第七話 それ以上はやめてくれ!!
「それで飛炎様は何故そんなにも顔が腫れているのですか?」
翌日暁天が所作の練習をしているところを覗きに来た飛炎は、花娘に見つかってしまい、好奇心旺盛な彼女は遠慮なく飛炎の傷について尋ねてきた。
「これは.......その、ちょっと暁天と喧嘩をしただけで」
そう言い訳がましく言うが、飛炎の顔の傷は普通の喧嘩ではできなさそうなものであった。
唇の端は切れ、目の周りには青紫色の痣ができており、その他頬が赤く腫れていた。昨夜暁天に悪戯を仕掛けた飛炎は、そのお返しとして死ぬほど殴られたのだった。
「そうですか」
生温かい視線で飛炎を見つめてくる花娘の視線から逃れようとしていると、暁天がこちらを向いた。
「飛炎、こちらに来てくれ」
声をかけられ若干びくびくしながら、彼のそばに行く。
「まさかまた殴ったりしないよな?」
「お前が調子に乗らなければな」
話ながらも暁天は姿勢を崩さず、端然と椅子に腰掛けている。以前よりもずっと板についており、側から見たら生粋のお嬢様である。
「それで飛炎、私は麗華殿のように見えるか?」
「そうだな……ぱっと見たところは問題なさそうだが、雰囲気がちょっと違う」
しぐさは確かによく似ているが、顔つきが全く異なっている。麗華はふんわりとした優し気な表情だが、暁天は鋭い目つきに加えて覇気があり、隠しきれない野性味を窺わせる。
「もう少し肩の力を抜くような感じで」
「こうか?」
暁天は飛炎の言葉通り肩の力を抜こうとしたのだが─────。
「……それは肩の力を抜いたのではなく、殺気を消しただけでは?」
見てくれは完全に令嬢なのに、どう考えても普通の女性とは違う、剣呑な雰囲気が消えない。どうしたものかと麗華たちも頭を捻っていたが、ふと飛炎にある考えが浮かんできた。
「なあ、暁天」
「なんだ?」
「一緒に市場に遊びに行こう!」
当然何を言い出すのかと、皆が怪訝そうな表情をした。
「それでお前は私を連れて、何故こんなところに来たんだ?」
女の衣を纏い化粧もして、騒がしい雑踏の中を歩き、既にうんざりとした表情を浮かべた暁天は、気だるげな様子で飛炎に尋ねた。
「まさか俺がただ遊びに来たと思ったのか?ほら、周りを見てごらん。たくさん女性がいるだろう?」
そこで暁天は飛炎の意図を理解したようだった。それから彼は熱心に女性たちを観察し、彼女たちの表情やふとした瞬間のしぐさを真似しようとし始めた。
暁天の意識が変わった瞬間、彼の纏っていた雰囲気までも一変した。先ほどまでの相手を圧するような眼差しは、柔らく甘やかになり、どことなく儚さも感じさせた。
あまりの彼の変わりように、飛炎は素直に感嘆した。この天性の器用さは得難いものだろう。
「さすが天下の暁天は───」
彼を誉めようとした時、偶然すれ違った男が暁天にぶつかった。
「いってぇ!前見て歩けよ馬鹿女!」
いきなり暴言を吐く男に、飛炎は眉を顰めつつも男のことを思わず心配してしまった。
(暁天相手によくそんな暴言吐けるな。すぐにぶん殴られるぞ)
暁天が彼を殴らないかはらはらしていたが、飛炎の予想に反し、暁天は彼を殴るようなことはしなかった。
睨みつけるようなこともなく、むしろ怯えたように、飛炎の衣の袖を掴んできた。
上目遣いで飛炎を見つめ、助けを求めるような仕草に、暁天が男であることを知っている飛炎すら、胸が高なるほどだった。
「おい!話聞いてんのか?男に助けを求めればいいって─────」
「まあまあ、それくらいにしておきましょうよ。私が後で彼女に言い聞かせておきますから」
にこやかな笑みと口先で男を丸め込み、飛炎は騒ぎが大きくならないうちに、その場を去ることにした。
しかし飛炎にとっては、それから後の方が大きな問題であった。
なんと二人でその場を後にしようとした時、暁天が飛炎の手を握り、指を絡めてきた。
そしてさらにはそっと飛炎に体を寄せてきた。
(あー!!可愛いっ!!)
こちらを見ながらにこにこと笑う彼の姿はあまりにも可愛らしく、飛炎は悶絶しながら絶命するような心地であった。
(これは演技、これは演技…….)
そう念じていても雑念が湧き出てくる。なるべく彼の方を見ないようにするが、あまり効果はない。
(本当は彼に女装をさせるべきではなかったのかもしれない……)
やろうと思えば彼は国を傾けることなど、簡単にできそうだ。あまりにも悩んだ飛炎は、暁天を軽く突いた。
「なあ、やっぱり俺が女装する」
飛炎の言葉に暁天は目を見開くと、理解できない、という顔をした。
「本当は女装したかったのか?」
声で男だとばれる為、周りに聞こえないよう小声で話す。しかしそうなると、暁天が飛炎の耳元で話すことになる為、余計に落ち着かなくなった。
「ちがう!!いや……その、とにかく頼むから女の格好をしないでくれ!!ほら、もう帰ろう!!」
もはや飛炎は通りすがりの者の目に、暁天のこの姿が触れるのが耐えられなくなっていた。
そして自分自身の理性も若干怪しくなってきた。何故だかは分からないが、彼に触れたくてたまらない。
そんな飛炎の葛藤に少しも気づくことなく、暁天はあっさりともう帰ろう、と言った。
「本当にいいのか?」
「なんだ、自分で帰ろうとか言ってきたくせに、本当は帰りたくないのか?」
普段の調子と全く変わらない彼に、飛炎は妙に脱力してしまった。
「………なんか疲れた」
「歳か?お前も私ばかりにかまけてないで、体力作りでもしたらどうだ?」
「………」
飛炎が何も喋らないでいると、暁天が頬を膨らませた。不貞腐れたように、飛炎の脇腹をつついてくる。
「…….やめろ」
「えっ?」
「やめてくれ!!」
そう叫んだ直後、飛炎は暁天をいきなり担ぎ上げると、そのまま全速力で麗華たちの屋敷へ戻って行った。
その後、屋敷に戻ったところまではよかったが、暁天が側から見たら理解不能な飛炎の行動に臍を曲げてしまい、しばらく口をきいてくれなくなってしまった。
「悪かったって。なあ、頼むから戸を開けてくれよ」
その日はかなり長い時間、廊下に情けない飛炎の声が響いていた。