俺は追放されたって、あいつを見捨てることなんてできない
「魔導学院研究者ヴィクトール、あなたを我が聖王国より追放します!」
俺は信じられなかった。
「待ってくれ。ララ!?」
「貴様!!」
俺が食い下がろうとすると、両傍にいた二人の騎士に止められる。
「ララリーナ様に向かって、何て口の聞き方を!」
「聖女様とお呼びしろ! この売国奴め!!」
黙れ、どう呼ぼうと俺の勝手だろ!
「どうしてお前が……俺を追い出すんだよ!?」
「言わないとわかりませんか?」
俺の問いかけに、ララはさらなる言葉を突きつけた。
「剣の騎士を誉れとする我が聖王国に任命された研究員という立場がありながら、あなたは、銃と大砲いう忌まわしいものの研究を熱心に進めてきたではありませんか! 再三の警告にも関わらず!」
「な、何を言ってるんだ!? 銃を使えば、魔王軍に勝てるんだって、お前も賛成してくれていただろ!?」
俺は必死に訴えるが、ララは耳を貸さない。
「そんな覚えなどありませんし、あなたの説明などもう聞きたくもありません。話は以上です。連れて行きなさい!」
「待ってくれ、ララー!!」
俺は、強引に二人の騎士たちに腕を引っ張られていく。やがて城の外に出されて、窓のない馬車の中に押し込められる。
――ララがこんなことするはずない。絶対に何か理由があるはずだ!
最初の部屋の中には、ララだけが一人取り残される。
「……ごめんなさい」
ララは、大粒の涙を流しながらつぶやいた。
「本当にごめんなさい。ヴィー…………」
どんなに聞きたくても、ララの言葉が俺の耳に届くことはなかった。
ヴィーこと、俺は、ヴィクトール。
ララことララリーナは、俺の幼馴染で、ずっと好きだった女だ。
つり目で体の弱い俺に、童顔で可愛いララはいつも一緒にいてくれた。
「ヴィー、本なんか読んでないで、一緒に外で遊びましょうよ」
「待って。今、いいところだから」
俺は、ララにいつもウチに来てほしくて、元気いっぱいなララは、俺を外に連れ出す。
ララが勉強で困っていたり、物が壊れて泣いている時は、いつも俺が何とかしてやろうと張り切った。
俺がデカイ奴にいじめられている時は、いつもララに助けられた。
あいつは、困っている人を放っておけない奴だった。
俺は助けられるのが悔しかったけど、そんな優しいあいつが放っておけなくて、いつもそばで助けてやりたくて……。
要するに、いつまでもララリーナと一緒にいたかった。
好きだから。
それはきっとララも――。
「ねえ、ララ……。将来大きくなったら、僕と結婚してくれる?」
「うん! 私、ヴィーのお嫁さんになる!」
幼い俺に、幼かったララは答えてくれた。
「ねえ、ヴィー……。私と、いつまでも一緒にいてね……」
俺たちが生まれ育った聖王国は、神や精霊の加護を授かった『剣の騎士』が誉れだった。
「私の夢は、剣の騎士! ヴィーの夢は?」
「僕も、ララと同じ。剣の騎士だよ!」
現実がわかってきたのは、十五歳を超えたあたりから。
俺には剣の才能もなければ、神や精霊の加護もなく、学園を卒業したら平凡な研究員になるしかない。
ララは才能があるどころか、数百年に一人とされる聖女の加護を授かる。
教会曰く、神様の思し召しだそうだ。
「おめでとう、ララ。夢が叶ったな」
「ヴィー……」
学園の卒業式が終わった後、俺は何も言わず、皆に囲まれるララから距離を取ろうとした。だけど、
「来ちゃった……」
その日の夜、ララが部屋に一人で勉強していた俺のところにやって来る。
「どうして来たんだよ?」
「……言わせないで」
ララの顔が赤くなる。
「ヴィーこそ、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「……言わねえ」
