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1-2 レベッカの死霊術

 ヒューゴは鞄の中から一通の小包を取り出した。


「それは……国から届いたもの、ですか?」


「そうです。よくお気づきで」


 封蝋には国から発行された書類であることを示す印璽が押されていた。

 レベッカが葬儀屋を開業する際には、役所と書類で手続きをしたので、見覚えがあったのだ。


 ヒューゴはその中に入っていた手紙をレベッカに見えるように、机の上に置いた。


「……息子さんの死亡通知書ですね」


 その名前にはヒューゴの息子の名前と死因が書いてあった。


 正騎士アル・ピオネー。享年19歳。

 プレリー・ソバージュにて魔王七護番が率いる軍との戦闘で戦死を遂げる。


 他にも色々と書いてあったが、レベッカにとって重要な情報は以上の部分だ。


「む、息子さん――アルさんは、騎士団員でしたか」


「去年やっと、正騎士になれたところだったんです……」


「……お若いのに、やっと、ですか?」


 騎士団に正式に入団するには、15歳から三年以上の訓練を受ける必要があると法に明記されている。あくまで、これは最低限が三年であって、多くの者は正式入団にはもっと時間がかかることが多い。

 

 レベッカの認識ではそうだったので、アルが18歳で入団できたことに『やっと』と言われたので、思わず聞き返してしまったのだ。


「確かに。世間一般で見ればアルが騎士団に正式入団した歳は若い方ですね。でも、アルは幼いころからずっと騎士に憧れていたもので……」


 レベッカは、アルが子どもの頃から騎士を目指してちゃんとした訓練をしてきたということだと思った。

 いくら才能があろうとも、独学で剣を振っているだけで入団試験が突破できるわけがないので、自分のように力のある師匠に鍛えてもらったのだろう。


「そ、そうですか……。それだけ頑張って来た、息子さんが、せ、正式入団できた年に戦死してしまった。と、いうことですね」


「……はい」


 王都から離れた魔族との国境地帯であるプレリー・ソバージュという、遠き戦地で何か月も会えないうちに死んでしまった息子。

 その悲しみに耐えられない母親、というふうなのかと、レベッカは考えた。


 息子であるアルが頑張ってきたことを、誰よりも近くで見てきた母親にとっては、言葉にし難いほど辛いものがあるのだろう。


 案件の概要自体はおおよそ分かった。


 しかし、レベッカにはまだ聞くこと、説明しなければならないことがあった。


「も、もう一つ、お聞きしたいのですが……ご遺体は、どこで眠られていますか?」


 その問いにヒューゴは一瞬だけ言い淀んだ。


「……指しか帰って来ませんでした。なので、遺体となると」


「……指だけ、ですか」


 レベッカは、ちょっとまずいなと思った。何故なら、遺体というのは死霊術を扱うにあたって、必要なものであるからだ。


「……ゆ、指だけだと、アルさんとの再会は、難しいかもしれません」


「な、なぜですか! やっぱりでたらめなんですか!」


 ここまで、冷静に息子や妻のことを語っていたヒューゴが、レベッカと出会って初めて大きな声をあげた。


「お、落ち着いて、聞いてください。死霊術、を使うには一定以上の、故人の遺伝情報が必要なんです。で、でたらめでは、ないので、それを実践します」


 ヒューゴからきちんとした信頼を勝ち取らなければいけない。レベッカはその必要性を感じていた。


「り、リアム君。外に置いてある、肉、取って来て」


 やはり気配もなく現れるリアムにヒューゴはぎょっとしていた。

 間もなくリアムは取って来た、先ほどまで燻製にしようとしていた肉を机の上に置いた。


「これからこの肉を使って、元になった豚を、死者の国から、呼び戻します」


 せっかく塩漬けまでしたのに……。

 レベッカは燻製にして食べようと思って豚肉を使うことに若干の後悔を覚えた。


 それでも、依頼者様であるヒューゴから信頼を勝ち取るため、致し方ない。


 レベッカは塩漬け豚肉に触れる。

 

「わ、わたしの魔力と死者の国にいる、この豚さんの、た、たましいを繋ぎます」


 見ているものからすれば、よく分からないものだ。

 ヒューゴからは、少女が豚肉に触っているようにしか見えなかった。


「では、この豚さんとの、け、契約を行います」


「……契約ですか? 勝手なイメージですが、死霊術師は死者の魂を隷属させる存在だと思っていたので」


 そこまで知っているのはレベッカにとっては意外だった。

 ヒューゴは行商人だからだろうか、どこでその知識を聞き得たのだろう。


「お、お詳しいですね! その認識で間違っていません。だけど、わ、わたしは……契約と呼びたいのです。こ、今回は動物さんなので、意志の疎通はできませんが」


 ヒューゴはそう言ったレベッカが豚肉から手を離したのを見ていた。

 すると、いつの間にかリアムと呼ばれていた少年が隣に立っていたことに気づいて、彼はびっくりしていた。


「ピオネー様、驚くのはいいけど、目を離さない方がいいよ。ここからが、王国史上最高の死霊術師が見せる、本物の技術だから」


 ただの豚バラブロックでしかなかった肉塊が、宙に浮き始めた。そしてどこからともなく、生物の脈動を感じさせる赤々しい臓器が生え、骨格が発達し、それを覆うようにまた肉が生まれていき、最後にはその血肉を皮が覆った。


 ヒューゴはあまりの光景に、思わず言葉を失っていた。


「こ、これが人間の方だったら、こうやってこの世界に蘇らせる前に、その方と話し合って、年齢、姿、形、契約期間を決めることもできるのですが……」


 ヒューゴの耳にはレベッカの言葉は届いていない。

 ようやく目の前で起きたことが脳内で処理できたこと示すように、ボソッと誰にも聞こえない声で呟いた。


 ――神の御業だ、と。


「ピ、ピオネー様、これでご納得、い、いただけましたか?」


「あ、ああ、はい! 充分過ぎます!」


「そ、それならよかったです。それで、息子さんの指はどちらに……」


 ヒューゴはその言葉を申し訳なそうに受け止めていた。

 そしてレベッカに向かって頭を下げた。


「……実は妻がずっと肌身離さず持っているんです。それを渡すように、説得しに行ってくれませんか」



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