第三話 狙われる少女
「それでお前の愛しい兄弟子は、どこにいるんだ?」
「いつそんなことを私が言った?!とりあえず北を目指すぞ。私についてこい」
宿を出た二人はそのまま街道を北に向かって歩いていく。しばらく雨が降っていないせいで、道は埃っぽい。
道中一方的に飛炎が喋りながら進んでいっていたが、ある時急に暁天に口を塞がれた。
「しっ!……..誰かの悲鳴が聞こえる」
暁天は飛炎の腕を引っ張りながら走り出し、迷うことなく細い路地裏へと入っていった。
陽の光が差さない、薄暗くごみの臭いが漂うそこに数人の男と、一人の少女がいた。
男達は皆手に得物を持ち、今にも鋭い刃を可憐な少女に突き刺そうとしていた。
暁天は無言で男達に飛びかかり、あっという間に相手の得物を叩き落とし、急所に拳を叩き込んでいく。
舞を舞うような優雅な動きだが、彼が拳を振るうたびに悲鳴が上がり、男達が倒れていく。
ほんの一息の間で相手を制圧した暁天は、涼しい顔で怯える少女に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。本当に何とお礼を申し上げたらいいか……」
そう言った少女の瞳から、不意に涙が溢れた。よほど恐ろしかったのだろう、肩を震わせた泣く彼女を、暁天は不器用に慰めようとしている。
「とりあえず君のお付きの人たちを探そうか」
そちらの方が少女も安心するだろう。麗華と名乗ったその少女は、明らかに裕福な家柄の者であり、一人で出歩いているようには見えなかった。
髪はよく手入れされ、綺麗に結われてある。挿してある簪も纏っている衣も、一目で高直なものだと分かる。貴族というよりは商人の娘のようであった。
一旦大通りに出て、彼女の付き人らしき人を探していると、十三、四歳ほどの少女が何やら大騒ぎしているのが目に入ってきた。
「お嬢様が、お嬢様が!!どうしよう、万が一のことがあったら!」
大泣きしている少女の肩を飛炎が叩くと、彼女はびくりと肩を震わせ振り向いた。
「君の探してるお嬢さんは彼女か?」
麗華を見た瞬間、少女は余計に泣き出し彼女に抱きついた。
「お嬢様!本当に無事で何よりです」
鼻水を垂らしながら泣く少女と、彼女を慰める麗華の様子は主従というよりも、姉妹のようであった。
「それにしても真昼間から物騒な」
広場には麗華の護衛とおぼしき男達が倒れており、人々から手当されている。
「念の為家まで送ろうか?」
飛炎の提案に麗華はほっとしたような顔をした。やはりいきなり襲われ、攫われるのは怖かったのだろう。
「……..今回襲われたのが初めてか?」
暁天が麗華に尋ねれば、彼女は首を横に振った。何度目か、とさらに訊けば、これで三回目になるという。
「三回も?何か狙われる理由に心当たりがあるのか?」
もはや取り調べのように見えるが、暁天の正義感に火が付いたのか、次々と質問していく。
「お嬢様!絶対にあの人の仕業ですよ。だって彼女はお嬢様を────」
「花娘、もうやめなさい。憶測でものを話すのは良くないわ」
麗華に窘められた花娘は口を閉じたが、目で不満を訴えていた。
「まず君の家に戻ろう。ここではまた奴らが来るかもしれないから」
飛炎の提案に麗華は頷き、飛炎と暁天は二人を護衛しながら、屋敷へと連れ帰った。
「本当にありがとうございます!あなた方に助けてもらわねば、娘はどんな恐ろしい目にあっていたか……」
屋敷に着くなり豪奢な部屋に通され、椅子に座って待っていると、麗華の父、祐潘が入ってきた。
丁寧に礼をいい、暁天と飛炎を贅沢な菓子でもてなす。
「ここまで私たちをもてなしてくれるとは……。何か裏でもあるのか?」
単刀直入に尋ねる暁天を飛炎は肘で小突いたが、祐潘は鷹揚な笑みを浮かべて、口を開いた。
「娘の護衛をしてもらいたいのですよ。今回彼女につけた護衛は腕に自信のある者たちでした。しかしそれでも攫われてしまった。もう頼れる相手はお二人しかおりません」
どうかお力を貸してください、と頭を下げられ飛炎は暁天をそっと窺った。兄弟子に会いに行くことが遅れることを嫌がるかと思ったが。
「わかりました。お引き受けします」
拍子抜けするほどあっさりと了承した暁天は、早速動き始めた。
「まずこれまでの生活を変える必要はない。こちらが警戒していることが相手に伝われば、かえって動きにくくなる」
護衛の数を増やすことはせず、暁天が門を飛炎が屋内を警戒することになった。
「しかし相手が現れるのを待つと時間がかからないか?お前は兄弟子に会いに行く必要もあるだろう」
飛炎の言葉に暁天は若干得意げな表情でさらりと答えた。
「相手をおびき出せばいいんだ」
「それで.......私が物見遊山に出かけるということを周りに広めればいいんですね?」
「ああ、そうだ。実際には別のところに避難していてもらうことになるが」
麗華が近くの寺へ行く、という話が広まれば相手は食いつくはずだ。今回行く予定の清真寺という寺院は山の上にある為、騒ぎが起きたとしても内密に処理することが可能だ。
「私か飛炎のどちらかが麗華殿のふりをして輿に乗り、囮となる。それでどうだ?」
暁天の考えにはおおよそ賛成だが、とある疑問が浮かんできた飛炎は質問した。
「麗華殿と入れ替わる話についてだが、その際は女の恰好をした方がいいのでは?万が一男が輿に乗るところを見られたら、相手から不審がられ計画が破綻しるかもしれないだろう?」
「.......そこまでは考えていなかった」
そこでふと顔を上げた暁天は飛炎がにやにやと笑いながらこちらを見ていることに気が付き、眉を跳ね上げた。
「なんだ?言いたいことがあるのか?」
「.......まさか私が女の恰好することなどないだろうな?どう考えたってお前の方が似合ってい────」
最後まで言い終わらないうちに、麗華や祐潘がいることに構わず、暁天は飛炎の腹を力いっぱい殴りつけた。
「すまなかったって!分かったよ、お前がそんなに嫌がるなら俺がやる」
しばし問答した後、結局言い出した飛炎が女の格好をすることになった。
「寺にはいつ頃いくことにするか?」
「そうだな、話が広まることを考えると……二週間後がいいだろう」