卒業した後も、俺はララリーナのそばにいようと努力した。
そして、世界が急変する。
俺たちのいる人間世界に、東から魔王の大軍が侵略してきたのだ。
オーク、巨人、魔獣、騎馬ゾンビ、飛竜、他にも、他にも――。
神様は、聖女様をただでくれたんじゃない。
我らの敵と戦えということだ。
聖王国は、ご立派な騎士たちからなる世界屈指の軍団を持っていたので、諸国連合の中心となり、対魔王の前線に駆り出される。
当然、聖女ララは、騎士たちの先頭に。
下っ端研究員の俺も、新兵器の結果報告のため戦場に派遣された。
あいつのそばに行けるから願ったり叶ったりだと初めは思ったが、聖女の直属部隊に加わることになって、ヤバいくらい恥ずかしくなった。
あいつとの昔からの関係をイジられると思うと……。
「お前、聖女様と幼なじみなんだってな?」
戦場に向かう旅の二日目に、早くも聞かれる。
「えー、マジ、マジ!?」
「本当かよ、その話!?」
「ここまで追いかけてくるなんてウケるー!」
集まってきたのは、騎士の後ろで戦う歩兵たち。
のっぽのジョージ、没落令嬢のメロディ、商人の息子ギルバード、自称旅の詩人ヘンリー。みんな――気のいい仲間たちだった。
「聖女様と仲良しなのはいいけどよ。俺たちみんながライバルなこと忘れんなよ」
一週間後、俺たちは初めての戦場で魔王軍と戦った。
魔王との初戦だった。
人間たちの軍の基本戦術は、そう難しくない。
まず、騎士たちが敵軍に突っ込む。残った敵を、歩兵が掃討。
そこに、騎士がまた突っ込んで、歩兵が掃討――の繰り返し。
弓矢みたいな飛び道具は、腰抜けの道具だと忌み嫌われていた。
今回も、同じ戦術が取られる。
対する魔王軍の前にいるのは、山のようにでかい巨人たち。
空には、飛竜の群れ。
「騎士たちよ、剣を掲げろー!」
馬上の騎士たちが、己の剣に魔力を込める。
「邪悪なる魔王軍に向かって、進めー!!」
「「うおおおおおおおおおおおおーー!!」」
騎士たちが馬を駆け出して、歩兵たちが必死に走ってついていく。
騎士と歩兵たちが突っ込んでいくのは、棍棒持った巨人たちの群れ。
「ワアアアアアアアアアー!! 我等聖王国に栄光あ――ギャフッ!?」
当然、巨人の棍棒に叩き潰される。
「ぎゃああああああああああああー!?」
巨人たちに反撃されて、騎士たちはたちまち総崩れとなった。
確かに巨人みたいな怪物相手に近づいて、まともに戦える英雄はいる。
ここでは、聖女のララがそうだ。
あいつがいてくれなければ、俺たちはどうなっていたか。
だけどそんなことができる人間は、ほんの一握り。
幼かった俺が、自分より身体が大きな子供に勝てなかったように。
普通の人間は、巨大な怪物に近づいても勝てない。
はっきり言ってやるよ。デカ物相手に接近戦なんてバカのやることだ。
巨人たちから逃げ始めた騎士と歩兵たちに、空から飛竜が襲いかかった。
「天よ、地よ、神よ――ギャフ!?」
「風の精霊たち! 今すぐ我等をお守り――グヘエエーー!!」
加護にすがる騎士たちを、飛竜たちが容赦なく炎を浴びせ、噛み殺す。
とまあそんなわけで、俺たちの軍は初戦で大敗。無様に敗退。
騎馬ゾンビの追撃とオークの残党狩りまで受けて、散々に蹴散らされた。
俺なんかをかばって、のっぽのジョージが死んだ。
初めての仲間の死に、俺とララはひざを落として泣き続ける――。
人間たちの世界は、魔界の軍勢に蹂躙された。
その後の戦いでも、人間たちは魔王軍に敗北を重ねる。
上層部が、バカの一つ覚えみたいに同じ戦法を繰り返すからだ。
前線の騎士や兵士が反対しても、聞きやしない。
その度に、ララは戦って、傷ついて、仲間たちは死んでいく。
研究員の俺は、魔王軍に勝つための方法を必死に探した。
