1-1 新たな依頼
葬儀屋を営むレベッカ・ランプリールは昨日、久々に師匠に会ったことで、彼女と過ごした旅の日々を思い出していた。
師匠――アリア・コンイールは放浪の医者。そして、『師匠』と呼ばされているのは、彼女もまた死霊術師だからだ。ネクロマンシーの知識や魔力の使い方などは彼女から教わった。
しかし、師匠の死霊術というのは、レベッカのものとは異なっている。あの人は、わたしのことを『史上最高』とか言うけど、師匠の力も唯一無二だ。
師匠の死霊術は、肉体から離れかけた魂を引き留めることができるもの。その力で死にかけの人に時間に与えることで、何とか治療できないかを試みるのだ。
だから師匠は医者であり、ルネ・ラヴィルちゃんの様子を見ていた。
ルネは馬に轢かれて酷い状態だったが、それを綺麗な状態になるまで何とか治療したのが師匠だった。しかし、脳まではどうしよもなく、ルネは死んでしまった。
話は変わるが、その師匠が好きだったのが燻製肉だ。
師匠と旅をしている時はどうしても保存がきくものだったり、荷物になりにくいものを選ぶのは当然の話ではあるが、師匠はそういう実利的な考え方以外でも燻製肉が大好きだった。
レベッカのイメージとしては師匠=燻製肉みたいなところがある。
旅を始めた当初は、『しょっぱい!』と思っていたが、食べるうちに段々と慣れてきてしまって、終いには――。
レベッカは部屋に置いてあった氷式冷蔵庫から、塩で漬け込んであった豚バラ肉を取り出した。
豚バラ肉から浸透圧で染み出た水を拭きとり、葬儀社エクイノの裏庭に置いている燻製機にセットした。
ちりんちりん。
燻製材に点火しようと手をかざした時に、店のベルが鳴った。
趣味を邪魔されて、ちょっとだけ残念な気分になりながら、応対をするために黒いローブを羽織って店先へと向かう。
「いらっしゃいませ」
店のベルを鳴らしたのは壮年の男性だった。年齢の割に肉体はがっちりしていて、お仕事で身体を動かすことが多いのかな、とレベッカは思った。
「あの、ここが葬儀社エクイノで合ってますか!?」
男性はかなり必死の形相であった。
そういう聞き方をするということは、エクイノのことを知って来ているということになるだろう。
つまり、葬儀社エクイノでしか、できないことを求めている……はず。
「そ、そうですけど……何か、ご、ご用があるんですよね? どうぞ、中へお入りください」
店内に大きく陣取っている六人掛けの机に座ってもらった。
すると、リアム君がお茶を運んできた。
男性は急に気配もなく現れたリアム君に、ぎょっとしていた。
「話に入る前に一つ確認をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
男性が出されたお茶には触れずに切り出した。
やはり、何か切羽詰まっているようだ。
「は、はい」
「ここでは死者と再会することができると聞きました。それは本当なのですか?」
「――ほ、本当です。信じられない、と言うのなら後で実践してみましょう」
男性の方が疑いの目で見つめてくるので、レベッカはそれに負けないくらいで真摯に真っ直ぐな瞳を向けた。
男性はお茶を一口飲むとと、胸元から何かをレベッカの方に差し出してきた。
どうやら、それは名刺のようで――、男性は名を名乗った。
「行商人をやっております。ヒューゴ・ピオネーと申します」
お茶を飲んでくれてことと、名乗ってくれたことから、多少はレベッカを信じてくれたのだと彼女自身は感じていた。一方でレベッカは、やらかしたことを後悔した。
お客様から名乗らせてどうするのか……。
「す、すいません。わたしは、レベッカ・ランプリール、です。この葬儀社エクイノの店主、です」
レベッカも一応、持っていた名刺を手渡した。
店主だと言うと驚かれることも多いが、ヒューゴは驚くような素振りは見せなかった。葬儀社エクイノのことだけでなく、レベッカのことまでも誰かから聞いて来たのだろうか。
「そ、それで、ご用件。というのは、なんでしょうか?」
ヒューゴは一つ間を置くと、辛そうな顔で語り始めた。
「息子を亡くしてから、妻が心を病んでしまっています。もし息子と再会することが出来れば、妻が前に進めるようになるかもしれない、と一縷の望みにかけて、ここに来ました」
レベッカは机に置いてあった紙にメモを書きながら考えていた。
この手の依頼はよくあることだ。
大切な人と別れれば、人は誰しも辛いし、悲しい。
それは、ある種、どれだけ遺族が故人のことを想っていたか、の裏返しでもあるのだろう。
そんな大切な存在と再会できる。普通に考えれば、喜ばしいことだろう。
しかし――。
「か、必ずしも、再会することがご夫人のためになるとは、限りません」
「えっ……ど、どうしてですか!?」
ヒューゴは困惑している。故人と会えば、奥さんがその死を受け入れて、元通りとはいかないまでも元気になってくれると思っているからだ。
「もう一度会ったところで、死の悲しみが癒えるわけでは、な、ないから、です。わたしの死霊術では、一定期間しか、死者に会えません。だ、だから、遺族様は、もう一度、死に向き合う必要が、あります」
これがレベッカの自論であり、経験からの意見だ。前回のルネ・ラヴィルちゃんの場合は死後すぐだったので、この説明の必要性がなかった。
ヒューゴは少し考えてから、口を開いた。
「……それでも、妻と息子を再開させたいのです」
言うべきことは言った。『それでも』と依頼者様が言うのなら、詳しい話も聞いていない現状では、止めるべきではないだろう。
レベッカとしては、そんなことは分かっているつもりだ。だが、死霊術師として、葬儀屋としての勘が、この案件が簡単にはいかないだろうことを告げていた。
「わ、分かりました……それではお聞かせください。息子さんが亡くなった事情を……」
そして、ヒューゴは語り出した。彼の息子が亡くなった経緯というものを。