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2-4 心の帰郷

 レベッカは外界に音を通さない結界を展開した。


「ど、どうする? ルビー、彼に言う?」


 ルビーは少し悩んでいた。

 言葉を出さないで考えているようだった。


 ちょっと苦しそうな顔をしていたが、ルビーは決めたらしい。


「ヴァン君には心配させたくないから、言わない」


「ほんとうにそれでいいのか?」


「……うん。これから消えるあたしのために気を遣わせたくないしね」


 ルビーなりの気遣いなのだろうが……、迷っていたということはつまり……。


 だけど、彼女自身がそう在りたいと願ったのなら、レベッカがそれを邪魔することはできない。最も、ルビーの事情によっては、ヴァンに話すこともやぶさかではないのだけれど。


「……わ、わかった。結界を、解くね」


 薄い膜のような結果が泡のように消えていった。

 そして、ルビーは明るい顔をして言うのだ。


「ごめんね。ヴァン君には言えない。でも、すぐここを出て行っちゃう、とだけは言っておくね」


「……そっか。それは、またお父さんの命令なの?」


「今回は違うけど……」


 父親の命令でどこか遠くに行かされたことがあるかのような言い方だ。ルビーの反応からしても、それは確かなようだけど……。


 もしかして、あのヴェイランス砦にいたのは、ルビーの父親が命じたからか?


「だって、ルビーと一緒にいる友達、とても強そうだから。強者の匂いがするし」


「あ! 紹介が遅れてたね! こっちのあたしよりちっこいのがリアム。もう一人がレベッカって言うんだ」


「リアム・ランプリールです。こっちのレベッカの弟です。ほら、姉ちゃんも挨拶して!」


 考え事をしていたレベッカはあまり話の流れを理解していなかった。リアムはそれを分かっていたから、レベッカのことを小突いたのだ。


「ひゃっ! レベッカ・ランプリールです。よ、よろしくお願いしまッ――」


 ちゃんと挨拶をしなきゃと思ったら、勢い余って嚙んでしまった。恥ずかしい。


「ヴァン・チルトです。よろしくお願いします。ルビーの友達になってくれて、ありがとうございます」


 嚙んでも笑ったりせずに自己紹介をしてくれた。完全スルーされると少しだけ恥ずかしさが紛れる。


「ところで、三人はどちらに向かおうとしているんですか?」


 レベッカとリアムの目線がある一点に向かう。そこにいたのはルビーだ。彼女からどこに行きたいかは聞いていたが、どこから行くかは聞いていない。


「あ、そっか。あたしが決めた方が良いよね……じゃあ、折角、ヴァン君もいることだし、お店、連れてってよ」


「分かった。レベッカさんも、リアムさんも、それで良いですかね?」


「は、はい。大丈夫です」「問題ないですよ」


 ヴァンの店へと行くため、魔族の街、アッシェ領ヴェルプランを歩いて行く。四人で歩いていく中で、自然とグループ分けが成されていった。ヴァンとルビーが前を歩き、レベッカとリアムが後ろからついていく。


 レベッカとリアムは互いに黙っていた。

 今後のことだったり、この魔族の街のことだったり、話題は色々あった。しかし、葬儀屋としての経験が告げていた。


 ルビーの事案について、このヴァンという人物が重要になることを。

 

 だから、二人の会話を盗み聞くことに集中した。


◆ ◆ ◆


 ルビー・ノールはこの里帰りが不安で仕方なかった。

 それでも、自分が帰れる場所なんてこのアッシェ領ヴェルプランしかない。レベッカ達は良い人に違いないが、それでも自分の最後を任せるのは、違うと思った。


 やっぱり自分は家族に認めてもらうしかない。

 そのために帰って来た。


 だけど、どうしても不安で。家族に会う前に、再会したい人がいた。その人は、この街で唯一優しくしてくれた人だった。自分は血族の問題があるのに、だ。


 その会いたかった人こそ、ヴァン・チルト、昔からの幼なじみ。

 今、ルビーの隣を歩いている少年だった。


「その……帰って来て初めに会えたのが、ヴァン君で良かった」


「……そうだよな。お前の家族はクソみたいな奴らだしな」


「ごめんね。あたしが弱いばっかりに、いつも家族の愚痴を言って」


「弱いからっていじめる家族の方がおかしいだろ。どう考えても」


 ヴァンくらいのものだ。リスクを顧みずに嫌そうな顔をして自分の家族を『クソ』『おかしい』なんて言ってくれるのは。ルビーのズタズタだった心を支えるために、そういうことを言ってくれるのが嬉しくて仕方なかった。


 そんな心が強いヴァンの姿を見て、ルビーはちょっとだけ勇気を出すことにした。


「あのさ……ヴァン君ってなんであたしに優しくしてくれるの?」


 それはルビーがずっと気になっていたことだった。

 彼が誰にでも親切なのは知っている。別にルビーにだけ優しいわけじゃないが、自分と馴れ合うことの危険性は理解しているはず。


「昔の……俺たちが出会った時のこと、憶えてるか?」


 楽しかった、ということだけは漠然と記憶にある。


「いや、あんまり……ごめん」


「ま、いいんだけどさ、お前、ガキ大将だったじゃん」


「そ、そうだったかな……?」


 そうでした。あの頃は、血族のこともあって自分を偉い人間だと勘違いしていた。

 男の子たちの戦いごっこに紛れて大将役をやったり、男女問わず子どもを引き連れて街中を探検したり、色々とやっていた。


 単純に自分の能力が低いことが分かってなかったから、自信があっただけ。

 今から思い返すとちょっと恥ずかしい。


「あの頃の俺ってさ、女子と遊んでばっかりで他の男子たちにいじめられてたんだ」


「それは憶えてるよ」


 魔族の男の子たちは喧嘩をよくする。自分の力を示すために。


 強い者が尊ばれるのは、魔族全体としてのありふれた価値観だ。将来的に戦場に出ることが多い男子には、特にその傾向が強い。


 子どもの頃なら尚更そう思っている男の子は多い。


 一方で、ヴァンはそうではなかった。

 小さい頃から花に詳しくて、そのせいか女の子に頼られることが多かった。何より優しくて戦いを好まないので、女々しくて弱弱しい性格だと男の子たちには思われて、いじめられていた。勿論、強くなかったのも原因だ。


 喧嘩を挑まれる度に嫌がって、無理やりボコボコにされていたのは憶えている。 


「それを助けてくれたのがさ、そ、その……ルビー、なんだよ」


 何故か、ヴァンの声が上ずっていた。

 近頃はこういう動揺した姿は見なかったから、意外だった。ルビーは、ふと、どんな顔をしているのか、気になってヴァンの方を向いた。


 だが、ふっと、顔を逸らされてしまった。


「そっか~、あの頃のあたしって強かったんだなあ――って何でそっぽ向いたの?」


「い、いいだろ! あっちに珍しい鳥がいたんだよ」


「え! どこどこ?」


「ほら、あそこ」


 ヴァンが指差したのは、家についている鳥の銅像だった。


「って、違うよ! 本物のレア鳥じゃないじゃん!」


 ここ最近もリアムに馬鹿にされてたような気がするけど、ヴァンに揶揄われる方が不思議と不快感が無かった。


 そもそも、ここ数年、ルビーに対してここまで距離が近い人はヴァン以外には殆どいない。


 でも、だからだろうか。


 こうやって、彼とくだらないことを話していると、故郷に帰って来たと、心の底から実感が湧いてくるのだった。


誤字報告、ありがとうございます!


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