未知への挑戦、それは雨に晒されること
少し、 夢について考えてみよう。
夢とは、始まり、中盤、終わりといった構造を持っているときもあれば、ただ単に、いくつかのイメージの羅列、ということもある。
夢を見る原因にはいろんな説がある。日中のストレス軽減だとか、脳の活動の副産物、潜在意識の表れ、長期記憶の手助け、などなど、
人間からしたら、夢なんて宇宙と同じくらい謎でいっぱいだ。
でも、そういう、なんなのか分からない理不尽で不規則、無害か有害かも分からない。そんなものに立ち向かうことができる人を僕は、とてつもなく『尊敬』する。
だから僕もそういう『分からないもの』『果てしないもの』の真理を考えずにはいられない。
だがしかし、『果てしないもの』っていうのは、時々本当に、どうしようもないぐらい果てしない時がある。
どこかの誰かが、
「『止まない雨はない』よりその先にその傘をくれよ」
って言っていたが、まったくその通りだ。
いつか止むのだとしても、今がきついんだ。考えることから逃げ出したくなるんだ。
実際僕は『あの夢』を見てから、先の見えないことに絶望し考えるのをやめた。ずっと『傘』を持ち続けているんだ。今もずっと。
だけど、『果てしないもの』ってのは、なにかしらの形で、身の前に現れる。そしてその時、僕はまた傘を下ろす。雨の中に晒される。
今回はそれが、綾野との会話だった。
雨に晒される。湿った空間に自分を投げ出して、肩から腕へ、鼻から顎へ、雨水が伝う。髪が少しずつ濡れだす。それを一気に感じた僕の体は、つま先から、頭まで身震いする。それが、たまらなく気持ちよかった。
それは、見知らぬものへの挑戦の興奮と同じであった。
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綾野が言ってた
『もし私が嫌な夢を見るから助けてほしいと言ったら、笑うか?』
という質問。
綾野が普段頼らない僕に、助けてほしいと言ったってことは、相当な悩み事なのだろう
と、考えながら僕は教室に戻った。
みんな部活か、帰ったかで部屋に誰もいなかった、
柏原舞香を除いては。
目があった。ドキッとした。この前あんなに話したのに、このドキドキはなおらない。柏原さんは、僕を見るなり不思議そうに僕を見てきた。
「ねぇ、神田君、少しお話ししないかしら?」
柏原さんはそういうと、今座っている席の前の方を指差した。僕は指示に従い席に座った。内心バクバクだ。彼女と距離が近づくにつれそれは大きくなった。
「えっと、、話とは?」
本日2回目の質問。ただ相手は綾野ではなく、柏原さんだ。緊張感が全然違う。
「先ほど、社会科準備室の前を通ってね、そしたら、あなたと綾野さんが話していたから、つい立ち止まって見ていたの」
まぁ側から見たら変な光景だ。クラスの人気者と、変な噂持ちが、夕日の明かりしか無い薄暗い部屋で密会しているというのだから。不思議に思うのも無理はない、というか必然的だろう。
でも、ただそれがどうしたというのだ?
「神田君は綾野さんと仲がいいの?それともあれかしら、『カップル』なるものかしら」
柏原さんの語尾の『かしら』は、僕をおちょくっているようで、わざとのように聞こえた。
実際、柏原さんに対しては、語尾に『かしら』なんてつけるような女の子のイメージなんて更々なかった。
「えっと、いや仲がいいだけだよ」
「ほぅ、それはそれは。いつ頃から仲がいいのかしら?」
なんだ?なんでそんなこと聞いてくんだ?
やっぱり僕のことをおちょくっているようにしか思えない。
「いつからって、、、小学生の頃からの幼馴染だよ、
なんで柏原さんはそんなこと聞くんですか?」
「私、この前下の名前で呼ぶように言ったわよね?」
おっと、そうであった。
「あっそうだったね、、、、マイカさん?」
なんだか慣れない呼び方に、どのイントネーションが合っているのかよく分からなかった。
「私はね、神田君とこれから仲良くしていきたいの」
ほぅ?仲良く?
なんだかいきなりすぎてよく分からなかった。
ただでさえ学校中探しても、柏原さんと仲良くしている人なんて見たことがない。別に彼女に非があるわけではないが、関わりにくいのだろう。仕方ない、あのコミュ力お化けの涼介でさえ好んで話しかけないのだから。
「僕が、ですか?いきなりですね」
「困るの?別にいきなりでもないと思うけど、あれだけ話したのだし、仲良くなる手筈としては充分だと思うのだけれど」
「別に困らないけど、あれだけって、家の前のと、花壇の時のこと?」
「えぇ、特に花壇の方はそうね。神田君私に興味があるみたいだったし」
『興味』というのは、好きとかそういうのだろうか?
いや、流石にそれはないだろう。あれだけで、好きなことがバレていたら、なんというかもう、穴があったら入りたい。
「なんで、そう思ったんですか?」
「だって、シソの葉美味しかったかだなんて、私に興味なかったら聞かないでしょ」
今になって、あの時勢いで聞いてしまった質問が有り難く思えてきた。
「だからね、私仲良くなりたい。神田君と」
もう僕をおちょくっている様子はなく、本音のように聞こえた。
今まで仲良くしている人がいないように見えたのは、ただ周りの人が彼女と話すのを臆しているだけで、彼女自体はただあれだけの会話でも、仲良くなれたと感じるほど、ガードは固くないのだ。
「綾野さんのことを聞いたのも、あなたを知りたいだけ。あと、神田君私に対してまだ敬語混じりよね。それも今度からやめてもらっていい?」
距離の詰め方が異常だなとは思ったが、こういうのは人それぞれだ、彼女がそう言うのであれば、僕はそれに従おう。
「えっと、、、それじゃぁこれからよろしく、舞香さん」
「舞香だけでいいわ」
「いやでもそこは、なんか言いにくいというか、、」
「そう、んーなら舞香たん?舞香ぽん?」
「いや、そうはならないでしょ。ていうかそういうの知ってるんだね。」
「えぇまぁ。あだ名には少し憧れがあったから。」
「ん〜〜、じゃぁ、、、舞さんとか?」
「私あまり自分の名前が削られるのは好きじゃないわ、だからやっぱりか『舞香さん』で、よろしくね」
「あ、あぁはいよろしく、、」
舞香さんは微笑んでいた。とても嬉しそうだった。
そんなこんなで、ついつい浮かれて綾野の件を忘れていたが、昂る心を落ち着かせ、真剣に考えることにした。
よく分からないが、僕と綾野に関して関係していることで『夢』がある。どちらも、普通じゃない夢(少なくとも僕はそう)を見ている。もし、綾野も僕と同じような夢を見ているのなら、、、、、
夕日がまた少し落ちてきていた。朝ごろ降っていた雨は止み、綺麗な空が広がっている。