初恋の人
茹だるような暑い夏の日のこと、品田蒼汰は自室の扇風機の前で寝転がっていた。いつも母親には首振り設定にしなさいと言われるがそんなこと気にしない。品田は扇風機の首を全力で真下に下ろし、自分だけに風が当たるようにする。湿度八十六パーセントの空気を振り払うために風速は最大にしてある。少々年季の入った八畳の子供部屋は一切の日光を遮断され、品田の喘ぎ声だけが、反射もせずにその場に留まった。木製の学習机の上には小学校の課題と絵日記、それに自由研究である朝顔の成長記録が散乱していた。
「あー、はやく燈夏来ないかな」
畳に俯せて品田はつぶやく。稲藁の匂いがした。
階段を上る音がする。タン、タン、タン。老体の家を気遣うように優しく木を踏みしめている。母ちゃんが部屋に来そうだ、と品田は思った。
案の定、品田の母はノックもなしに部屋のドアを押し開けた。
「ちょっとあんた、二時から燈夏ちゃん来るんでしょ。机の上綺麗にしなさいよ」その場で腕を組んで言う。品田は黙ってそれを聞く。「しかもゴミ箱けっこう溜まってるじゃない! お母さん、いつも言ってるでしょ。ゴミ箱が八割まで溜まったら言いなさいって......それに扇風機首振りにしてないじゃない。そんなんじゃいつまで経っても部屋の湿度下がらないわよ。もう......ゴミは今お母さんが回収するから、燈夏ちゃんが来ても大丈夫なようにしなさいね」
母は言いたいことだけ言った後にゴミをポリ袋ごと持って部屋を出て行った。
品田はいつもの母の鬱陶しさと室温の高さに挟まれて深いため息をついた。二時、と言葉をこぼして机上のデジタル時計を確認する。
『13:52』
「げえ」
数字を見て品田の顔は驚愕と焦りに染まる。もっと早く来てよ母ちゃん、と品田は思った。しかし同時に燈夏なら許してくれるか、とも考えた。別段何をするでもなく、品田は再度床に寝転ぶ。三橋が部屋に来てその後何をするのか、妄想が止まらなかった。
そうして、いつの間にかデジタル時計の表示は『14:00』になった。