あいつが、仲間たちが二度と戦わなくて済むようになる方法を。
来る日も来る日も。
そのための方法が、いきなり見つかった。
俺の国の南東にある小帝国が、銃と大砲という兵器を公開したのだ。
魔王軍の東の国より、もっと東の国から伝えられてきたものらしい。
銃は、人間一人が持てる筒から弾丸を発射して、遠くの敵を撃ち倒す。
大砲は、銃よりバカでかくて、遠くの敵を木っ端微塵に吹き飛ばす。
他にも、手榴弾やワイヤー機動といったものまで……。
小帝国が公開した兵器群は恐ろしい宝の山だった。
だがどれも試作段階で、実用には程遠かった。
だから小帝国はこの技術を公開したのだ。
人類の叡智を結集し、この兵器を完成させよう。
そして、魔王軍に打ち勝つのだと。
これを知った俺は、興奮した。
これさえあれば、どんなに弱い人間でも怪物を倒せる。
魔王軍に勝てると。
俺は大喜びで、上層部に掛け合った。
「銃と大砲を研究して、軍に導入しましょう!」
俺の意見を――軍の上層部、王侯貴族たちは聞かなかった。
「銃と大砲を使えだと? バカか、貴様は!?」
「あんな飛び道具に頼るなど、軟弱者のすることだ!!」
俺は、奴らに散々に罵倒された。
特に、聖王国の総大将である大将軍ドリアヌスという老害に。
「神と精霊の加護を授かった剣の騎士を何だと心得る!? 貴様のような若造が、国と世界を腐らせるのだ!! 恥を知れ、この売国奴め!!」
ドリアヌスは、新聞や公告にまで俺の名前を出して散々に侮辱した。
自分たち権力者は安全な首都に引きこもり、若者や貧しい者を危険な戦地に送り出している分際で。
国を腐らせているのは、俺じゃない。あいつらだ。
なのに俺は、同僚や民衆、故郷の人たちにまで汚い言葉を浴びせられる。
剣の騎士。昔からカッコよかったものに、皆が夢を抱いて、古い考えに固執していたのだ。
俺に賛同してくれるのは、メロディ、ギルバード、ヘンリー、ほんのわずかな仲間しかいなかった。
ギルバードは死んだけど……。
「銃と大砲。私は賛成よ。ヴィー」
ララリーナは、俺にひっそりと言ってくれる。
聖女のあいつは、世界の希望という立場があるから、民衆の反感を買う意見を、公にするわけにはいかなかった。
「だからあきらめないで。ヴィー……」
俺は研究員の職務の片わら、銃と大砲の研究に没頭した。
すべては、あいつらのために。
そうやって磨いた俺の研究技術は、いつの間にか小帝国まで追い抜いてしまったらしい。
「……私は、帝国の工作員です」
俺にそう言った青年カルロスは、全く別の国の商人のはずだった。
研究のための取引相手で、公園で談笑していた時に突然言われた。
人間たちが魔王軍に追い詰められている中、小帝国は地道な功績を重ね、聖王国側の一方的な言いがかりによって、両国は敵対していた。
つまりこの青年カルロスは、俺にとって敵国のスパイというわけだ。
「あなたが研究した技術があれば、この戦争は勝てます……。ヴィクトールさん、私と一緒に帝国に来てくださいませんか?」
要するに、俺を勧誘したいのだ。
この国を捨てて、帝国に来てくださいと。
「断る。国を捨てる気はない」
「……こんな国でもですか?」
俺は、言い返せなかった。
「それでもあなたがここに残りたいのは……ララリーナさんがいるからですよね?」
「帰れ。二度と俺の前に現れるなよ……」
研究に戻った俺は密告しなかった。
そんな奴になりたくないのもあったけど、研究がここまで進んだのは、カルロスのおかげでもあったから。
そんな矢先のことだった。
「魔導学院研究者ヴィクトール、あなたを我が聖王国より追放します!」
俺が、ララに追放されたのは……。
俺を閉じ込めた窓のない馬車は、ずっと走っていた。
「おい、どこまで行く気だよ?」
