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獣人

「くぅ~ん……」


寝床に潜り込んでいた狼は弱々しい声を上げている。左の前足をひどく痛めているようで、変な形に曲がっている。

どうやら骨まで折れているようだ。

「待ってろ、治してやるからな」

俺は右手をかざし、《小癒》の呪文を唱えた。

最下級の回復呪文だが、それだけに副作用が少なく、急を要さない場面での治療には最適である。

ダメージに対して必要以上の回復呪文を使用すると激痛を感じたり、最悪の場合は後遺症に繋がることもあるのだ。

もっとも、究極の回復呪文である《完治》であれば傷の大小もお構いなしに治してしまうのだが。


「はっ、はっ、はっ、はっ」

俺が右手で法力を注いでやると、未知の感覚ゆえか狼は息を荒げている。

「大丈夫だ、じっとしてろ」

右手で治療している間、左手で頭を撫でてやった。


回復呪文とは、例えていうならば生命力の(うつわ)に水を注ぎ込むようなものである。

器自体がしっかりしていなければ、器は倒れてしまったり割れてしまったりする。

生命力そのものが弱っている相手にかけてしまえば、効果がないどころか逆効果にもなるのだ。


幸いにして、この狼の若く健康な体は回復呪文を素直に受け入れてくれたようだ。

本来の形を思い出すかのように、折れていた前足もおのずから真っ直ぐに戻ってくれた。

「よし、これで歩けるようになったはずだ」

「くぅ~ん……♪」

狼は弱々しく、しかし甘えた声を出す。

「なんだお前、腹減ってんのか?しょうがねえなぁ」

俺は雑嚢から干し肉を1本取り出して食わせてやった。

「わふーん♪」

しっぽを振りながら嬉しそうに肉にかぶりついた。

「はは、旨いか?」

「わん!!」

元気よく吠えた。可愛いやつめ。

「そうかそうか、じゃあもう1本いくか?」

2本目もぺろりと平らげると、大きなあくびをして丸くなり眠りについた。俺も休むとするか。


狼は俺達神官にとって神聖な生き物である。というのも、三大神の一柱である豊穣神の化身とされているからだ。

俺やエルは豊穣神に仕える神官であり、狼にまつわる逸話はたくさん聞かされてきた。

しかし狼は既にこの大陸からは姿を消しつつあり、俺もこの目で見るのは初めてだった。

「これが狼かぁ。あったかいなぁ……」

激戦の疲労と狼のぬくもりによって、目を閉じると意識が遠のいてった。


翌朝、目を覚ますと腕の中にすべすべとした感触があった。おかしいな、俺は狼と寝ていたはずだぞ。

しかし、腕の中にいたのは一人の少女だった。

「ううん……」

俺の胸の中で、気持ちよさそうに眠っているこの子には、狼の耳が付いていた。

まさか、狼がこの子に変身した……つまり獣人族だとでもいうのか?!

