第8話 姉の泣き顔 老人カラエル
先日の父親が帰って来てから自分の縄張りのようなものが減ってしまった気がする。
違和感でしかない。
父が家のど真ん中に居座っている。
母は、父との会話の途中で時々立ち上がったり、何かをとって来て父親に見せたりしている。
家にいない間に起きた事や、案内等の確認などをしているのだろう。
しかし大の大人が一人居るかいないかでこうも違うのか。
居場所も無いし、狭く感じる。
父のことは理解したつもりではあったが、やはりまだ嫌悪感はぬぐえない。
この環境にも慣れないとな。
現状、今まで僕中心で世界が回っていたものが、父親中心の世界に変わってしまった訳だが、また嫉妬心のようなものが芽生えてくるのが分かる。
この前は父親に母達を取られてしまったことに嫉妬しているのだと気が付けて良かったと思う。
そうでなければ、この人が嫌いなのだと、生理的に受け付けないのだろうという事で結論付けてしまっていたかもしれない。
体はまだ3歳だが、一応大人のつもりだ。
心の制御もある程度出来る様になってきた。
居場所が無ければ自分で作ればいいのだ。
そうだな。
当面は無理だろうが、姉のように自由に出来る様になれば、秘密基地を作ろう。
うん。
いいねそれ。
子供だから許される事も今のうちにやっておかねば。
そういえばアリシアは何処だ。
子供だから許されるって流れでアリシアの事を思い出した。
アリシアへのアプローチ(セクハラではない)をせねばと思い出したからだ。
子供のうちに「お姉ちゃん、大きくなったら結婚しようね」ってのを言わねばと、ずっと思っていたのだ。
大人になってから地味に有利に働くだろうし、大人になってそういう雰囲気でなければ流してしまえばいいからだ。
それに3歳と言えばまだまだ離乳したばかりでオッパイ大好きだ。
それが普通だ。
そう。
それが普通なのだよ。
ということは、おっぱい大好きでなければ不自然という事だ。
あくまで演技。
3歳児を徹底する為に必要な大事なことだ。
決してやましい事では無い。
例えやましい気持ちであったとしてもそれは悪では無いのだ。
生前は女性に触れば犯罪だとか、下着を見れば変態だとか、裸を見れば不健全だとか。
アニメでは主人公がラッキースケベで毎回殴られるだとか。
スケベはダメで暴力はOKなのか?
だから若者は性への印象が悪くなり、興味を持つことさえ悪みたいな流れになっていた気がする。
あれじゃぁ少子化になるのは当然の流れだ。
もちろん他にも問題は多々あるだろうが・・・。
それでだ。
だからだ。
エロいことはいい事だ。
健全である。
それが証明された。
そしてアリシアを健全へ導くのだ。
僕はアリシアへのエロを正当化する事に成功(自分の中で)した。
そう瞬間的に僕の中で処理され、再度アリシアが居ないか探したが・・・やはり居ない。
虚無感が凄い。
何処に行ったんだ?
考えても仕方がないという結論に至った。
母に聞いてみよう。
「お母さん。シアネェは?」
一応父親と母親の会話を邪魔しないタイミングを計ったつもりだ。
色々と問題ないだろう。
「あら、何日か前お別れしたじゃない」
は?
・・・お別れ?
さっきまで少子化問題を瞬時に処理していたはずの僕の脳内CPUは、コレまた瞬時に機能を失った。
覚えていない。
ちょ、ちょっと待ってくれ。
お別れは突然にって。
そんな感じのゲームのアイテムがあるのは知ってたが、それがまさか自分の身に降りかかって来るとは思いもよらなかった。
いや、何かがおかしい。
引っかかるものがある。
落ち着くんだ俺。
そうだな。
おそらくではあるが、今生の別れと言うわけでもないと思う。
僕とアリシアの仲だ。
本当のお別れとなれば涙涙のお別れになるだろう。
今回の別れは短期的なもののはずだ。
・・・そうだ。
途中から寝てしまって結論に至っていなかったが、あの時アリシアは治癒・蘇生部隊とかなんとか言っていた。
もうすぐ明食だったか、それも始まるらしいし。
それ絡みなのは間違いないだろう。
明食の期間は1年とか言ってたか?
1年か。
まぁ、一生会えないという事では無いだけマシだろう。
それにアリシアは僕達を守ると言っていた。
それは近くにいるって事だ。
合っていると思う。
なる程なる程。
色々見えて来た。
で、結局明食って何だっけ?
