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第五話 諦め

その日の昼前には、暁天の所作の特訓が始まった。

姿勢、歩き方、物を取るときの動き。あらゆる面から作法を叩き込まれていく。




嫋やかで優美な美貌に反して、若干粗野なところもある暁天がちゃんとできるか心配していたが、飛炎の予想よりもすんなりと覚えていっていた。




飛炎の隣に腰掛けながら、やや目を伏せている暁天は完全に深窓の令嬢であった。



茶を飲む仕草も上品で、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言った様子である。



ただ気を抜くとすぐに足を開いて座ってしまうため、その度に飛炎は彼をつついた。



「こらっ、男であることがばれてしまうぞ」



「ずっと体のどこかに力を入れているせいで疲れるんだ。本番ではないのだから少しくらいいいじゃないか」




先ほどまでは背筋を伸ばしていたが、今はくつろいだふうに座っている。部屋には彼と飛炎の二人だけのため、明らかに気を抜いている。



「まあお前は怪我のこともあるし、ゆっくりするのも大事だな」




それっきり二人は特に喋らず、暁天は静かに茶を飲んでいた。





「………なあ」



先に沈黙を破ったのは飛炎だった。ゆっくりと立ち上がり、暁天の隣の椅子に腰掛けると、彼の様子を窺いながら尋ねた。



「お前の兄弟子はどんな奴なんだ?」




呟くように言った言葉は、二人の間に横たわる沈黙に

吸い込まれていく。暁天は聞こえているのか、いないのか、沈黙を貫いていた。




「まあ無理に言わなくても─────」




「優しい人だった」



私にとっては、と小さな声で付け加える。暁天はこれまで見たことないような弱々しい表情をしていた。



「じゃあその優しい兄弟子に会いたくなったのか?」




「違う。…………私は彼を殺さなければならないんだ」





何故、という言葉が音にならずに飲み込まれる。暁天はそこでようやく飛炎を見て、苦い笑みを浮かべた。




「彼は私の門派の者たちを皆殺しにした。師父も、弟弟子もまとめて」












「私の育った清竹派では無用な殺生は禁じられている。それに仲間は助け合うものだと叩き込まれてきた。そんな中でも兄弟子の汪弘景は優しく思いやりがある人だった」



 



それなのに何故、と暁天がくぐもった声で呟き、肩を震わせた。そっと彼の背中を撫でると、彼は顔を上げ涙で濡れた瞳で飛炎を見つめた。




「なあ飛炎」



「何だ?」




「お前の助けを借りたい」




暁天は張り詰めた面持ちで飛炎を見つめてきた。

プライドが高く何でも一人でこなしてきた彼がそう言うとは、一体どれほどの覚悟なのだろうか。 

暁天は自信なさげに言葉を継いでいく。





「……お前が私を嫌っているのは知っている。でももうこの体では彼を倒すのは無理だ。…..私が死んだら、私の体を煮るなり焼くなり晒し首にするなり、何をしたって構わない。今回だけはどうか力を貸してくれないか?」



そう言い飛炎の腕を掴んできたその手が、かすかに震えていることに気がついた。



「……..まったく身構えて損したな。そんなことならもっと気軽に言ってくれよ。あと別に俺はお前のことを嫌ったりしていないからな!」



ぽかんと口を開けている暁天に、飛炎は朗らかに笑いかけた。話についていけてないのか、暁天は尚も怪訝そうな顔をしていた。



「任せろ!この俺を誰だと思ってる。天下の義賊、穆飛炎様だぞ?」



おどける飛炎と目が合うと暁天は目を瞬かせた後、白い歯を覗かせた。



「……ありがとう」



「ただ手助けの件については一つ条件がある」



「何だ?」



「兄弟子の名前とお前の門派について詳しく教えてくれ」









そこから暁天はゆっくりと語りだした。先ほどのように涙を零すことも、声を震わせることもなく淡々と。


「私の門派は玲雲山青竹派だ。もしかしたらお前も聞いたことがあるかもしれない」




確かに飛炎はその門派について聞いたことがあった。厳格な掟の元、俗世と関わることなく己の術を磨く門派だったはずだ。




「私はその中では落ちこぼれだった。.......あまりにも仙術の素質がなくて。兄弟子───汪弘景はそんな私を庇ってくれていた」



暁天はそんな彼を慕っていた。その後山を下り、用心棒の仕事をするようになった暁天のもとに一通の文が届いた。

ただ一文、「山に帰ってこい」と書かれた文に従い山へ戻った暁天は、そこで一門の者が皆殺しに遭ったのを発見した。




「皆血まみれで手の施しようがなかった。辛うじて息があった者の話から、兄弟子がやったのだと知った」




「それでその腹の傷は、その時兄弟子に襲われてできたものか?」



話に口を挟んだ飛炎に暁天は首を横に振った。腹の傷はそのあと偶然街で弘景に会った時に、負ったものらしい。

彼にその時理由を問い詰めても答えてくれなかった、と。



「彼の剣には呪いがかかっていた。斬撃を受ければ体に呪いが入り込み、徐々に体を蝕んでいく。最終的には頭まで達し、発狂して死ぬ」




淡々とした口調で話す暁天に対して、飛炎は血の気が引いていくのを感じた。こうしている間にも彼の身体は、呪いに侵されているのではないか、と気が気ではなくなった。




「こんなところで油を売っている場合か?すぐにでも弘景を殺し、呪いを解く方法を探さないと!」



今にも外に飛び出そうとする飛炎を、暁天は引き留め口元に微かな笑みを浮かべた。少し困ったように眉を八の字に下げている。



「自分でも急がないといけないのは分かっている。でも.......弘景兄にはまだ会いたくない気がして、寄り道をしてしまう」



まるで言い訳をする子供のような表情だった。慕っていた相手を自分の手で殺めるのが怖いのだろうか。



「それに私はこれまでたくさんの人を傷つけてきた。こうやって呪いを受けたのも、これまでの報いなのかもしれない」




すっかり諦めたような暁天に対して、飛炎は一種の苛立ちを覚えた。こんなにもすぐに諦めるような男ではなかったはずだ。



「.......本当にそれでいいのか?」



薄っすらと怒気を滲ませた飛炎の声に、暁天は戸惑ったようだった。そのままぐいっと飛炎は距離を詰め、耳元で囁く。



「お前はそんな人間ではなかったはずだ。いつも.......暑苦しいほどの情熱で、たくさんの人に手を差し伸べていた。立ちはだかる障害が大きければ大きいほど、奮起していたのに。そんな風に弱気で────」




「もう疲れたんだ」





暁天が発した言葉はそれだけだった。こちらを見ずに席を立つと、彼は外に出て行ってしまった。



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