蒼い石
占い師が口にした言葉は、彼の運命を変えた。王の寵愛深かった母が、命と引き換えに生んだ子だった。
「この子は国を滅ぼす星のもとに生まれた」
玄星と名づけられたその皇子は、王宮の華やかな場から遠ざけられ、荒れ果てた離宮で一人育った。
誰ひとり彼に寄り添わず、食事すら戸口に置かれる始末。彼が幼子の声で泣いても、誰も答えなかった。
時が流れ、玄星が十六になったある日。騎馬の音とともに軍靴の響きが離宮に近づいた。やがて門が開かれ、兵士たちが無言で彼を取り囲んだ。
「王の命だ」とだけ言われ、玄星は王宮へと連れ出された。
謁見の間では、王と貴族、そして歳老いた占い師が待ち受けていた。誰一人、彼を名で呼ぶことはなかった。王の口から語られたのは、再びの予言だった。
「災いが近い。皇子の一人を生贄とせねば、国は滅びる。届天山の頂にて、その首を刎ねよ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。選ばれたのが玄星であったことも、予め決められていたかのようだった。
予言が正しいかどうか、確かめる者などいなかった。占い師と王妃が一瞬目を合わせたことに気づいたものもいなかった。
*
届天山への道は険しく、玄星の薄い靴はすぐに破け、足は石に裂かれ血を滲ませた。だが兵士たちは歩みを緩めることなく彼を引きずり上げた。言葉もかけず、目も合わせず。ただ任務を果たすためだけに。
やがて、山の頂にたどり着いた。雪が混じる冷たい風が吹きすさび、空は低く重く垂れこめていた。
「ここだ」と隊長が言った。
玄星は黙って空を見上げた。何も恐れていない顔だった。言葉はなかったが、その目には諦めと、どこか透明な静けさが宿っていた。
彼は王城の伽藍、教会の尖塔を眺めていた。
彼が生まれたとき、口に含んでいたという青い石。水を封じ込めたかのようなその石は、今も彼の喉元に下げられていた。
処刑の前、隊長がそれに気づいた。
「死人には勿体ないな」と、兵士に命じて石をもぎ取る。
石はその瞬間、青く光った。
*
刃が振り下ろされ、玄星の首が地に落ちると、大地が鳴った。
石が兵士の手を離れ、宙に舞った。
山が揺れた。いや、山だけではない。遥か下、王宮も、街も、広がる畑も、すべてが揺れた。誰もが立っていられず、建物は傾き、壁は崩れ、地面にひびが走った。
やがて、地下深くから水が噴き出した。
河があふれ、運河が裂け、田畑を覆い、庭園を呑み込んだ。人々の悲鳴も、鐘の音も、水の咆哮にかき消された。
兵士たちは急ぎ山を下ろうとしたが、途中から水が追いかけてきた。誰かが叫んだ。
「戻れ! 水だ、水が来る!」
だが遅かった。細い山道はすぐに濁流に変わり、兵士たちは一人、また一人と呑み込まれた。逃げのびた者も、水面に映る光景を見て声を失った。
伽藍の尖塔が、波間に沈む。かつて祈りの場だった聖堂も、王が座す玉座の間も、今はただ水の底に消えていく。
*
玄星の首が落ちたその地には、石がひとつ残された。兵士が手放した瞬間、石は地に触れ、そのまま動かなくなっていた。
青い光を内に封じたその石は、まるで涙のように静かに震えていた。
*
やがて、届天山の裾野には巨大な湖が現れた。かつて国があった場所はすべて水に沈み、その周囲に新たな草が芽吹いた。だが、かの国の名を口にする者は、いつしかいなくなった。
石は今も、山頂に残る。
誰にも拾われることなく。
青く、静かに。
まるで、亡き皇子の魂を封じたように。
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