魔物とかアリシアが部隊に所属するとか色々あって、全部に整理が付いていない。
本当ならば3歳児だからして、へーそうなんだくらいに思っておけばいいのだと思うが、僕の場合ある程度理解してしまっている為そう呑気に構えていられる自信はない。
母は、毎回いつもの事の様に話していた。
姉ではなく僕メインで話しかけて来た事を見ると姉は知っているという事になる。
経験済みなのか?
あぁ。
子供の特権を使った悪戯として、アリシアへのセクハラを正当化している場合ではなかった。
そろそろ真面目に将来の事を考えとかないと、えらい事になりそうな気がする。
姉が剣術に熱心なのも明食を経験しているからだろうか。
タイミング的に、おそらくアリシアはその治癒・蘇生部隊と合流するべく出発したのだろう。
アリシアは優秀だそうだから、大丈夫だとは思うが、防衛戦線に出る事には変わりない。
やはり心配だ。
今思えば、僕が寝ている時に起こされて誰かが「行ってきます」と言って、おぼろげに「行ってらっしゃい」と返事した気がする。
あれが夢では無かったとすれば、それが母の言う『お別れ』なのだろう。
あー、そんな気がして来た。
十中八九そうだと思う。
僕は一連の出来事を、そういう結論で腑に落とす事にした。
さて。
どうしたものか。
僕に何も出来ない事がもどかしい。
かと言って、出しゃばるつもりもない。
僕が積極的に乗り出して良かった試しがないからだ。
3歳だし。
まぁ、臆病者なだけかもしれないが。
色々思っていると唐突に父が大事であろう事を言い出した。
「セリーヌ。実は現地でロングソードを10本作ってくれって頼まれてなぁ。城都には一緒に行けないかもしれない。急いで仕上げてみるが、間に合わなかったら3人で先に行っててくれないか」
「あら、10本も。良かったですね、リネイル」
「まぁそうだな。お前には迷惑をかけてしまうかもしれんが」
「そんな事ありません。城都には馬車で2日もあれば着きますから。子供達も大きくなりましたし、こちらは大丈夫ですよ。それにしても大事なお仕事です。10本・・・間に合いますかね?」
「問題はそこなんだ。どうだろうな。もしかしたら一回、この家で明食をやり過ごすかもしれん」
途中から母は神妙な面持ちでの受け答えに変わった。
最近二人が言葉を多く交わしてくれるのもあって、僕の読解力が上がっている。
言葉のシャワーってヤツだ。
リスニングだけなら早口でも大人と変わらず理解出来る自信はある。
話を聞くに、どうやら4人全員での避難は厳しそうだ。
父1人ならやり過ごせるというのだろうか。
その明食とやらを。
あぁ、もしかして地下の職場はシェルターの様な役割も果たしてるって事か?
なる程。
確かにそれなら安全かもしれない。
「早速街へ剣の材料を調達して来る。ついでだ。他に何か用事はあるか」
「そうですね。私も用事がありますし、一緒に行きましょうか」
「ん、そうか。分かった」
うん。
家族で出かける事になりそうだ。
出かけると言っても往復10分で済む様な距離なのだが・・・。
とは言え初めての家族揃っての外出だ。
街のお出かけは色々と情報が集まって楽しい。
街というか村というか。
そこへは何回か行った事もある。
と言っても毎回視点が低く、人で視界も悪いので、あまり情報は集まらないのだが。
大体出店のような店で果物と野菜等を売っていて、そこで買い物をしてから帰る。
それらの店は僕らの家から一番近い出入り口付近に出店してあり、そこよりも奥へ行った事がない。
この街には結構人が居る。
鍛冶屋の職業が成り立つのだから、それなりの規模集落だ。
と言っても目算200人程度だと思うが。
家の中に居る人も含めればもう少し多いかもしれない。