走る馬車の中で、俺が聞いても、目の前に座る二人の騎士は答えない。
やがて、馬車が止まった。
外から合図が聞こえ、二人の騎士が、いきなり刃物を取り出す。
殺される、と俺が思った瞬間、銃声が数発。
馬車の壁に小さな穴が空き、騎士二人が倒れる。
俺が驚いている中、馬車の扉が外から開けられた。
「ヴィクトールさん」
撃ったばかりの銃を持った、帝国スパイのカルロスだった。
「どうぞこちらへ」
外に出されて、誰もいない森の中を遠くまで歩かされた。
そして森の奥で止まっていた、別の馬車の中に案内される。
「はじめまして、ヴィクトール」
そこで待っていたのは、若く美しい金髪の青年。
小帝国の皇帝陛下本人だった。
俺は驚きながら、皇帝の向かい側に座る。
俺をここまで案内したカルロスは扉を閉じて、皇帝の右隣に座った。
「皇帝陛下……本物?」
「私が本物の皇帝だと、皇帝であるこの私自らが保証しよう」
俺が左に目を向けると、カルロスは重々しくうなずいた。
俺は視線を、皇帝に戻す。
「皇帝陛下が、ここに何の用だよ?」
「君に会いに。君を助けに。君を帝国へ連れて行くために。君の頭脳と技術が喉から手が出るほど欲しいからだ」
「俺を助けにって、追放されたことか?」
「いいや。我々がいなければ君は死んでいた。黒幕である大将軍ドリアヌスの陰謀によって。聖女ララリーナの協力がなければな」
ララの名前が出て、俺の意欲が俄然湧き立った。
「ララが関わってるって、どういうことだよ!?」
「ドリアヌスは聖女に迫った。君を僻地に追放しろ。そうすれば命だけは助けてやると。初めから裏切り、君を始末するつもりで」
俺を追放した黒幕は、ドリアヌス。
「相手の圧力に対し、聖女はイエスと答えた。彼女は初めからわかっていたのだ。将軍の真の企みも、これ以上国内で、真の権力者である将軍相手に君を守り切れないことも。だからカルロスを通じて、我々帝国に協力を求めた。幼なじみである君を助けてほしいと。君は知るまい。聖王国内の醜い権力争いの中で、自分がどれだけ聖女に守られてきたのかを」
「……どうしてドリアヌスは、そこまで俺を目の敵にするんだよ?」
「君の技術の素晴らしさは、連合諸国内に知れ渡ってきている。戦争の切り札になりえると。そうした動きを権謀術数に長けたドリアヌスは敏感に感じ取ったのだ。もし君の技術で戦争に勝利することがあれば、君をずっと否定してきた自分の地位が危うくなる。だからさっさと始末して、なかったことにしてしまえとな」
「俺の技術がそこまで?」
「私がこうして会いに来たのが、何よりの証明といえよう。君からすれば、私もドリアヌスも同類だろうがね」
俺は、歯がゆかった。
こんな奴らの好きにされている自分が。
「皇帝陛下……。あんた、俺を利用する気だろ?」
「否定などしない。我が帝国は、君の技術とこの戦争を使って、どこまでも登り詰めるつもりだ。聖王国を越えた真の帝国に」
「隠すつもりもないのかよ……」
「そうだ。だから君も我々を利用しろ。帝国に亡命して研究を続けることが、遠からず愛する者と仲間たちのためになるはずだ」
そう言われたところで、俺は怒りでいっぱいだった。
こいつらは、自分たちのために俺を――引き離そうとしているのだから。
皇帝が言っていたとおり、ドリアヌスと同じ穴のムジナだ。
「ヴィクトールさん……彼女から伝言を預かってます」
その時、カルロスが話しかけてきた。
「……あいつは、なんて?」
「『今までありがとう。こんなことをして本当にごめんなさい。どうか私のことは忘れて、元気に生きてください』と」
「……そうか」
「ヴィクトールさん、彼女が本当に言いたかったことは……」
――ずっと待ってる。だから――。
「わかってる。言われるまでもねえ」
