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3-11 父と娘

 魔王城下都市ジネレウス。

 王都比べて引けを取らないような大きさで、アッシェ領ヴェルプランで見たときと同じようなカラフルな建物が並んでいるのは上空からでも確認できた。一番目立つのは天を穿つような高さの魔王城なのだが。

 

 レベッカは黒龍に乗りながら、都市を眺めていた。


 魔王ジナーフの娘、マーガレットはここにいると聞いていた。

 魔王本人から案内されてこの都市に来た人間なんて、自分が初めてかもしれないなと城を眺めていたのだが。


「レベッカ! 下見ろ!」


 見ると街中が魔族で覆いつくされていた。だが、遠目でも分かるほど住民の様子がおかしいのだ。全員が突っ立っているだけという異様さがあった。

 レベッカは遠くの様子を、近くの空中に投影する魔法を使い眼下の魔族の様子を見てみることに。


「リアム君、あの格好って……」


「ああ、間違いなく当時の魔王軍の装備だな。それにあいつら、肌の色合いが相当悪い。全員、蘇った連中だな」


 やはり魔王の娘であるマーガレットは魔族領の統一を進めようとしている。

 そのために、これだけの数の魔族を死霊術で蘇らせたのだ。


「ワハハ! 流石ワシの娘。これだけの数の兵隊を集めるとは、やるわい」


「わ、笑ってる場合じゃないです!」


 この魔王、適当過ぎる。

 このままでは魔族領内で大きな戦いが起こってもおかしくないのに、どうして笑っていられるのか。


 気のいい人ではあるんだけど……。


「お! レベッカ殿、下にいる兵士共が対空攻撃の準備をしておるぞ」


「わ、分かってます!」


 自分を信頼してくれているのかなんなのかは分からないが、ジナーフは余裕そうな表情をしていた。


 レベッカは防御魔法を展開して、攻撃を受け流しながら、魔王城へと黒龍ごと突入する。崩れた建築資材で怪我をしないように注意しながら、城の中へと降り立った。


 城内を見るとところどころ壊れている部分はあるが、清掃は行き届いている。


「魔王城の中も蘇った兵士たちでいっぱいだと思ったが、そうじゃないんだな」


「そ、それどころか、灯りが、わたしたちを誘導してるみたい」


 廊下につるされたランプが右側しか点灯していない。廊下の先の三叉路はもっと露骨で、右側しか明るくない。


「うむ。行くしかあるまいな」


 そうして魔王城の中を誘導されるがままに歩いていく。

 以前に行った貴族の館とは違って、全くと言っていいほど華美さがない。インテリアの類は置かれておらず、とにかく道を広くして歩きやすくしている。


 だが、魔王城の中には特異なものがあった。


「そ、そこ、罠、あります。踏まない、ようにしましょう」


「流石レベッカ殿! ワシが指摘せずとも気づくとは」


 ワイヤー式のトラップや加圧式のトラップ、置き型の魔法陣など、侵入者を迎え撃つための罠が沢山あった。こんなところに侵入できる人に果たして効果があるのかは分からないので、何のために仕掛けられているのかレベッカには分からなかった。


 そんな罠を避けていくと、玉座の間らしき場所へと辿り着く。

 廊下より暗めだが、ここが広い空間なのは間違いなかった。


 ある程度まで部屋の中を進んで行くと、いきなり灯りがついた。


 暗くて分かりづらかった玉座には一人の少女が座っていた。

 歳の頃はレベッカと同年代と思われる彼女は、魔族らしい漆黒の角に、純白の髪が相反して備わっている。レベッカよりも身長がかなり高く、肉付きもある。

 玉座に座っているのが様になっており、薔薇のような色をした瞳がレベッカを睨みつけていた。


「よく来たな。人間よ。ようこそ我が城へ」


 レベッカは彼女の言葉に既視感を感じた。

 アリアと旅をしていた時に、どこの村でも吟遊詩人が同じことを言っていた。


 つまり、知られている魔王として非常に一般的な台詞だと思われる。


「それで、何をしにここまで来た?」


「は、話し合いに、来ました。こちらの方について」


 レベッカはジナーフに視線を向けた。

 だが、てっきり隣にいると思ったジナーフは何故かそこにいなかった。


 魔力探知が効かない相手だから姿を隠されると効果的に探す方法がない。

 しかし、急に玉座の後ろに影が見えた。その影が魔王の娘、マーガレットへと後ろから囁くのだ。


「マーガレット。久しぶりだの」


 その声で背後にジナーフがいると気づいたマーガレットは勢いよく立ち上がって顔を赤らめていた。


「パ、パパ!? い、いったいいつから帰って来てたの!? もしかして、ワタシが魔王っぽく喋るのを聞いてたり……」


「うむ。聞いたの」


「パ、パパに聞いて欲しくなかった……は、恥ずかしい」


 さっきまでの魔王の娘らしい不遜な態度とは違ったものをレベッカは見せられた。


 彼女は、父親のことを『パパ』と呼ぶし、あんまり親に見られたくない姿を見られて恥ずかしがるという子どもっぽい少女でしかなかった。


「でも、一回ワタシの前から姿を消したくせに、一体何の用なの?」


「まあ、そうカッカするでない。可愛い顔が台無しだの」


「怒りもするよ! だって、パパのために色々準備してたのに……」


 怒る娘とそれを宥める父親。

 仲が良いんだなってことは自然と伝わって来る。それだけの信頼関係が、二人の距離感、話し方には表れていた。


「も、盛り上がっているところ、申し訳ありません。本題のほうに、移らせていただきたいのですが……」


 レベッカは恐る恐ると言ったように声を上げた。


 こっちのことなんて忘れていたようにジナーフと話していたマーガレットが、こちらを向いてくれた。


「そういえば、あんた誰なのよ? 人間のくせにパパの部下?」


「部下ではないです。わ、わたしは、死霊術師の、レベッカ・ランプリールと、申します」


「ワタシはマーガレット。パパの……じゃなかった、魔王の娘よ」


 マーガレットは近づいて来て、レベッカに手を伸ばした。

 レベッカはその手を受け取って、互いに握手を交わした。


「あ、ありがとうございます。そ、それで早速なのですが……、マーガレットさんはどうして、ジナーフさんを蘇らせたのでしょうか?」

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