そしてひたすらに女、子供の比率が多い。
戦争やってるからなのだろう。
男は出兵してるからな。
多分そうだ。
「セレン、リン、お出かけ行くよ」
「はーい」
姉が木剣片手に外から帰ってきた。
マイ木剣ってヤツだと思う。
外で素振りか、剣を使って遊んでいたりとかしてたのだろう。
ちなみに僕はマイ木剣持ってないから、いつもは外で姉を見ているか、その辺の葉っぱで遊んだりしている。
あまり危険な事をしたら単独外出許可が出なくなるだろうから、現在はその辺の模索中なのだ。
父親が帰って来てからは余計そんな時間が増えた気がする。
姉も僕に構ってくれてもいいとは思うのだが、彼女は素振りに夢中だ。
父にいい所を見せたいとかもあるのだろうか。
帰ってきた姉は汚れている木剣を掃除し、すっぽり入る布袋に大事そうにしまって紐を結んでいる。
僕には触られたくないのだろうというのが感じられる。
宝物って感じかね。
姉も準備ができたようで戸締りもそこそこに家を出た。
家を出るとすぐに集落を囲った塀も見える。
建物の屋根も顔を出しているのが分かるが、近付けばその屋根も塀で見えなくなる。
姉は道中、花を摘んだり蝶々を追いかけたりしている。
僕も本当は、あの位の子供っぽい演技をしないとダメなのかとか少し思ったが、まぁそこまでしなくても大丈夫だろう。
街の入り口にはものの数分で到着した。
入るとすぐに違和感が。
明らかに雰囲気がいつもと違う。
人が少ない。
何回か行った時は少なくとも周囲に50人は居たと思う。
それなのに大広間に出ても5人程まばらに人が居るだけだった。
推測するに、明食の準備でもう既に避難してるのだろう。
この時もうすぐその日が来るって事を肌で実感した。
少し緊張する。
「じゃぁここで別れましょうか。セレン。一緒にいきましょうか。リン、あなたはどうする?お父さんと行く?」
「お母さんと行く」
父は姉と一緒に行けなくてしょんぼりしているのかとチラリと見たが、そうでもない。
真剣な顔をしている。
今後の事を色々考えているのだろうか。
「一刻程したらここへ。しばらくしても私が来なかったら先に帰っておいてくれ」
「分かりました」
母はそう言うと僕と姉を連れて街の中央へと誘った。
「お父さん、何で別々に行くの?」
姉が小声で母に聞いている。
「お仕事だからよ」
「ふーん」
納得していないご様子だが、子供ながらに空気を読んだのだろう。
その後は特に何も言わなかった。
「さ、入るわよ」
母親は一際大きい建物の前で止まって言った。
それは街の中央に象徴であるかのように建っていた。
文字が読めない僕にとって、ここが何か正確には分からない。
分からないが、ここは市役所や町役場みたいな所だろう。
そんな感じがする。
比較的最近建てられたもののようだ。
僕は周りを見渡しながら、母が大きな扉を開けるのを見ながら一緒に入った。
姉は初めてではないのだろう。
特にこれといった所作もなく、僕らが入った後にドアを自分で押し入ってくる。
姉もだいぶ力があるのね。
今の僕ならあの扉に押し負けてしまいそうだ。
床には大理石が敷き詰められ少し高級感がある。
外と同じように人は少なく、3人の革靴の足音がよく響く。
「カラエルさん、こんにちわ」
「おぉよく来たね。セレーヌちゃん。どうだい。リネイルは元気で帰って来たんかい?お?おチビちゃん達は元気そうだな。えーっと、リンちゃんと、あーー」
「セレンよ。もうすぐ3歳になるわ。リネイルも元気よ」
「おぉ、そうかそうか。3歳か。ほぉ、立派なもんじゃの。うちの孫とは大違いじゃ。リネイルも元気で何より何より。フォッフォッフォ」
母が語りかけたこの男、何歳だろう?
長老みたいな雰囲気だしてる。
この世界なら200歳とか居るのかな?