「出しゃばりました……」
「いや、いいんだ。ありがとう、カルロス。お前はいい奴だ」
「……スパイですけどね」
俺は、皇帝の方に向き直った。
「皇帝陛下」
「なんだ?」
「……行きます」
「……そうか。感謝するぞ、ヴィクトール」
「俺をすぐに帝国の研究室に連れて行ってくれ。金も設備も自由に使える特権つきで」
「もちろんだとも。君を我が帝国の研究主任に任命しよう」
帝国に渡った俺は、ヴィクトールという名前はそのままで別人となり、新たな研究室で働いた。
来る日も来る日も、寝ない日々を送って、兵器開発に没頭した。
銃を、大砲を、その他の新兵器を、実用化するために。
研究は、見るからにはかどった。
帝国内の設備は最高度で、何でも自由に使えた。
俺を批判する者はいない。むしろ褒められた。
聖王国と比べれば、楽園。環境が違うだけで、こうも違うとは。
けど、それはあくまで研究面だけ。
俺からすれば、やっぱり地獄だ。
皇帝やカルロスには感謝しているけど――ララがいないんだから。
一進一退の帝国と比べて、聖王国はどんどん押されていった。
聖女一人で、どうにかなんてできない。
待ってろよ、ララ。俺が今行くからな――。
そして、二年後。
銃と大砲の実用化に成功した俺は、新兵器の第一人者、指揮官の一人として前線へ。
新兵器を駆使した帝国軍は、魔王軍に対して初となる大勝利を収める。
しかし同時期、聖王国軍は大敗を喫した。
魔王の軍勢が、首都のすぐそこまで迫りつつあるという。
スパイ容疑で逮捕されたカルロスの、最期のメッセージだった――。
皇帝陛下は、自ら軍を率いて救援に向かう。
当然俺も、部隊を率いて加わった。
帝国軍が到着した時、既に聖王国の首都の城門は突破されていた。
魔物たちに侵入されて、陥落寸前だ。
「撃てー!!」
帝国軍は、後方と側面から魔王軍に攻めかかる。
俺の開発した新兵器が、首都を攻める魔王軍を蹴散らした。
突破口を開くと、俺は自分の部隊を率いて、首都の中へ突入する。
聖女の部隊が最後の抵抗をしているという首都の中心部へ。
「ララー! ララー! ララリーナー!」
俺は部隊を率いて魔物たちを倒しながら、首都の街中を突き進む。
この近くのどこかにいるはずだ。
「落ち着いてください、隊長!」
副官にも注意されるが構わない。
そして――俺は見つけた。
「……ララリーナ!」
魔物と仲間たちの死体の中、俺の幼なじみは両ひざを落として、顔を下に向けてうずくまっていた。
部下たちの前で、俺はララの肩に手を乗せる。
「ララ! ララ! 生きてるか!?」
返事がない。
「ララ! 返事をしてくれ! 俺はずっとお前のために……」
「……ヴィー?」
忘れもしない。三年ぶりのあいつの声。
「……ヴィーなの?」
「ああ。そうだよ……。俺だよ、ララ」
俺も両ひざをついて、ララを優しく抱きしめた。
俺の部隊で手当てしてなければ危ないところだった。
重傷のララが、担架に運ばれていく。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさい、ヴィー……」
「俺こそすまなかった。力が無くて、お前をずっと一人にして……」
「ヴィー……」
「あとのことは任せて、ゆっくり休んでろ。また会いに行くから……」
聖女の部隊は、ほぼ壊滅。半分が死んで、半分が重傷。
没落令嬢のメロディは、ララの副官になっていた。
俺との再会を楽しみにしていた詩人のヘンリーは、一週間前に……。
二人は、婚約していたらしい。
聖女と仲間たちは、王侯貴族と避難民がいる首都の中心部を、俺たち帝国軍が来るまで立派に守り通したのだった――。
「ようこそお出でくださいました! 皇帝陛下と帝国軍の皆様方!」
