2-1 ルビーの望み
レベッカとリアム、ルビーの三人は王都に新設された劇場へと足を運んでいた。
「わあ! 広い!」
「す、すごい大きさだね」
外には巨大な石像が置かれていて、建物の雄大さを感じるが、中はまだまだ整備中のようでスペースが余り過ぎていた。おそらく、本営業になったら、出店などが入ってくるのだろう。
中に入るとずらりと椅子が大量に並んでいる。
劇場の外と中では音の響きが違うような気がした。床を踏む音が小さくて、その割に声が通りやすい。
荘厳な空間にレベッカたちは息を吞んでいた。
「ねえ、そういえばレベッカはどこでこのチケットを手に入れて来たの?」
「やっぱり馬鹿だろ、お前。この前レベッカがちゃんと説明してただろうが」
「なっ! また馬鹿って言ったな!」
ルビーの言葉に対してリアムが冷静に皮肉を言って、また言い争いが始まろうとしていた。ピオネー家の件以降、仲良いな……なんて、ちょっとだけヤキモキしたレベッカは、チケットを貰った時のことを思い出していた。
◆ ◆ ◆
レベッカはピオネー家の計画に協力した例の貴族の家に呼び出されていた。
客間で待たされていると、あの夫人が出てきた。
その隣にはコメットもいた。
フォーマルな貴族の護衛としての服装を纏っている。
それにしても、ここにコメットがいるということは……。
「久しぶりね、レベッカさん。私、もう一度雇ってもらうことにしたの。せっかく息子を見送ったのに、家でダラダラしてるのも夫に申し訳ないから」
「す、すごい良いと思います! それにその恰好、とても似合ってます」
煌びやかな剣の鞘を腰に下げており、スラっと見えるような長いズボンがカッコよくて。それよりも、張り詰めた表情をしておらず、前向きな顔をしている。
色々大変なこともあったが、アルの件をちゃんと弔えてよかったと、レベッカは再び実感するのだった。
「そ、それで何の御用でしょうか?」
既にもう、この貴族の館に住んでいるお偉いさんからの謝罪はいただいている。金品もいただいている。まさか今更、また命を狙うなんて考えてないだろうし、なぜ呼ばれたのか。
「今日は、レベッカ様に渡したいものがありまして……」
貴族夫人がそんな言い方をするので、レベッカは焦った。
「れ、レベッカ様!? 止めてください! 平民をそんな風に呼ばないでください!」
「いえ、レベッカ様はここにいる我が友、コメットの恩人です。ですから……」
「わ、わかりました」
夫人は非常に真剣な面持ちだった。情に篤い良い人だなとは思いつつも、貴族として周りにやってくる有象無象に騙されたりしないか、少し心配になる。
「今日呼び出したましたのは、我が家が新たに展開しようと思っている事業のプレオープンに招待させていただきたいからなのです」
「コメット、あれをお渡して」、と指示を受けたコメットは、私の眼前に封筒を置いた。一般に郵便で使われるものとは違って、包装が凝っている。ラッピング用の紐に金紙が用いられており、その下にある赤い下地には獅子が描かれている。
この封筒自体にもお金がかかっていそうだとレベッカは恐れおののいていた。
「どうぞ、お開けください」
レベッカはハッとして、封筒を開ける。
中に入っていたのは三枚の紙だった。そこに書かれていたのは――。
「演劇鑑賞へのお誘いですか……?」
レベッカは師匠アリアとの旅の中で演劇を見たことがあった。
他大陸と交易が盛んな港町であり、異国の文化を取り入れる一環として、上映していたのをたまたま見に行くことができたのだ。
つまり、王都ではあまり知られている娯楽ではない。
「まあ! 演劇をご存知なのですね。だったら是非とも、一度楽しんでいただきたいですわ」
「わ、わかりました。さ、三枚分あるってことは……」
「ええ、あの御付きの方二人も連れてきてくださって大丈夫です」
◆ ◆ ◆
ということがあったので、劇場が正式開演される前の試演を見に来ている。
「あ、あの! 二人とも! もう始まるみたいだから」
そう言うと喧嘩にノリノリだったリアムは、一瞬にして落ち着き払った。そして、すましたような表情でルビーを注意するのだった。彼女は「覚えてなよ!」と言いながらも、劇を観るために前を向いた。
まずは小さい娘が大人たちにこき使われるシーンから始まった。
どうやらその子には親は死んでしまっており、宿屋を営む親戚の家に拾われたが、彼らからいじめを受けている。
そんなある日、裏口で泣いている姿を旅芸人たちに見つかる。
長く滞在していた彼らは毎日、裏口で泣いている娘を見ていて耐えられなくなり、思わず声をかけてしまった。
娘は旅芸人に誘われ、彼らの旅に着いていくことを決める。
旅の中で、仲間たちやお客さんに認められることで、失っていた自尊心を取り戻していく。
最後に、娘は死んでいたと思われる両親に再会し、旅芸人の中で一番良くしてくれた者と結ばれて幸せを得た。
◆ ◆ ◆
演劇を鑑賞した後、レベッカ達は劇場の近くにあるレストランに来ていた。
お昼も回っているし、劇の感想を語る場所が欲しかったのだ。それにしても――。
「ど、どうしたの? ルビー。さっきから黙ってるけど……」
「べっ、別にどうもしないよ」
「そ、そう? なら良いけど……」
普段の様子から考えるなら、レストランなんて来たら、テンションが上がってしまって仕方なさそうななのがルビーなのだが。
何食べても良いよと言ったのに、大したものを頼まなかった。かく言うレベッカは、薄く伸ばした小麦粉の生地にトマトソースを塗り、チーズと香草を載せた料理を頼んだ。リアム君は、ちょっとお高いTボーンステーキを頼んでいた。
料理が来るまでに時間で、レベッカは劇の感想を語り出すことにした。
もしかしたら、ルビーは見た劇に心を奪われているのかもしれない。自分が語り出せば、彼女も何か話してくれるかも、とレベッカは考えていた。
「ま、前に見た時より、凄かった気がする。役者さんの演技がこっちに、う、訴えかけてくれるような気がしたね」
「そうだな。オレも悪くないと思ったぞ。ルビーはどう思った?」
ナイスアシストだった。リアム君は最近よくルビーと喧嘩をしているせいか、彼女がおかしいことに気づいているのだろう。だから、ルビーに対して優しく問いを出したのだ。
「え? あ、あたし……、あたしは……」
「お待たせいたしました~」とルビーが話を始めようとしていたところに、丁度注文した料理が運ばれてきてしまった。間が悪い。
「あたしの話はいいや……、みんな遠慮せず食べて」
レベッカは「良いわけないよ」と言おうとしたが、それよりも早く動いた人がいた。彼は普段はレベッカより先に動くことなんてないのに。
「おい、バカ女! 何か言いたいことがあるなら言っていいんだぞ。俺たちに遠慮する必要なんてない」
「で、でも……あたしのせいで暗い雰囲気にしたくないし……」
普段はあまり遠慮のないルビーがこういう反応をするのは珍しい。
もしかして、何か彼女の抱えている事情に関係があるのだろうか。
「る、ルビー、正直に話してくれると嬉しい……だって、わたしたちは、ともだち、でしょ?」
その言葉にルビーは目の色を変えた。
それから、小さな声で目を伏せながら、言った。
「……家に帰りたい」