都市
王国の中央都市。本来は固有の名称が存在するのだが、文字通りにほぼ中央に位置するため、現在では「中央都市」と呼ばれることが一般的だ。
街道と港に面しており、歴史は比較的新しいものの現在は王国内で最も発展している都市である。なお「首都」は別に存在する。
城門を守る衛兵にゴルド卿による書状を見せるとすぐ通してくれた。
もちろんライラのことは書いていないが問いただされることはなかった、有力領主の力はそれだけ強いということである。
「さて、まずは馬を返しに行かないとな」
駅家に馬を引き渡す。問題はなかったので保証料の金貨9枚が全額返還された。
馬との別れを名残惜しむライラの手を引いて、神殿に報告しに行くことにした。
「トムさんじゃないですか、お久しぶりです」
若い神官に挨拶された。なんだかんだ言っても俺はそれなりに高位の神官なので、ある程度の立場はある。
「急で済まないんだが、神官長殿に通してもらえないだろうか」
「それはいいのですが、その女の子は……?」
この神殿の奥は女人禁制である。逆に、男子禁制の神殿もあるのだが。
「色々事情があってな。この書状を神官長殿がお読みいただければ理解していただけると思う」
俺は、ライラに関することをまとめた書面を託した。これを読めばいかに重大なことかわかるはずだ。
「わかりました。それではお待ち下さい」
俺は礼拝堂でライラと待った。
「あれが豊穣神さまなの?」
狼の頭部と人間の体を持つ女神のレリーフを見てライラがつぶやいた。
「ああ。大地の全ての恵みを司る女神様だ。人も、獣も、草木も、石や金属さえも」
「優しいお顔……」
ライラは恍惚とした表情で見とれている。俺は何も言わずに彼女の横顔を見つめていた。
「トムさん、神官長殿がお越しです。面会室までどうぞ」
「わかった。ライラ、行くぞ」
レリーフに見とれているライラの手を引いて面会室へ向かう。
「お久しぶりです、神官長殿。こちらから出向くべきところを呼び出してしまって大変失礼いたしました」
「構わぬよ。それで、この子が例の獣人族というわけじゃな?」
興奮した様子である。神官長殿にとっても珍しい存在なのだろう。
「はい。……ライラ、フードを取ってくれないか」
俺の言葉に従い、狼の耳を付いた頭を見せる。
耳は自然に動き、それが作り物ではないということを証明する。
「なんと!!」
「ライラ、変身してみてくれ」
「うん」
そう答えると、すぐに狼の姿に変身した。一旦うずくまってから、服の下から出てくる。
神官長殿も、付き添いの若い神官も声も出せずに驚愕している。
「よし、人の姿に戻ってくれ」
ライラは服の中に潜り込み、再び人の姿になった。
「いやはや、恐れ入った。豊穣神の化身たる神狼族にまみえることができるとは……」
「神狼族、ですか?」
長年神殿で修行していた俺でも、初めて聞く言葉が飛び出した。
「神と人の仲立ちをすると言われておる。伝承も断片的で、教義上の解釈も難しいゆえに教えることが憚られてきたのじゃよ」
「神と人の仲立ち、ですか……」
先ほど、礼拝堂のレリーフに見とれていたのは神の言葉を聞いていたとでも言うのだろうか?
「神狼族からは神の声を拝聴する巫女が生まれると言われておる。かつてはどの神殿にもいたそうじゃ」
"狼の顔をした巫女"の話は知っている。ただ、それは何かの比喩であったり、仮面や毛皮のことだと思っていた。
「つまり、ライラは巫女ということですか?」
「そこまではわからん。ただ、かつて巫女と呼ばれていたのは同じ一族なのじゃろう」
「神さまの声、私聞いたことがあるかも知れない」
「ライラ、それはどういう意味だ?」
「船に跳び乗ったときも、不思議な声に導かれた気がしていたの」
彼女がこの地に導かれたのは偶然ではないようだ。やはり「異変」と関係があるのだろうか。
**
この大陸では「異変」が起きつつある。
魔物は年々と数を増しており、嵐や旱魃、地震といった災害も確実に増えている。
多くの人々は気づいていない。いや、そもそも自分が住んでいる町や村以外の情報を得られる者自体がごく限られているのだ。
災害による作物への影響をいち早く察知したのは、中央都市の西部に広がる穀倉地帯の領主であるゴルド卿である。
全体で見ればまだまだ些細な量で、飢饉に陥るほどではない。しかし総収穫量が10年近く減り続けているのは尋常ではない。
まして近年は開拓も盛んに行われるようになったので、収穫量はむしろ増えて然るべきなのである。
ゴルド卿は過去の記録を調べ上げた。
そして、大陸内の異なる地域で個別に伝承されていた「魔物の襲来」と「飢饉の発生」の時期が、やや時間差があるものの完全に重なっていることを突き止めた。
そして、記録の中で最も飢饉が多かったとされる年は、この国の誰もが知るおとぎ話である「聖剣に導かれた勇者の物語」の舞台になったと推測される年代と重なっていた。
調査が進んでいた矢先、ゴルド卿の領内において、農家に生まれた少年のアランが湖の底から不思議な剣を引き抜いた。
人々は「聖剣」の再来だと囃し立てた。少なくとも、誰も見たこともない金属で作られた、岩をも突き通す刀身は並の剣であるはずがなかった。
ゴルド卿はアランと共に自ら旅立ち、この謎を解き明かすことを決意。
神殿から遣わされた俺とエルを従え、道中でイザとエレナを仲間に加え、俺たちは一蓮托生のパーティとなった。
……もう、2年も前の話だ。まだ13歳だったアランもすっかり大人らしくなるわけだ。