俺が見ている中、首都の中心部から全くの無傷のまま出迎えてきた総大将ドリアヌスと取り巻きたちは、皇帝たちに精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「我々をお救いくださいましたこと。我等聖王国一同、心から心から感謝いたしますぞ!」
「……礼には及ばない、ドリアヌス将軍。諸国連合、いや同じ人間として、当然の義務を果たしたまでだ」
ドリアヌスに対して、皇帝は礼儀正しく応じる。
実はずっと以前から、俺の元に、ドリアヌスと取り巻きたちの賄賂と嘆願書が山のように来ていた。
「安心してくれ。約束しよう、ヴィクトール」
ここに来る前、皇帝はこう言ってくれた。
「聖王国は一切滅ぼさず、きれいに生まれ変わらせる。ドリアヌスを筆頭とする上の連中の首を、文字通り、ことごとくすげ替えてな」
「……ありがとうございます」
ドリアヌスたちは、必死に媚びへつらう。粛清される運命も知らずに。
その後、皇帝率いる諸国連合軍と、魔王自ら率いる魔王軍との一大決戦が行われる。
その戦いの中で、俺は、とんだヘマをしてしまった。
「ぐおおおおおおおおおおー!!」
あいつのために絶対に勝とうと張り切り余り、空から襲来した飛竜の炎の爆発をまともに受けてしまったのだ。
「隊長ーー!!」
倒れる中、遠くから副官の声が聞こえる。
「まずい! まずいぞー!!」
どうやら魔王軍の反撃を受けているらしい。
――俺は死ぬのか。あいつとまた、話もできずに。
その時、やって来てくれたのが、聖女率いる聖王国軍。
帝国の新兵器を手に入れ、新たに生まれ変わった聖王国軍だった。
「ヴィー!? ヴィー!?」
「………………ララ?」
動けない俺は、嬉し涙を流すララリーナに優しく抱きしめられる。
「お前、また……」
「……うん。来ちゃった」
聖女ララリーナは、俺が製作した特別製の二挺長銃を両手で振るう。
「……あとは、任せて」
聖女の活躍のおかげで、諸国連合軍は一大決戦に勝利した。
俺は、全治四ヶ月の重傷。
野戦病院の個室をあてがわれ、ベッドの上で全く動けず包帯だらけの姿で寝たきりとなる。
「……ヴィー」
そんなところに、ララが来てくれた。
「……ララ」
話すだけで身体がつらい。
「お前、任務は?」
「あなたこそ、こんな無理して……」
そこで、会話が途切れてしまう。
ララリーナは躊躇いつつも、ベッドのそばに置かれていた椅子に座った。
「ねえ、ヴィー……聞かせて」
「……なんだよ?」
「あの時『お前のために』って……どうして首都にまで来てくれたの?」
ああ、それか……。
「あれって……どういう意味?」
「……ちゃんと答えたいから、顔を近づけさせてくれるか?」
「……えっ?」
「頼む……」
ララが自分の顔を、俺の顔に近づけてくれた。
「なに、答えって?」
「もっと、顔を近くに……」
「こう……?」
そばに来てくれたララの唇に、俺は必死に身体を動かしてキスをした。
不意を突かれたララリーナが、キョトンとした顔を浮かべる。
「ヴィー……?」
「今のが、答えだ。ずっと言えなかった、俺の……」
俺の唇が、ララの唇に塞がれる。
「……私も、同じ。ヴィーが好き。愛してる」
何度も、何度も。
「私……聖女になんてなりたくなかった」
ララが泣いた。俺も泣いた。
「ずっとヴィーと一緒にいたかった……」
「俺もだよ、ララ……。ララリーナ……」
戦争は、終わった。
俺とララリーナの部下たち、研究室の同僚たち、皇帝陛下にまで――仲間たちにさんざんからかわれた後で。
その後、研究施設もある士官学校で、俺は研究主任、ララは教官になる。
仲の良い二人として、士官候補生たちからも祝福される日々。
追放された俺たちはやっと、一緒になることができたんだ。