夢霧神社にて 1
綾野に言われて、まだ着たままだった制服のまま、賽銭用に財布を持って僕も家を後にした。
「おいおいおい、ちょいと待て・・・先に行ってるんじゃなかったのか?」
「・・・・・よっと、、行くわよ」
綾野は玄関の前でしゃがんで待っていた。そして何もなかったかのように、トコトコ歩き出した。
もしや1人で行くのが怖かったのか?
だとしたらやっぱり相当可愛いやつだな、こいつ。
先を歩く綾野に追いつく。
「なぁ、もし夢霧神社で何か分かったとして、解決策があったとして、お前が見る夢の正体が明らかになっとして、果たしてそれが謂わゆるハッピーエンドになるとは限らないと思わないか?」
「・・・・・何を言ってるの?私はこの『嫌な夢』がさっさと居なくなってくれればそれでいいの。何?それともあんたは、私がこのまま苦しむべきだと?」
綾野はこちらを振り返らずに歩いている
「・・いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだよ。それにお前がそんなに苦しんでるとまでは思ってもいなかったから、確かに無神経だったな。謝るよ、ごめん」
「じゃぁ、何が言いたかったの?くどいわね」
綾野は立ち止まって僕の方を訝しげに見つめてきた。
「・・・・・だからな、つまり、少なくとも僕が見る夢に関しての話だが、その・・見れなくなるのも少し惜しいと思うんだ。」
不思議な夢。
変な夢、だからこそ何かあるのではないか?
「それは要するに、『あんたの夢』は、でしょ、私はニ度とだって見たくないのよ。」
うーん、どう言うべきか・・・・
「綾野はその夢が何か示してるように思えないか?こう、なんか暗示というかさ。だから僕は今現在『僕の夢』に関してはそういう解釈、つまり何かしらのメッセージとして受け止めているんだ」
「ふーん・・・・そうなんだ。やっと話してくれたわね、あんた」
「えっ、何が?」
「さっきからそうだったけど、神田は私が聞いたことしか答えなかったでしょ。私はあんたの夢含め、諸々考えたいんだから、そういうのもしっかり言ってよ」
「あ、うん、まぁそうだな・・・でも、また同じこと聞くけど、綾野はそんなにその夢が嫌なのか?いや、ほら、僕はお前の悩みを解決したくて協力してるんだ。だからさ、やるからには本気でっていうか、勿論綾野の気持ちは尊重するけど、その夢から逃げることだけが本当に正しい答えだと思うか?」
「・・・そんなの知らないよ、わかるわけないじゃん。だから今から手がかりを見つけに行くの。それに私はあの夢には辟易してるの、うんざりよ、もう御免なの」
「綾野がそれでいいなら」
まぁ、確かに本当の解決策だなんて僕には分からない。夢から逃げるべきか、向き合うべきか。
僕らには『しなければならない』は分からない、『するべき』が正解かも分からない。どれも不確かだ。
『そんなの知らないわよ』
全くその通りだ。でも、それでもハッピーエンドへの可能性を不確かながらも追い求めなければならない。
追い求めるべきなんだ。
そんなことを思いながら僕たちは夢霧神社がある林の手前まで来ていた。
*******
着いたはいいもののこれからどうするのだろうか。
とりあえず御参りか?
ここら辺は静かで平日となると誰もいない。
林に囲まれてて、きっとずっと昔からあったであろう鳥居が神社の入り口にある。
この神社は結構しっかりした作りで、僕たちが今いる入り口の鳥居つまり、一の鳥居は小さいながらも真紅に染められた威風堂々たる立ち振る舞いだ。
そこを通って少し長い参道を歩き、途中にある手水舎で綾野は立ち止まった。
これなんて言うんだっけ?
ちょうずや(ちょうずしゃでもOK)
と僕が答えると、綾野はまたすぐ歩き出した。
どうやら看板に『手水舎』としか書いておらず、読み方がわからなかったのだろう。
可愛いポイント発動だ。
そして見えてきたのが二の鳥居
一の鳥居よりかは少し大きめで、ここを通ると開けた境内に出る。
狛犬が両脇にいて社務所もある、奥にポツンと拝殿があり、またその奥には本殿があるようだ。
綾野とここに来るのは初めてだ。
だからだろうか、普段涼介と来る時よりも新鮮に感じる。
六月上旬、梅雨入り頃の湿った蒸し暑さをここでは感じられない。風鈴のチリンッといった音が似合うような静かさだ。
「で、どうしようか」
「とりあえず、拝殿で参拝するか。僕小銭持ってきたし」
「そうね。じゃぁ」
と言って、綾野は僕に手を差し出した。
「ん?なんだよ」
綾野は、ほれほれと言わんばかりに僕に手を差し出してくる。
・・・もしかしてこいつ小銭ないのか!!
「はい・・早く」
いつもの図々しさ発動!!
「・・・はい、、まぁこんぐらい別に返さなくてもいいからな」
「うん!知ってる」
「・・・・・・・・・・」
そんなこんなあったが、とりあえず参拝だ。
二拝、二拍手、二拝して手を合わせる。
えっと、なんで言えばいいんだ。
夢から覚めますように?
抽象的か?
・・・・あぁそうだ、綾野が、綾野朋絵、僕の幼馴染が、助かりますように。
どうやら僕の方が早く終わったらしい。綾野はまだ目を瞑って手を合わせていた。
可愛らしい横顔だ。
ちょっと待てよ、僕さっきから綾野に対して可愛らしいとか思ってばっかいないか?
いやいや、僕は舞香さん一途なんだ。この心に変わりはない。
綾野が目をあけた。
「なんてお願いしたんだ?」
「人にそう言うの訊くとかデリカシーなさすぎ、やっぱり神田はバカなんだね」
そう綾野は淡々と言って拝殿の方を背にして歩き出した。
少し酷すぎやしないか?可愛らしくない。
ガチャ
ドアが開いた音がした。ビクッとした。
すると、社務所の近くに人がいた。
巫女の姿をした女の人だった。
「あ!神田くん!」
「あ、翼さん、こんにちは」
「ん?知り合い?」
「ん、知り合いだよ、東雲翼さん。ここの管理してるたる人だよ」
すると翼さんは僕たちに近づいてきた。
「こんにちは、しののめ つばさ です。よろしくね」
「こんにちは、私は綾野朋絵って言います。神田とは同じ学校です」
「幼馴染です!」
と僕が割り込む
「幼馴染じゃないし・・・」
「じゃぁ2人は、・・」
「あ、いえ付き合ってないですよ」
おいおい、翼さんが言いきる前に断るなよ。
それに意外と心に来るんだからな、そういうの。
・・・と、言いたいところだが、僕は今、ある違和感に襲われている。
先程翼さんが社務所から出てきたが、その時翼さんがいたのは、社務所のドアがある側の壁ではなく、ドアのない壁の近くだった。つまりだ、あの音は翼さんが出てきた音じゃない。
僕が聞いたその音は、明らかに拝殿の方からしたのだ。