反省しちゃいましてね……


 できるだけお客さんを乗せたときはしゃべらないようにしてたんですけれども、そうするとどうもストレスがどんどん溜まっちゃって……あ、笑っていただいた。


 てことは、お話しても大丈夫ですね? こりゃ安心しました。

 さて、話したくてウズウズしてた話しますね。こう暑い夜ですんで、怪談です。


 あ、お客さん……怖いの大丈夫ですか?

 え? 好きなほう?


 じゃ良かった……いや、怖い話が好きな人には、ありきたりでちょっと退屈かもしれません……そうそう、わたしの体験談。


 いわゆる“タクシー運転手の怪談”です。

 

 あ、お客さん思ったでしょ?

 いつものパターンだ、って。

 

 残念ですけどそうなんですよ……わたしのお話もパターンどおり。

 でも、最後だけちょっと違うんでちょっと最後まで聞いてください。


 去年の夏で、今日みたいにものすごく熱い夜でした。


 さっきお客さんを乗せたあたりから、ちょっと行ったところに大きな市立病院があるでしょう?


 きょうみたいに、終電が終わった時間でしたね……あのへんを流してたんですよ。

 と、真っ暗ななか、その病院の前の通りに……白い服を着た女の人が手を挙げて立ってるんです。

 

 なんかわたし、思わずニヤついちゃいましたね。

 だってもう、()()()()幽霊じゃないですか。


 で、わたし同僚や先輩からはこの手の話、イヤというほど聞かされてきたんで、一度幽霊を乗せてみたくて仕方なかったんですよ……いや、自分が変人だってのはわかってますよ。


 で、車を止めました。ワクワクしながらね。


 こんな時間に、とっくに面会時間も消灯時間も過ぎてる病院の前で手を挙げてる白い服の女の人ですよ? しかも髪がめちゃくちゃ長くて顔が隠れてる。


 いかにもでしたね!


 ドアを開けると、音もさせず女の人が乗り込んできました。


「こんばんは。ありがとうございます……どちらまで?」


「…………●●区●●町●ー●ー●まで……」


 墓地だとか断崖絶壁だとか言われると期待してたんで、女の人が妙に具体的な住所を言うんで意外でした。


 あれ? この人幽霊じゃない? ……って一瞬思いましたね。


 とはいえ、幽霊じゃなかったらなかったでちゃんと目的地に着いても、消えずにお金は払ってもらえるはずですんで、ちょっとがっかりしながらナビをセットしました。


 で、車走らせながら、きょうお客にしてるみたいにいろいろ話しかけたんです。


「こんな時間まで大変ですね?」とか「残業ですか?」とか「暑いですね」とか。


「はい……」とか「いいえ……」とかいちいち相槌は打ってくださるんでまたわたし、『アレ?』って思いましたね。


 基本、タクシーに乗ってくる幽霊って、運転手がなに話しかけても無言じゃないですか……

 だからやっぱりこの人、幽霊じゃないのかな? ……ってがっかりしたんです。


 まあそれならそれで目的地までお送りすりゃいいや、と思って車を走らせました。

 いろいろとつまらないことを話しかけながらね。


 でも女の人は生返事ばかりです。

 ちらり、とバックミラーでその女性のことを確かめました。


 やっぱり長い髪を前に垂らして、顔を隠してる。

 服は白いブラウス……ってもう、ほんと見るからに幽霊なんですよ。


 でもまあ……実際終電も行った時間ですし、そこまで働かれてたんならそりゃ精も根も尽き果ててるだろうなあ……単に疲れてるだけの人かなあ……とも思いました。

 

 そっからは、目的地までほぼ無言で走りました。

 まあお疲れのところ悪いと思いましてね。


 で、目的地に着いたわけです……あ、お客さん“やっぱこのオチか”って顔しましたね? 

 ……はい、そうなんです。そのオチなんです。


「お客さん……着きました……あっ」


 とまあ、後部座席を振り返るといないんですよ。


 さっきまでいたはずの女の人が……

 お客さん、そんなあからさまにガッカリしないでくださいよ……でもまあ、確かによくある話です。


 でもわたし、「やった!」と思いましたね。「ついにこの時がきた!」って。

 

 で、ダッシュボードから東急ハンズで買ってきた新品のスポイトを取り出しました。

 え、なんでそんなもの持ってるのかって? 

 ……いやいや、あとちょっとで終わるんで最後まで聞いてください。


 わたし、降りる人もいないのに後部座席のドアを……開けて、運転席を飛び出して、後ろに回りました。


 そうするとやっぱり……アレですよ。

 後部座席のシートがぐっしょり濡れているわけです。


 はい、シートに浮き上がってたのは透明な水……に見えました。

 で、わたしはその水をスポイトで採取したわけです。


 なんでそんなことをしたかって?


 こういう時に幽霊が残してく、“水”っていうのが一体、どういう成分で構成されているのか、ずっと知りたかったんです!


 というのもまあ、うちの娘が大学院で法医学を専攻してましてね。

 ある法医学者の先生に師事してるんです。


 すくい取った液を娘に渡して、


「こ、これ! これの成分、これを分析してくれ!」


 と娘に頼み込みました。


「えー……なんなのこれ? ま、いいけどいま混んでるから……時間かかるよ?」


 と娘はもちろんその水が何か知らないもんだから、あんまり乗り気じゃないみたいでしたけど……まあ、半月ほどして分析結果を教えてくれたんですね。


 あ、もうすぐ着きますよ。だからこれだけお伝えしときますね。

 あの、タクシーのバックシートに幽霊が残していく、あの水です!


「おとうさん……これ、どこで手に入れたの?」


 って娘がすごくイヤな顔で言うわけです。


「え? 何だったんだ?」


「ほぼただの水なんだけど……あとタンパク質、炭水化物、脂肪、アミノ酸、電解質………ねえ、これどこで手に入れたの?」


「で、それ……つまり何なんだ?」


「……これ、妊婦さんの羊水とほぼ同じだよ。赤ちゃんのおしっこや、皮膚の成分はないけど……これ、いったいなに?」


 とまあ、こういう話です。


 娘も『妊婦さんの羊水に近いもの』としかわからなかったんです。

 

 あ、着きましたよ。

 お忘れ物ないように……すみませんねえ、ヘンな話して。


 では、おやすみなさい。お気をつけて……


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