変えられないもの
『15:30』
品田は疲弊しきっていた。どの教室を覗いても、どのかくれんぼスポットを探しても三橋は見つからないからだ。額から流れる汗も止まらない。全身が湿っていて気持ち悪く、タンクトップさえも脱ぎ捨ててしまいたかった。
やがて、品田は別の場所を探すことを決意した。三階から一階の下駄箱まで向かう。二階の窓からグラウンドを眺めて、品田はハッとした。
......グラウンド、探してない。
最後の望みはグラウンド、それも準備倉庫の中である。これに気づいた品田は、途中足を踏み外しながらも階段を駆け下りた。そうして下駄箱の前まで来て、また一つ失態を犯していることに気づく。靴下も上のシャツも脱いでいるのだ。誰も見やしないが、なんとなく着た方が良い気がした品田は、トイレに置かれている服目がけて再度足を進めた。
下駄箱とトイレの短い廊下を歩きながら考える。
もし、グラウンドを探してもいなかったらどうすれば良いのだろう。
もし、学校以外の場所を探すにしてもどこに行けば良いのだろう。
そもそも燈夏は本当に忘れ物をしたんだろうか。あの注意深い燈夏が。
もしかして、僕の家に遊びに来たくないからてきとうな所をブラブラほっつき歩いているんじゃないか。
そうやって暗い気持ちに囲まれて思考するうち、ついに品田の足は止まってしまった。もう一つの角を曲がるだけですぐ目的の服までたどり着けるというのに、壁に体を預けてしまう。
そのまま背中はズルズルと壁に沿って落ちていき、最後には床に座り込んだ。
体育座りの姿勢になって、膝の中に顔を埋める。その瞬間、品田からは涙が溢れた。
暑さで冷静な考えができないこと、いくら探しても見つけられなくて不甲斐ないこと、そして三橋から嫌われているという被害妄想の結果だ。
声を殺して品田は泣く。
「ごめん。とうか、ごめん」
ひたすらに、ごめん、を繰り返す。
「でもさ、おばさんも悪いよ。なんで僕だけで探さなくちゃいけないんだ。お母さんだって、協力してくれたらいいのに」
今度は人にあたった。でも、自分が勝手に飛び出して、勝手に探していることを思い出して、孤独感でまた泣いた。
「僕って、だめだな。燈夏がいないと何もできないや」
そう口にして、しばらく黙った。
五分ほどすすり泣いただろうか。大量の涙を流して落ち着き、兎にも角にも行動しなければ変われない、と考えを改めて品田は動き出した。
......まずは熱中症対策だ。水、飲まなくちゃ。
そこで学校に来た時と同様に、品田は強く蛇口を捻った。水飲み場から溢れそうになる水を顔で受け止めて、一瞬感じた冷たさで心臓がキュッと強く掴まれた感覚に陥る。呼吸ができない。怖い。
一旦離れて、男子トイレの方を向いた。最初に見た何か動くモノの存在もとっくに忘れていた。
「先にトイレしよう」
そうして小便器まで向かう。水飲み場とトイレを分断する一つの角を乗り越えようとする。
5つ便器と4つの個室に挟まれた先の、奥の壁を見る。
そこには少女がいた。
ボブ気味に伸びた髪が俯いた顔を覆い隠している。おしゃれに無頓着な品田でも分かる可愛らしい白のワンピースは、赤黒く汚れていた。まるで、蛇口を強く捻って、噴射した液体が全て洋服にかかったかのような、そんな汚れ方だった。
「......」
品田は衝撃のあまり、声の出し方さえ忘れた。
少女が男子トイレにいるからではない。ましてや、服に付着した赤のせいでもない。
その少女こそが、三橋燈夏だったからだ。