3.逆夢のような世界
馬車でもディアメリオ様はずっとこの調子だった。
いつもなら向かいの席に座っていたのに、今日はずっとぴたりと肩を寄せて座っている。
離れようとすれば、「ルシアはこれが嫌なの?」と聞かれる。見たこともないその切なげな瞳に私は抗えるはずもなく、ずっと肩を抱かれていた。
これは、どういう状況だ。
つい先日まではこんな人じゃなかった。お互い気軽に触れることもなく、ましてや私たちはちゃんと手を繋いだことすらないのだ。手が触れるのはエスコートの時だけ。
ディアメリオ様は今、私の髪を優しく梳いている。
正直心臓が持たない。早鐘を打つ心臓の音がディアメリオ様に聞こえていないか不安になる。今私の顔は他の人に見せられないくらい真っ赤だろう。
「あの、ディアメリオ様……?」
「何?僕に何か聞きたい事がある?何でも聞いて。ルシアからの質問なら何でも答えるよ」
「えっと……」
何でも聞いていい、と好きな人から言われると、かえって言いづらい。どうしようと視線を彷徨わせていると、バチッと目があった。その瞳は今までとは全く違っていて、何故だか少し寒気さえした。
「ルシアは可愛いね。虫がつきそうで、僕、心配だな」
「虫、ですか?」
「ルシアは心配しなくていいよ。そんな身の程知らずが現れたら、もう二度とルシアに近づけないようにするから」
「……?はい、ありがとうございます」
虫に好かれた記憶はない。ディアメリオ様の話はよく分からなかったけど、取り敢えず頷く。私の反応に満足したのか、ディアメリオ様は嬉しそうに笑った。
「それで、ルシアが言いたいことって何?」
「あ、えっと」
「もしかして、婚約破棄したい、とか?」
ディアメリオ様の瞳が不安そうに揺れた。
そんな誤解はしてほしくない。私は思い切って告げた。
「ディアメリオ様は、私のこと、どう思っていますか?
ディアメリオ様は私の事、興味ありませんよね……?」
「興味がない?それ、誰が言ったの」
「あ、それは、私がそう思っただけで……」
もごもごと呟く。心臓が煩くて、近くにいるディアメリオ様に聞こえないかと不安になる。
沈黙が落ちることはなく、ディアメリオ様はあっさりと返答した。
「興味あるよ。だってルシアのこと愛してるし」
「あ、愛…ですか」
「うん」
当然の事というように、ディアメリオ様は一切の躊躇いもなく頷いた。
好き、ではなく愛。今まで一度も好きと言われた事がなかった相手に「愛してる」なんて言われて、確かに嬉しいけれど、同じくらい困惑している自分がいた。
ディアメリオ様が素っ気なかった期間があまりにも長すぎて、急に好意を伝えられてもいまいち信じきれない。
「ルシアは?ルシアは僕のこと愛してる?」
「あ、えっと……はい」
「本当?良かった……すごく嬉しい」
花が綻ぶような笑みを浮かべ、ディアメリオ様は私をきつく抱きしめた。ディアメリオ様の心臓の音は私と同じくらい高鳴っていて、そのころころと変わる表情にもまた戸惑う。
自分が一世一代の告白をしたことも忘れるくらい、ディアメリオ様の変わりように驚いていた。