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3-2 不死なる魔王

 リアムが自分の弟としてではなく、本名を名乗った。

 彼がレベッカと一緒にいる理由……。


 そうだ、自分が葬儀屋をやっている意味を思い出せ。


 それにジナーフと名乗った魔王がやって来た理由を聞いていない。

 彼が何かしらの『死』に関する悩みを抱えているのなら、レベッカは葬儀屋として話を伺わなくてはいけない。


 立てた誓いを破らないためにも。


「……取り乱してしまい、申し訳ありません」


「よいよい。魔王に恨みを抱える人間なぞ、幾らでもおる。魔王軍を率いた者として、人間からの憎悪を受け止めるのもワシの仕事。そして……」


 魔王が跪いて、頭を下げた。


「申し訳ないと謝るのも、ワシの役目だ」


 一個人にこうも易々と頭を下げる魔王を見て、怒りに燃え上がってしまった自分の未熟さを突き立てられているようだった。


「……もういいです。ゆ、許せるかは分かりませんけど、気持ちは分かりました。それに、今日ここに依頼者、として来ているのなら、貴方は、きゃ、客人です。頭をお上げください」


 レベッカの言葉にジナーフは頭を上げた。

 さっきまでの気のいいおじさんというオーラは消え、ただただ責任を受け止め、真摯であろうとする、人の上に立つ人物の顔をしていた。


「す、すいません、椅子以外吹き飛んでしまったので、少し片付けをします。少々、お待ちいただけると、ありがたいです」


「であるならば、ワシも手伝うとしよう」


 その善意は断ろうと思ったが、もう既に彼が使役? しているスライムが落ちた木片やガラス片などを食べ始めていた。

 

「あ、ありがとうございます」


 ジナーフはちょっとぎこちない笑顔をした。


 レベッカとリアム、ジナーフが掃除を終えて、唯一残った簡易椅子に座った。


「す、すいません。これしか無くて……それで、ジナーフさん? 魔王さん? は何の用件があって、いらしたのでしょうか?」


「ジナーフで良い。そうさな、まあ単純に言うなら――」


 ジナーフは少し耽るような表情を見せてから、言った。


「ワシをもう一度、殺してほしい」


 『殺してほしい』その言葉はレベッカにとって、十年前のあの日に何度も聞いた言葉だった。あの日を思い出して、罪悪感が身体を駆け巡った。


「……どうかしたかの?」


「いえ、すみません。何でもないです」


 流石の魔王だった。こちらが一瞬だけ見せてしまった心の迷いをすぐに勘づかれてしまった。


「じ、ジナーフさん。そもそも、当店はいくら葬儀社、ひ、人の死を扱うとは言え……殺しはできません」


 冷静に答えを返した。

 レベッカが『満足できる死』をモットーに活動しているとはいえ、いくら望まれようと流石に殺しをするのは同義に反する行いだ。


「こちらにも理由があるのだ。少し見ててくれ」


 するとジナーフは来ていた服を捲って腕を出した。そして程よく筋肉のついた腕を自身の爪で切り裂いた。


「なっ、何をするんですか!?」


 すぐに治癒魔法を施そうとするレベッカだったが、ジナーフは涼しい顔で言った。


「よいよい。仮にも魔王だ。こんなものは何ともない。ここからをよく見ておいて欲しいのだ」


 傷が一瞬で治る。

 これもまた、ジナーフが持つ特殊な力……? 


 いや、違う。

 この傷そのものを無かったことのようにする、肉体が再構築されるような傷の治り方、というか再生。これは……。


「……も、もしかして、ジナーフさんは、死霊術で蘇った存在、なんですか?」


「そうだ。ワシはもうこの世で何かする気はない。だから、もう一度殺して欲しい」


 レベッカは何を勝手なことを、と思った。

 この世で何かする気がないなら、最初から誰かを、故郷の村を襲うなと。

 

「レベッカ、お前の言いたいことは分かる。けど、お前は葬儀屋をやると決めたんだ。悪人だってなんだって、弔うのが仕事じゃないか」


「それは、そうだけど……」


 リアムは冷静に自分を諭そうとしてくる。

 恐らく、彼だってジナーフの言葉に思うところがないわけはないだろう。寧ろ、レベッカよりも強い憎しみがあってもおかしくない。


 けど、それでもリアムは自分の役目を全うしようとしている。


 じゃあ自分はどうするのが正解なのか? 


「わ、わかりました。もっと詳しい事情をお話いただけませんか? そ、それから決めることにします」


「感謝するレベッカ殿……」


 また魔王が首を垂れた。

 なんとなく悪い人じゃないかもしれない。間違いなく憎い相手なのに、そんなことを思ってしまった。


「じ、ジナーフさんは、そもそも、どういう契約でこの世にいるのですか?」


「契約? そんなものは知らないが」


「「え?」」


 リアムもレベッカも驚いて、思わず声が重なってしまった。

 死霊術で蘇った人物に契約を感じ取る感覚がないのはおかしい。ジナーフが自覚出来ていないだけ……?


「一応ご説明しますが、し、死霊術とは、術者と対象の契約によって、結ばれるものなんです。術者が一方的に決めることが、で、できる契約ですが、それは蘇生の対象となった者、ジナーフさんの脳にも勝手に刻まれるはず、です。本当に記憶にありませんか?」


「……おっ、そういえば、この世に蘇ったときに、そういう情報を頭に叩きこまれたような気がするの」


「そ、それです! もっとよく思い出してください」


 少しの間、吹き飛んだ家屋の中で風と共に時間が流れる。


「思い出したぞ! アレ、ワシの行動を制限するから、思わず破り捨てたわ」


 思わずレベッカとリアムは眼を見合わせた。

 つまり、契約を破棄したってことになる……。


「じ、ジナーフさん、もしかしたら、貴方をもう一度殺すのは不可能かもしれません……」


「な、なぜ……だ」


「死霊術で蘇る際の契約を強制解除すると、生者の世界と死者の国を管理しているシステムが誤作動を起こして、魂が死者の国に帰れなくなります」


「そ、そうなのか? ついやってしまったが、そんなに重大なものだったとは……」


 ついでできるほど柔な契約ではないのだが……。これが魔王。


「でも、何かしらの方法があるかもしれません。わ、わたしも、その方法はずっと探しています」


「おおっ! だったら依頼を受けてもらえるということでいいのかの?」


 レベッカは迷った。


 そもそもこの人は故郷の村人たちの仇。

 更には、達成困難な依頼内容。

 だけど、『死』に迷いを感じている、紛れもなく葬儀社エクイノのお客様。


 レベッカが色々考えた末に出した答えは。


「――ひ、一晩、考えさせてもらってもいいでしょうか?」

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