3-3 幸せな毎日
ジナーフはまた明日来ると言ってどこかに消えていった。
「そういえば、お昼、食べ損じてたな。どれ食う?」
リアムは袋からいくつかのパンを取り出した。
そうだった、リアムが折角パンを買って来たのに、ジナーフが来たからお昼を食べ損ねていた。
「じゃ、じゃあこの甘そうなのを」
「ふっ、やっぱりか。じゃあオレはこのベーコンのを」
ちょっとだけ風が入って来るエクイノの店内で二人はパンを食べた。
いつも変わらない食事の風景。
けど、レベッカの心中はどうしても穏やかではいられなかった。
一方で、何一つ表情を変えずにパンを食べているリアム。
その様子にレベッカは耐えられなくなってしまった。
「り、リアム君はさ、あの魔王……ジナーフさんのこと、どう思ってる?」
「……最初、魔王だって聞いた時は驚いたよ。でも、それだけだ」
それだけ。
レベッカとは違い完全な被害者のリアムから出てきた感情が『驚いた』だけ。
「そ、それで、良いの?」
「良いのって……そりゃ良くないかもしれないけど、俺の役目は決まっているんだ。だから、それ以外のことは割とどうでも良い」
リアムはあの時の言葉をずっと胸に、ずっとそのままで在ろうとしている。
「いつもありがとうね。リアム君」
「お安いごようだよ」
リアムの意思を貫徹している姿にレベッカは依頼を受けることを決めた。
その日の夜、レベッカは眠ることが出来なかった。
意見は決まったレベッカだったが、意志はまだ固まっていない。
レベッカは意思を固めるためにも、過去を思い出すことを決めた。
◆ ◆ ◆
十年前。
まだレベッカの年齢は二桁にも達していなかった。
その頃は、故郷、ポメニ村に父母とレベッカの三人で暮らしていた。
とは言ったものの、村の皆も実質的に家族のようなもので、共同生活を営んでいた。リアムも村民で唯一の同い年の子供だった。
この村の主な収入源は果樹栽培。
広大な土地を村人総出で管理している。だから村は仲良しだった。
「お父さん、リンゴ間引いて来たよ」
「ああ、ありがとう。って、どうやってレベッカの身長で摘果なんて出来たんだ?」
「リアム君に手伝ってもらった! わたしが台にのって、リアム君が台をおさえててくれたの」
レベッカは無邪気に言ったが、父は呆れていた。
その顔色に、褒められると思っていたレベッカはショックを受けた。
「レベッカ、やってくれるのはありがたいんだけどな、いつも危険なことは止めなさいと言っているだろう」
「でも……ふんっ、お父さんのハゲ!」
褒めて欲しかったのに、注意を受けたのでレベッカは鼻を曲げた。
ハゲと言われてちょっとだけ悲しそうにしている父を置いて、レベッカはリンゴ畑の中へと走っていった。
「おーい! あんまり遠くに行くなよ!」
「べーっ! リアム君のとこに行ってくるだけだもん!」
そんな父親とのやり取りを交わして、他の場所で遊んでいるリアムの元へとレベッカは走っていった。
「リアム君! お父さんがね、褒めてくれなかったの」
「え、なんで? 折角重たいお前を肩車したのに……」
「レディに重いとか言わないで!」
折角リアムの元で機嫌を直そうとしたのに、彼からも『重い』とか言われて気分は最悪だ。だからちょっと軽く殴ってしまった。
「痛った! そんなに怒るなよ……悪かったって!」
「謝るならいいけど――それで、今は何をしてたの?」
「……あそこ」
リアムがリンゴの樹上を指差す。
そこには一匹のリスがいた。
「あのリスを捕まえるってこと?」
「そういうこと」
「でも、リスなんてすばっしこいのをどうやって?」
しかも樹の上にいるリスなんて、登っていったら気づかれてしまうに決まっている。捕まえることなんてできるのだろうか。
「そこで、レベッカに頑張ってもらおうって思ってたんだ」
リアムは前だけを見つめて凛々しい表情をしていた。
こういうときの彼に従えば失敗することはない、と幼いながらにレベッカは分かっていた。
レベッカはこの顔をしているリアムが好きだった。
自分と同い年なのに引っ張ってくれる彼のことに憧れているまであった。
当時の自分はそこまで認識できていた。
「まずは音を立てないように近づくだろ、そしたら今作ったこれで、リスを撃つ」
リアムが何か手渡して来た。
それはリンゴを出荷するときの緩衝材として使っていたゴムの切れ端で作られたもの。どうやら、ゴムの伸縮性を活かした装置のようだ。
「撃つのはレベッカがやって。オレはびっくりして落ちてきたリスを手で摑まえる」
「引っかかれたりしない、大丈夫?」
「そのくらい平気だって、じゃ、作戦開始!」
そろーっと木の上でリンゴを食べているリスに音を立てないように近づいていき、ゴムで作った装置の有効射程範囲に入る。そのことを示すように、リアム君が指でポーズをしてきた。
そして、リアムが所定の場所につき、レベッカにハンドサインを送る。
レベッカは装置に嵌めた石を射出する。
まっすぐに飛んで行った石は、リスに命中する。
そして、落ちてきたリスを走ってリアムがキャッチ。
「痛った! でも、捕まえた!」
そして、リアムはそのままリスを絞めた。
「大丈夫!? リアム君?」
「やっぱり引っかかれちゃった」
「今から治すね!」
レベッカは治癒魔法を発動させてリアムの傷を一瞬で治した。
誰に習わずともこの頃からレベッカは簡単な魔法を使えていた。
「ありがとう……でも、魔法を使ってよかったの? おじさんおばさんには家族以外に見せるなって言われてるんでしょ?」
「でも、リアム君の怪我を放っておきたくないし……それに、そもそもわたしが魔法使えることなんて知ってるんだから意味ないじゃん!」
村人は大体レベッカが魔法を使えることを知っていたが、皆で秘密にしていた。
後から考えると、わたしの異常な魔力量を誰かに目をつけられないようにしてくれたんだと思う。
そんな風に一番好きな同い年の友だちリアムと一緒に遊びながら、村人たちの加護の中で平穏に毎日を過ごしていた。
しかし、その日常がいきなり壊れる。
魔王軍がこの村に侵攻して来たのだ。