まぁ普通の人間なら80とかに見える。
案外60代って事もあるかもしれないけど、まぁ、120歳と言われても驚きはしない。
そんな雰囲気をだしてる。
白髪のちょんまげを赤いリボンで作っているのが可愛くて笑える。
アホ毛みたいだな。
少ない髪を健気に少し束ねているのがポイントなのだろう。
アゴ髭も白くて長くてカールしてて手間がかかってそう。
この爺さん。
只者ではないな。
低めのカウンター越しに見える爺さんの顔をマジマジと観察してみたが、やたら面白い。
個性っていいよね。
「それで、最終の便は何日後になるかしら。それに乗せて欲しいのだけど」
「最終はなぁ、20日後だで。最終日は乗り込む輩が多いからのぉ。一応3台馬車は用意してあるが、18人も乗れたらいい方じゃろて。今の所半分は席が空いとるが・・・、なるべく席を空けときたいんじゃ。あー、ロードさん所はもう少し早く避難する事は出来んかの?」
「そうですね。リネイルは最終にも間に合わないかもしれないのですよ。だから少しでも一緒に・・・。食事の用意等出来ればとも思っておりまして」
「あぁ〜、という事は仕事絡みかや?いやそれは仕方がないのぉ」
「馬車を4台に増やせるか次の便で伝言を頼んでみようかの」
「あら、ありがとうカラエルさん、今日もリボンがかわいいですよ」
「いやはや、その笑顔はワシにはもったいないじゃろて。リネ坊にあげときなさいな」
母も案外気さくな人なんだな。
まぁ、このカラエルなる爺さんが相手だからってのもあるとは思うが。
しかし僕は母が楽しそうに話す爺さんにまで嫉妬しそうな自分が怖い。
なんか生前の何かを思い出しそうだ。
まぁ、後でいいだろう。
「さてと。セレン、リン、ちょっと待っててね。書類書いて来るから」
おっと。
情報収集の時間だ。
しかし街がガランとしていた。
食料の買い出しとかは大丈夫なのだろうか。
その辺も色々と心配になってしまうが、まぁ流石に任せといて大丈夫だろう。
実は気になってる場所がこの建物の中にある。
掲示板だ。
だやら分厚い茶色がかった紙をコルクボードに所狭しと乱雑に貼り付けられている。
しかもそのコルクボードが長い長い。
壁の端から端まである。
長さにしたら20メートルくらいか。
文字はアルファベットに似ているが、少し違う。
喋り言葉も発音はどっちかと言えば英語に近いが、自由度は日本語並にあると思う。
そして思った。
読み書きがしたい。
この掲示板に書かれてる内容を知りたい。
これが知識欲ってやつか。
勉強したいってそろそろおねだりするかな。
勉強と言えば、剣術もそろそろ声がかかる頃か。
正直やりたくないけど、義務教育というなら仕方があるまい。
あ、姉は文字分かるかな?
聞いてみよう。
「お姉ちゃん。これ、なんで書いてあるか分かる?」
「ん?どれ?」
「ほら、この紙いっぱい貼ってあるやつ」
「えっと・・・」
ん?
読めるのか?
と少し思った。
が、1分もしないうちに表情が変わった。
「うっ・・・」
え?・・・え??
少し泣きそうだ。
何で??
姉のプライド的な?
女心ってやつか??
俺に『分からない』って言いたくないのか?
生前の嫁も俺には絶対謝らなかったもんな。
そんな感じで何か言いたくない単語でもあるのだろうか。
・・・よし。
ごまかそう。
「あー、ウンコはこちらでして下さいって書いてあるのかな?」
姉はこっちをみて苦笑いに表情が変わった。
「バカね。そんな訳ないでしょ」
「じゃぁ・・・、お母さんに聞いてみたら分かるかな?」
「そうね。お母さんに聞いたら分かるよ」
「そうだね。ありがとうお姉ちゃん」
ふぅ。
なんとかなったか。
この年頃の子供はウンコ大好きだからな。
それ言ってれば誤魔化せるのだ。
しかし姉も負けず嫌いだな。
そして少し言葉が悪い。
道場で覚えて来たのか?
道場・治安で、検査してみたいもんだ。
姉に聞いても分からなかったが、多分この紙は依頼書だと思う。
クエストってやつか?
ギルドとかもあるんだろうか。
思っていたら奥の方で母がコルクボードの端の方でマジマジと貼り付けられていた紙と睨めっこしていた。
書類もう終わったんかいな。
早いな。
僕はフラリと母の側に行き、ここぞとばかりに聞いてみた。
「お母さん、何みてるの?」
「・・・・・・」
反応がない。
ただの美人のようだ。
「お母さん、・・・お母さん!!」
「あ、何?セレン」
「お母さん、何見てるの?」
「掲示板よ」
「掲示板?」
僕は「掲示板って何ですか?」ではなく、あえて言葉少なく答えた。
そしてポカーンとした表情をするのもポイント。
どうだ。
これが数年で培った子供スキルだ。
まぁ、生前でも少年の心を持ってたからな、得意なんだ。
元々バカだし。
あ、今もバカか。
「えーっと、そうね。お願い事が書いてある場所よ。この場所が誰でもお願いしますが出来る所で、誰でも頑張りますが出来る場所でね。」
あー、翻訳すると、フリーの依頼発注場所って事か。
「こっちからこっちが、お父さん達が頑張る所ね」
んで向こうっ側、コルクボードの半分が、なんらかの資格が必要ってことでいいのかな。
分かりやすい説明ありがとう。
って事は父のような一般人も受けれるんだろう。
しかし、なかなか面白いシステムだよな。
ここ利用すれば毎日5時に夕食を届けてくれって感じで、出前頼む事も可能なんじゃないか?
