1-12 母の闘い②
手始めに、レベッカは死霊術で契約しているラメージウルフという魔物を数十体程召喚した。狼のような見た目をしており、鋭い爪と牙を持っている。
一方のコメットはそれに我関せずと言った様子で召喚した魔物には見向きもせずに、レベッカに突っ込んで来た。だが、その刃がレベッカに届く前に魔物たちがコメットを襲った。しかし……。
何故かラメージウルフが弾かれていく。
コメットの勢いを全く殺すことができていない。
よくよく見て見ると彼女が纏っている鎧の紋様が一部光っている。
「その紋様はやっぱり聖呪!」
「そうよ、貴方は強い! だからしっかりと対策はしてある!」
あの鎧の紋様に刻まれているのは、聖なる呪い。聖呪だ。
アンデッドやゾンビに対する有効な攻撃、防御手段として使われる。
だが、レベッカレベルの死霊術で使役するアンデットを弾ける聖呪を作れる人がいるとは微塵にも思ってもみなかった。
勢いのまま鋭い突きが放たれる。真っ直ぐに首筋を狙った突きを、身体を右に逸らすことで避ける。相手もすぐに対応してきて、第二の剣戟がレべッカに迫った。
レベッカは持っている片刃剣で受け止める。
お、重い……!
薬が完全に解毒できておらず、手足のしびれが残っていたことで、腕に強い負荷がかかっていた。
それだけじゃない。
前に決闘した時とは比べ物にならないほど剣の速度が上がっている。純粋に力強く重い。一時的に身体を強化するようなポーションでも飲んでいるのか。
でも、それだけでは説明ができないような……。
迫り合いに持っていき抑え込んでゼロ距離で魔法を当てようと思っていたが、そこまで自分の腕が持たない。
一旦、距離を取りたいな。
コメットとレベッカの間で小さな爆発が起こる。その勢いで、レベッカは後ろへと吹っ飛ぶ。
一般常識で考えれば術者を巻き込むような魔法は撃たないと考えるはず。だから多少はダメージを負っていてくれると助かるが――。
「自爆なんてするのね。レベッカさん」
「いえ、しっかりコメットさんだけを傷つけようと思いましたよ」
レベッカは自身の爆発魔法を防御魔法によって完全にガードしていた。
一方でコメットの鎧にも目立った損傷はない。そして、レベッカの爆発魔法を受けて光っている、聖呪に重ねられたもう一つの紋様。
「聖呪に加えて、退魔の印まで……」
「大層な杖を持っているのに魔法を使わないなんてこと、あるのかしら。だから魔法と死霊術、その二つを最高水準で防げる装備を用意してもらったわ」
そんなものを作れる職人がこの世界にいるなんて……。
コメットをサポートしているあの貴族の人脈と資金があっての、対レベッカ・ランプリール専用装備と言ったところ。
これを用意するためにコメットとヒューゴの二人はどれだけ頭を下げたか。戦いの最中なのにレベッカはそんなことを思ってしまった。
「……もう手加減できそうにないので、大怪我させます」
「殺す気でやらないと後悔するわよ」
ここからまた仕切り直し。
レベッカとしては、また近づかれたくは無かった。魔力で身体能力の向上は出来るが、そもそもの肉体が駄目では焼け石に水だ。
しかし、恐らくそれも無理なことは分かっていた。
あの爆発魔法を撃ったときに気がついた。
今の魔力出力は普段の四割しかない。
貴族の屋敷で飲まされた毒の影響と、レベッカ達を覆っている結界の影響だ。
この結界は体外での魔力操作を弱めてくる性質があるらしい。体内での魔力操作を行わない戦死タイプのコメットには何の影響もないが、レベッカには悪影響を及ぼしている。
また、現在のレベッカはある目的のために魔力出力を割いている。
そして、あの鎧により更に魔法の効き目は抑えられていて、合算すると恐らく全力の二割程度の実力しか出せない。つまり、本気の魔法攻撃でもあの鎧は貫けない。
そして相手には死霊術は効かない。
厳密に言えば効きはする手持ちはあるが、坑道の大きさ故に、この場に呼べない。
しかしここまで有利に思える状況でもコメットに手を抜く気配はなかった。
何故なら、彼女は理解しているからだ。
これでようやく肩を並べた程度だと言うことに。
「行くわよ!」
距離を詰めて来ようとするコメットに対して、レベッカは魔法を発動させるために空へと杖をかざした。
複数の魔法陣がレベッカの周囲に展開される。
その魔法陣から火の魔法と水の魔法を放たれる。
人一人を包み込む巨大な火球と水球がクリーンヒットするが、コメットには一切ダメージは与えられない。それはレベッカも承知の上だ。
この魔法の目的はただの眼くらまし。
その隙にレベッカは走るが、魔法攻撃の手を緩めない。そして、派手な魔法でコメットに気づかれないようにしながら地中に魔法を仕込んでいく。
ただ、魔法が効かない以上、すぐにコメットに追いつかれる。
彼女は渾身の一振りでレベッカを葬り去ろうとした。
しかしその場にレベッカはおらず斬撃が当たることは無かった。レベッカはコメットの後方にいたのだ。
その気配を感じ取ったコメットはすぐさま後ろを振り向こうとしたが、左足が動かないことに気がついたようだ。
地中に足が沈んでいっている。
すぐさま引き抜こうとしたが、それよりも早くレベッカの持つ剣の刺突が届こうとしていた。
「ガァアアアアア!」
コメットの叫び声が坑道内を突き抜けて行った。
「……まさか、あの体勢から攻撃を防がれるとは思いませんでした……ッぐ」
「わ、私、も、できるとは、思っていなかった、わよ。けど、アルの、ため、なら、このくらいは、やれる」
コメットはレベッカの攻撃を避けるために、あの瞬時で自身の埋まった左足を可動部を無視した動きをして、こちらに振り返ったのだ。レベッカの刺突は防がれたあげく、コメットの一閃がレベッカの左肩を切り裂いた。
結果として、レベッカは深い切り傷を負った。
しかし、コメットの方がもっと深手を負っていた。
あんな無理のある動きをしたのだ。左足は複雑に折れており、痛々しい様子で、高度な治癒魔法でなければ後遺症を負うくらいの酷い怪我だ。
「け、けっ、こう、狡い事、するのね」
「……それくらいこっちも必死ってことです」
コメットに狡いことと言われたレベッカのしたことはいくつかある。
まずは本命の魔法のためにわざわざ目立つように火球や水球を放ったこと。これによりコメットは地中に仕込まれた魔法に気がつかなかった。そしてその仕込んだ魔法は転移魔法と地面を沼に変える魔法。
近づいてきたコメットを沼に嵌め、自分は転移魔法で背後を取って、動けない彼女を攻撃するのが作戦だった。
しかし、コメットの根性と気合いがレベッカの思惑を超えてきた。
あの無茶の動きは相当な痛みを伴うはず。そんなの想像するまでもなく分かることなのに。例え死の恐怖が迫っていても、骨を何本も折りながら動けるだろうか。
だけど、それをコメットを実現した。
息子を守りたいという気持ち一つで軽々と乗り越えてきた。
コメット・ピオネーは強い。
その強さの根底は、鍛えてきた年月にあるのではない。装備に由来するものでもない。ただ単純な母親として、息子を想う気持ちだった。
子を守らんとする母親がどれほどまでに強い存在かを、レベッカは知るのだった。