世界は詰んだのか?
2. 世界は詰んだのか?
自転車は風を切って坂道を下る。
「あっ、アケビ君だ!」
顔にかかる髪を左手で抑えながらポプラが叫ぶ。
アケビは、水中に没した商店街の南端、足元に小波が打ち寄せる歪んだガードレールに腰掛けていた。異なる時間軸上にある景色でも眺めるかのような遠い目をしながら。
「おーいアケビ」
と僕。
アケビは無言で手を挙げる。
僕とポプラは自転車を降り、アケビを挟んでガードレールに寄り掛かるように座った。
ふんわりとした風が、白いシャツの襟元を初夏の香りで潤す。
「うわー、商店街の残骸だらけ」
と、ポプラが波打ち際を覗き込む。
チャイニーズ・レストランの毛筆文字が刻まれた看板。ライブハウスのものと思われる大きめのスピーカーに黒光りするピアノ、中ニ女子戦士のセーラー風コスチューム。そこら中に散らばるガラスの破片。
「ねえ、アケビ君、何考えてたの?」
「ん、何にも」
「当ててあげようか?」
「だから何にも」
瓦礫の間を絶え間なく出入りする微かな水音。それは漏れ出る街の溜息のように、鼓膜をくすぐる。
どうした?今日はいやに詩的じゃないか。
<さしずめお前、インテリだな>そんな映画の台詞があったっけ。<さしずめ>とはこんな風に使うのか。僕は僕の知らないそんな時代が大好きだ。
ボブディラン、ピンクフロイド、バロウズ、サリンジャー、P.K.ディック、小さな恋のメロディ、明日に向かって撃て。古着、輸入雑貨、アニメの原画、天然石に中古レコード……。
一人もの想いに耽る僕を置き去りにして、ポプラが会話を続ける。
「詰将棋でしょ?」
「残念でした。確かに僕は将棋指しだけど、今はまるで違うことを考えていた。将棋は一旦終わりが見えたら、相手が打ち間違わない限り、一発逆転はまずない。ギャンブルとは違うから」
「なんだ、やっぱ将棋じゃない」
アケビは咳払いをひとつ。
「いや、考えていたのは、一発逆転があるか?ってことさ」
僕が引き取った。
「世界の終わりに対する逆転の一撃だな」
それを聞いてアケビは溜息を一つ。
「まあ、考えは全然まとまらないんだけど。だいたいこのキラキラ光るガラクタを眺めていると、眠気しか湧いて来なくて」
僕の頭の中では、「さしずめ」という言葉の残像が揺れている。そのせいか分からないが、会話が進まない。
<大いなる意志が言葉となって、この量子宇宙を形作った>
少し前に拾ってきたネイチャー紙で読んだ記憶が脳裏を過る。語彙が失われれば、世界の一部も消え去るということか?
目の前にある残骸と、何か関係があるかも?
アケビが囁くような声で言った。
「この世界は詰んだのか?」
空では、巨大な入道雲が真綿のように聳え、下の方からはその一端がせり出して見える。水没以前には、こんなに大きな積乱雲など見たこともなかった。今では、毎日のようにある光景だが。しばらく経てば、それもきっとまた変わるだろう。