3-14 還命剣
『殺してくれ』『もう戦争には行きたくない』『どうしてあの娘の言いなりに』『また痛い思いをするのは嫌だ』『のどが渇いた、腹が減ったのに』『もう誰からも恨まれたくない』『気に食わん。どうして生きているんだ』
何もない真っ白な空間には、誰か大勢の声が木霊していた。
横になったレベッカは、故郷の村で言われたような言葉を、ただ聞いていた。
色々と話を聞いてみたかったが、レベッカはもう死んでいる。声を出して誰かと話せるわけではなかった。
レベッカは確かに心臓を貫かれて、死んだ。
死霊術師としての確実な、『死』の自覚があった。
その折に、村で聞いた死者たちの嘆きと同じような言葉を聞かされているのは、罰なのだとレベッカは思った。
この声を一人、何もない真っ白な空間で受け入れていくのが自分に下された、罰。
「おっ、レベッカ殿。マーガレットにやられてしもうたか。思ったよりあっけなかったの。貴殿が手を抜いたのが敗因か?」
何故か、死後の世界と思われる場所にはジナーフがいた。
手を抜いた。そういう風に言われればそうだ。マーガレットの力量で本気の空気弾を受ければ死んでしまうと思って威力を加減した。確かに本気で撃っていれば、マーガレットの空気弾に相殺されることなく、彼女に命中していただろう。
別に言い訳をジナーフにするつもりはないので、伝えはしないけども。
(こ、ここは、死者の国、じゃ、ないのですか?)
レベッカはここを死者の国だと断定して、話す方法を意志を直接伝えるやり方へと切り替えた。
「この空間での会話の仕方も分かっておるの。ここはワシが作った特別な空間。死したレベッカ殿の魂を導いた」
ジナーフは横たわっているレベッカに向けて手を伸ばした。そして、その手を握り立ち上がる。勝手に動けないと思っていたが、どうやらこの空間では動けるらしい。
レベッカは辺りを探索しながら、ジナーフに気になっていることを聞いた。
(じ、ジナーフさんが作った、特別な空間で、どうして、色々な声が木霊している、のでしょうか?)
「簡単なことじゃ。ここには、レベッカ殿以外の魂もおるからの。今ここには、マーガレットが呼び起こした魔王軍兵士たち全員の魂の分魂がいる。奴らが思っていることがここでは垂れ流しになっておるのだ」
だから故郷のポメニ村の皆が言っていたような声が聞こえているんだ。
納得した半面、やはりマーガレットがやっていることがどうしようもなく、自分と同じ間違いをしているように思えてならない。
「非常に申し訳ないのだが、レベッカ殿には敢えてここに来てもらった。マーガレットの人間砲弾を回避できなかったのは、ワシが貴殿の魔力に干渉したからだ」
レベッカは彼が何を言っているのか分からなかった。
だって、それは、ジナーフが、魔王が、自分を殺したと同義で――。
だが、ジナーフはレベッカの思いなど関係なく、話を続けていく。
ただ彼の表情は適当でも何でもなく、真剣そのものではあった。
「レベッカ殿をここに連れて来たのは理由がある。ワシはどうしても、貴殿に謝りたかったのだ」
またまた意味の分からない発言が飛び出す。
もうとにかく聞くしかないと思い、ジナーフの声に耳を傾けた。
「取り乱さずに話を聞いてくれて助かる。勝手ながら、旅の移動中にレベッカ殿の記憶を読ませてもらった。我が軍がポメニ村で行った虐殺、それによって貴殿が受けた大きな心の傷。それをどうしても、償いたいと思い、ここへ呼んだのだ」
そう思ってくれるのは勝手だが、今一、自分を殺す必要性を感じない。
ただ、ジナーフの態度から、自分を貶めようとしている気配は微塵もなかった。
(あ、あの、そろそろ、わたしを殺してまで、ここに連れて来た理由を、教えていただけませんか?)
「うむ。これだ」
ジナーフが虚空から何かを引き抜いた。
それは見たことのない剣だった。漆黒の刃……いや、何重も呪いが重なっているせいで真っ黒にしか見えないのだ。あまりにも異様過ぎて、見ていると気持ち悪くなってくる。
(こ、これは、魔剣、ですよね……?)
以前に戦ったコメットが持っていた魔剣とは比べ物にならないだろうが、それと似たような雰囲気がその剣にはあった。
「そうじゃ。魔王城の裏宝物庫――当代の魔王しか入れない異次元空間に置いてあった魔剣だの。そして、これをレベッカ殿に渡すために一度死んでもらった」
ジナーフはまた虚空に剣を戻した。
どうやら、所有者に憑依するタイプの魔剣らしい。
彼はその魔剣をレベッカに手渡した。
手に乗ったそれに重さというものをほとんど感じなかった。顕現していない間は強い存在感を感じない。本当に不思議な魔剣だった。
「抜いてみい」
言われた通りに魔剣を鞘から抜き放つ。
すると漆黒だった刀身がレベッカの魔力を受けて、眩く橙色に光った。真っ白な部屋が優しい色で埋め尽くされる。
「おっ、成功だの。これで、その剣の所有者は貴殿になった……そして、これをレベッカ殿に手渡すことをワシの贖罪だと思ったのだ」
満足そうにジナーフは頷いていた。
確かに彼に言うように手に、というか体に馴染む。この剣が自分の身体の一部になっているような気すらする。
だけど、それにしても。
(ど、どうして、わたしは死ななければ、ならなかったのでしょうか?)
何か凄そうな剣を渡すことが贖罪足り得るのか、という話もあるが、どうして、この空間で渡されなければいけなかったのか、それが何一つ分からなかった。
「その剣。還命剣を鞘から抜ける者には条件がある――それは、一度死した経験がある者。だから、一度レベッカ殿には死んでもらった」
申し訳ない、と謝るジナーフ。
しかし、剣を抜けた時点で彼の緊張が抜けているのをレベッカは察していた。
(ど、どうして、そこまで、したんです?)
「この還命剣が貴殿の役に立つと思ったからだの。その剣の能力は、斬った者の魂を強制的にあの世へと送る。絶対的な死を与えられる剣だ」
その言葉を聞いた途端にレベッカは全てが繋がった気がした。
ジナーフは自分の記憶を見たと言っていた。
彼はレベッカの願いを、贖罪を助けるためにこれを渡したかったのだ。
つまり――。
「か、還命剣を使えば村の人達を、死者の国へと、きちんと送れる……?」




