ただ二人で
三橋は解剖の方法を知らなかった。品田はイノシシの解体方法なら父親の作業を盗み見ていた(もちろん両親からは見ることを止められている)のである程度知識はあったが、やはり見るだけで技術は身についていないし、第一人間の死体に対しては全くの無知だった。
よって話し合いの末、浅井は学校裏の川に流されてしまった。
事のあらましはこうだ。
八月八日、浅井は三橋を学校に呼び出し、校舎裏にある川の中流上部まで誘い込み「俺は川を泳げるんだ」と岩に立ちながら言って見せた。三橋はもちろん止めたが浅井は話を聞かない。
「絶対無理だからやめたほうがいいですよ」
なおも三橋は強く愚行を否定する。浅井は『絶対』という言葉が気に入らなかったのか、その言葉を聞いた時点で飛び込みの決意は固く、そしてついに行動に移そうとした。
だがおそらく浅井にとって予想しない形でそれは達成された。
浅井は足を踏み外した。岩の上で飛び跳ねて自分の度胸を誇示していたことと、湿度が高かったことが災いしたのだろう。頭を強く岩に打ち付けてそのまま流されていった。
雨が降る日々のせいでいつも以上に水かさを増している川。驚きゆえの混乱、そして無慈悲に口に流れ込む水で空気を取り入れない肺。下がる体温。
浅井はめちゃくちゃに体を動かして生にしがみつこうとした。ただそれが裏目に出て、頭部の損傷はさらに激しくなっていく。
三橋は責任感で押しつぶされそうになりながら、坂の上下が激しく足元が不安定な草原を駆ける。
浅井に追いつけたのは川の下流上部だった。川岸の、比較的大きめな岩に引っかかっていた。
もちろん三橋は学校で習った人工呼吸法を試したが、実ることなく、命を紡ぐことには失敗してしまった。
後に三橋が家に来ないことを不審に思った品田が、河原で浅井を抱えながら放心状態にあった彼女を探し出した。それから二人は話し合い、浅井が川に飛び込んだ事件をもみ消すことにする。バレた時が怖いので、二人は一緒に逃げ出すことにした。なぜ浅井が川を泳げるところを見せようとしたのかは、本人にしか分からない。たぶん、三橋に惚れていたのだろう。
八月八日に起きたことはこれが全てだ。夏休みの真ん中に起きた、日本のどこでも起こりうる悲しい水難事故だ。
事故の後、二人はやはりまだ川の下流にいた。理由は単純、服や体に着いた汚れを落とすためだ。それと、死体を流してしまうためでもある。
小学六年生の男子の死体。周りと比較して少々ガタイのいいその身体は平均より若干重く、十一歳の少年少女は持ち上げるのに苦労した。結局、担ぐことは諦めて二人で足を引きずりながら川に沈めた。卵を机の上に置くように扱った。
その後三橋は一糸も纏っていなかった。血液が付着した体を水で洗い流すためだ。品田は川岸にある岩の上でただその様子を見つめている。
「こっち見ないで。恥ずかしいわ」
「ああ、ごめん。向こう向いてるよ」
品田は器用にも足だけを使って真後ろに方向転換した。目の前には校舎と川を阻む木々が広がっているだけだった。ただそれだけである。
当然品田は退屈に苛まれ、何をして燈夏を待とうか、と考えていた。
頭上に広がる無限にも思える青を見つめる。つまらないとすら思えるほど青くて、品田は身体が真っ赤な三橋のことを思うと、嫌悪まで覚えた。
嫌悪は無限に広がっていて、逃れることはできない。全貌を捉えようとしても、そんなことは不可能だ。でもきっと嫌悪達は自分らのことを正確に捉えている。背格好から皮膚の毛穴まで。全部見られていて、そう思うとひどく悔しい。けれど後悔はない。そう思う。でも、どうだろう。後悔がないのは当たり前かもしれない。後悔とは結果に依存して生まれる副産物だ。だからまだ結果にたどり着けていない僕には、後悔を感じる術はない。ただそれでも、やはり後悔はないな。なぜならこれから行われることに結果は生じないから。強いて結果を作り上げるとするならそれはたった一つだ。
僕と燈夏が同じ場所で、同じくらい歳をとって、同じような死に方を迎える。ただその一つの結果だ。この僕の考えを燈夏に伝えたら、なんて言ってくれるのだろう。どんな表情で、声色で、目で、僕を見つめるのだろう。
「蒼汰、もういいよ」
妄想に耽っていた品田は、はぁい、と間抜けな声を出して応対する。
「ところで蒼汰。あたし、服がないわ。正確にはあるんだけど、この格好じゃ帰れない。どうしよう」
あ、とまたもや腑抜けた声を出してしまう。
「そういえばそうじゃん!」さっきとは対照的に大きく目を見開いて叫ぶ。
うぅん、と二人は唸る。三橋はお互い同じ姿勢で首を捻っていることに気づき、くすりと笑った。
あたりには川のせせらぎだけが響いていた。
遅くなってごめんなさい。サボってました。
前回まで少し重めだったので、今回はクッションとして軽めの話にしました。また投稿再開するのでぜひ読んでやってください。