要は何でも屋だろ?
エロい事にも使っていいのかな?
デヘヘヘ。
姉は掲示板には興味ないようだ。
大理石の模様を辿って冒険でもしているのだろう。
ピョンピョンと模様から模様まで飛び移っている。
「ほとんど依頼取り消しね。残ってるのはドラゴンの探索とかゴブリンの生態調査と・・・」
わお、ドラゴン。
んー。
ワクワクとドキドキとガタガタが止まらない。
実際に居ると分かると怖いもんだな。
飛んでくるってのが怖い。
それにゴブリンとか、関わりたくない。
地味に知能があるだろう所が怖い。
生きたまま何かされるとか、考えただけで恐ろしい。
まぁどっちも詳しくは知らないからイメージだけど、警戒して悪い事は無いだろう。
母はどんな依頼を探していたのだろうか。
家の掃除とか家事手伝いとかか?
何にせよ我が家は裕福でない感じがする。
とは言っても、生前の感覚とは違うからな。
持ち家さえあれば電気代とかスマホ代とかもかからんだろうし、固定費はほとんど無いだろう。
家の庭で野菜もある程度は作ってるし、お金に関してはそこまで考えなくても大丈夫だろう。
姉はというと、ラスボスの部屋の角までたどり着いたようでこちらに帰ってくる途中だ。
勇者の凱旋なのだから道を開けねばなるまいか。
「あー、そうだ。セレン」
「何?」
「えーっと、そうね」
ん?
何だ?
母が思い出したかのように僕に話しかけてきた。
「もう一回あのおじいちゃんとお話しするから、ちょっとついておいで」
おお、僕絡みか。
って事は例のアレか?
「はーい」
僕は母と手を繋いで、カツカツと革靴の音を響かせまたカウンター越しのおじいさんの所に向かった。
「カラエルさん」
「ん?おー、はいはい。なんじゃ?」
「この子、そろそろ剣術を習わせようかなと思うんですけど、まだ早いですかね?」
「んー。そうじゃのぉ」
あー、やっぱりそろそろやり始めるんかな。
「リンちゃんの時はやる気満々じゃっだからのぉ。まぁそんなに焦らんでもええんじゃなかろうか。」
まぁ、確かにそうだよな。
3歳だし。
「そうですかね。・・・この子ちょっと変な所あるから、私心配で。」
おっとぉ?
俺の何処が変なんだ!?
ちゃんとやっていただろうよ。
んー。
確かに2人の会話を一字一句聞き逃さないようにガン見してるからな。
その辺か?
ハタから見たら変に見えるのだろうか。
そうだな。
以前からどこまで演技で通すものかと模索していた。
どうせ変に思われるなら演技してもしなくても一緒って事か?
まぁいいか。
とりあえず試しに少しずつ自我を出していこう。
「お母さん、文字読めるようになりたーい。」
「文字?リンもまだ習ってないわよ?」
母は、ホラ変でしょ?と言わんばかりにチラチラとカラエルの爺さんを見ている。
文字を読みたいと思うことは普通じゃないのなか?
「ん?」
カラエルはカウンターを乗り出しこちらをクイと覗き込んだ。
「んー。・・・ほう」
何がほうなんだ。
にしてもなんかくやしい。
こちとら子供を完璧に演技していたつもりだ。
何処がおかしいのか原稿用紙4枚程にまとめて教えて欲しい。
本当に。
お願いしますから。
すると爺さんはカウンターとカウンターの間にある板をずらして広間側に出てきた。
なになに、どうしたどうした。
カウンター越しには顔しか見えてなかったが、結構派手な格好をしている。
アロハシャツにルフィが履いてそうなズボン。
何だ?
この人、少年ジャンプ好きなのか?
結構細身だが、ヨボヨボした雰囲気は一切無い。
足音がしない。
変な爺さんだ。
僕の目の前で立ち止まると両膝を大理石の床につき、更に少し猫背にった。
「どれどれ」
この人はこの村のお医者さんか何かか?