「むにゅ……おはよ……」

まだ眠そうな声で、俺の顔を見上げている。

「ああ、おはよう……えっと、言葉はわかるのかな?」

俺の目の前にいるのは、とても可愛らしい女の子だ。年齢は10代の前半くらいか。

少しぼさぼたした灰褐色の髪は狼を彷彿とさせる。

「昨日は助けてくれてありがとね!」

彼女は起き上がるなり俺に抱きついてきた。狼のときと同じように尻尾をぶんぶん振っている。

「私、ライラっていうの!あなたは?」

「俺はトム。君はどこから来たんだ?」

「ええと、故郷から船に乗ったら人間に捕まって、馬車に乗せられてたところに何か大きいのがぶつかってきて……」

なるほどな。珍しいから金持ちにでも売ろうとしていたのだろう。「大きいの」とは例のトロルか。

「それで、森の中に逃げたんだけど、そいつが追いかけてきて……」

その時のことを思い出してるのだろうか、震えている。トロルは俺ではなく彼女を追っていたのだろうか。

「怪我して、疲れて、お腹も空いて。もう駄目だと思ったら急に空が明るくなって……」

俺が放った《照明》のことか。つまり間近で戦いを見ていたわけだ。

「そしたら、あんなに大きい化け物を一人でやっつけちゃうんだもの!安心したから、いい匂いのするところに隠れて眠ってたの」

俺の胸に顔をうずめて甘えるようにすり寄ってくる。

「そしたら、怪我を治してくれた上にご飯までもらっちゃって……本当にありがとうね、トム」


「そういえば朝飯はまだだったな。普段は何を食ってるんだ?」

昨夜は干し肉を旨そうに平らげていたが、あまり持ち合わせはない。

「んー、肉も魚も木の実とかも、人の食べるものならだいたいなんでも食べられるよ」

「これはどうだ?」

携行食料を取り出してライラに渡した。

「んー、おいしー♪」

少し硬くなったそれをバリバリと美味しそうに噛み砕いた。狼だけあって顎は丈夫なようだ。

「そうか、これなら蓄えはあるからしばらくは飯の心配はしなくてよさそうだな」

俺も、残った焚き火で携行食料を軽く炙ってからかじりついた。

「ところで……服は着なくていいのか?」

ライラは一糸まとわぬ姿だった。

「あっ……ごめんなさい」

慌てて木の葉の中に潜ると、恥ずかしそうにもじもじしている。

「私、同族だけのところで長年暮らしてたから、人間のルールとかにまだ馴染めなくて……」

「そうか、とりあえず俺のマントを貸してやるよ」

マントを縦から横にして巻きつけると、ちょうどライラの背丈と合った。不格好だが最低限の体裁は保てる。

「これでよし。町に着いたらちゃんとした服を買ってやるから、それまでの辛抱だな」

「ありがと」

ライラは嬉しそうにくるりと回ってみせた。


「ねえ、私はこれからどうすればいいのかな?」

「そうだな、とりあえず俺に付いてくるってのはどうだ?」

「トムに?」

「そうだ。俺はこれからこの国で一番大きな街へ行く。港も神殿もある。故郷へ帰ることもできるし、狼の神様からのお告げが授かるかも知れない」

「狼の、……神さま?」

「ああ、豊穣の女神様だ。そして俺はその豊穣神に仕える神官だ。ここでライラに会ったのもお導きかも知れない」

「すごい……」

「俺が力になれることなら何だってするぞ」

「……そっか、それじゃこれからよろしくね。ご主人さま♪」

そう言いながら、彼女は俺に頬を擦り寄せてきた。

「ご主人さま、だって?」


俺は神殿で習った狼の習性を思い出した。

彼らには3つの生き方がある。リーダーになるか、リーダーに従うか、文字通りの一匹狼になるか。

どうやらライラは俺のことをリーダーだと認めてくれたらしい。

「すごく強いし、私のことを守ってくれるし、食べるものも用意してくれるし、どこに行けばいいか導いてくれるんだもの。立派なご主人さまだよ♪」

悪くない響きだが、冒険者パーティの落ちこぼれがどこまでできるか。

しかし行き場をなくした一匹狼なのは俺も同じことだった。曲がりなりにもリーダーとして認められたからには腹をくくらなければならない。


「ねぇ、これからどこに行くの?」

「まずこの森を抜けないとな。さっき話したのは中央都市と言って、ここにあるんだ」

俺は地図を取り出してライラに見せた。

「俺達は今、このあたりにいる。この川沿いに上流に向かって南下すれば、森を出て街道に行き当たるはずだ」

地図を見せながら、現在地と今後の方針を伝える。

「ふむふむ」

どうやら文字は読めるようだ。地図の見方も理解しているらしい。

「今日中に中央都市まで行くのは無理だから、とりあえずはここの町が次の目的地だな」

森林帯のほぼ真南、東西南が交わる街道の三叉路にある町を指差した。

「わかった、付いて行くね」

「ところで、ライラは戦いはできるか?」

「少しだけなら……でも昨日の大きいやつには絶対かなわないと思う」

トロルを思い出したのか、体が少し震えた。

「あんなやつは滅多に出ないさ。いざとなったら俺がなんとかしてやる」

少しでも安心させるため、彼女の肩に手を肩を置いてそう言った。

「頼りにしてるね、ご主人さま♪」


川沿いを歩きながら、俺はライラといろいろな話をした。

彼女は俺達が「新大陸」と呼んでいる土地で生まれたこと。

故郷では既に大人として認められ放浪の旅をしていたこと。

貿易船に乗って密航したこと。

人間の姿になって船の食料を漁っていたところを捕らえられたこと。

珍獣商人に引き渡されて売られそうになっていたこと。


もちろん、俺のことも話した。

寂れた農村で生まれ育ったこと。

神殿で修行したこと。

ゴルド卿のパーティに加わって冒険をしたこと。

そして実力不足によってそのパーティを自ら離れたこと。


「ねえ、獣人ってこのあたりだと珍しいの?」

「ああ。俺は長く旅をしてきたが、ライラに会うまでは見たこともなかった」

獣人族はこの大陸にも存在するとされているが、近年では目撃の記録すらほとんどない。

豊穣神の敬虔な信徒ならいざしらず、物珍しさからペットにしようと考える輩がいてもおかしくはない。

「だから、なるべく人には知られないほうがいい。尻尾は服でごまかせるが、耳もフードで隠したほうがいいな」

「そっかー、ちょっと窮屈だな。このマントもそうだけど」

「俺に付いてくるのなら人間としての生き方には慣れてもらわないと困るな」

「はーい、ご主人さま♪」

文句を言いつつも最終的には従ってくれるのは助かる。いい相棒になるかも知れない。


道中では魔物に遭遇することはなかった。昨夜の騒ぎのせいで静かにしているのかも知れない。

やがて、木々がまばらになってきた。ようやく俺達は森林地帯を抜け出して平原に出ることができた。

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