触診をし始めた。
両肩、両肘、両手、両太もも、両膝と、ポンポンと叩いてくる。
次にアゴを両手で掴まれぐいと斜め上に向けられた。
アゴの裏に何があるって言うんだ。
更に反対側のアゴ裏をぐいとやる爺さん。
何はともあれ、よその子供をこんなに親身に見ようとしてくれる事はありがたい話だ。
母が頼っているのも分かる気がする。
そう思うようにしよう。
「目を見ろ」
語尾にじゃが無い。
まぁ、あるほうがおかしいんだけどね。
キャラ設定か?
見つめ合う2人。
美女相手ならいつまででもいいが、爺さんはなぁ。
流石に守備範囲じゃ・・・。
あぁ・・・、目を見ろ、と言われて見てみれば。
この爺さん、やたら闇が深い気がする。
目の奥にドス黒い闇を感じる。
中二病ではないつもりだが、そう感じてしまっている自分がいる。
女性ではない人の目をマジマジと見る趣味は無いが、そんな感じがするのだ。
それ以上は分からない。
何だろう。
闇、影?
疲れている?
そう。
そんな感じ。
呑気にしているようにみえる爺さんだが、全然そんな事なかった。
分からない。
分からない。
けどもう少しで何かが見える気が・・・。
「あー、・・・ふぅ」
カラエルの爺さんは梅干しを食べたかのような目と唐辛子を食べたような口でアクビをした。
いきなりだもんなビックリした。
何だこの爺さん。
「カラエルさん・・・」
「・・・あ、あぁ、この子はまぁ大丈夫だろう。明食も近いし、終わってから考えてもええんでないかの?」
「そうですかね」
母はまだ心配そうだ。
ちなみに僕はこの爺さんの方が心配だ。
色々と抱えてそうだけど、町長とかそんな人だからか?
荷が重いとか?
そんなだろうか?
まぁ人の事よりまず自分だな。
「掲示板には何かいいの貼ってあったかね」
「いえ、明食も近いですからね。さっぱりでしたよ」
「あー、まぁのぉ。って事はもう帰ってしまうんかい?」
「あー、そうですね。リネイルとの待ち合わせもありますし、そろそろ」
母がそう言うと、カラエルは唐突に何かを思い出したように言い出した。
「あー!そういえば干し芋を大量に作ったんじゃ、あんたもオッパイ出さにゃいかんだろう?持っていきなさい」
おい。
エロジジイ。
俺が離乳してるの分かってて言ってるだろ。
俺がガキって言いたいのか?
そう見られたんか?
まぁいいんだけどね。
何だかなぁ。
まぁ母もそんなカラエルの事を分かっているらしく、笑っていた。
それか干し芋を貰いたいが為に下手にセクハラ扱い出来ないのかもしれない。
カラエルはまたカウンターに戻って、裏の方をガサガサと探し、またカウンターから出て来て、結構大きめの麻袋を二つ、姉と僕に手渡してきた。
「持てるかい?」
「ありがとうは?」
僕が麻袋を手に取ろうとすると、母が言葉を諭した。
「ありがとう!持てるよ」
姉は無言で受け取り、中を覗こうとしている。
「ありがとう」
姉が虚な声でそう呟くと、姉は早く帰ろうの雰囲気を出してきた。
それが伝わったのかどうかは分からないが、帰る流れになりそうだ。
「今日は色々とありがとうございました」
「いやいや、美人さん2人も相手に出来るんじゃ。こちらこそありがたいわい。」
爺さんはしゃがんでまた僕の所に来た。
「セレン・・・じゃったのぉ。2人をしっかり守るんじゃぞ」
「・・・はい」
まぁ、男の子の扱い方はこんなもんだろうな。
目の奥は置いといて、いい爺さんだったな。
そんな別れを告げて出入口の大きい扉へ3人で向かう。
母がグイっと大きな両開きの片方の扉を開けて外に出る。
最後はバタンと大きな音が出ないよう、そっと麻袋を持っていない方の手と肩で扉に立ち向かった。
ちょっと扉の力に負けそうだ。
・・・少し、少し寒気がして建物の中をふと見てみると、爺さんは長い髭の生えた顎に手を当てじっとこちらを見ていた。
さっきまで見せなかった表情だ。
・・・爺さんには悪いが、その表情がちょっと不気味に見えた。
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