第7話 カシナの実と嫉妬 リネイルの帰還
母親が何かの気配に気が付き外に飛び出した。
出ると馬車がドンとそこにあった。
僕が外に出る頃には父らしき人が御者にお金を渡している所だった。
彼が父親のリネイルだろう。
アリシアの両親も一緒に来るだろうと勝手に思っていたが、当然のように一人で帰ってきた。
アリシアも今日居るものだと思っていたが、普通に居ない。
学校か何かの用事でもあるのだろうか。
母はリネイルの荷物を受け取り、僕には見せないであろう女の顔になっていた。
僕は彼が来たことにより、僕の周りの世界が変わったのが分かった。
それと同時に僕は彼をひどく嫌悪した瞬間でもあった。
「リネイル・・・、お疲れ様です。ご無事で何よりです」
「あぁ、セリーヌ。お前も大変だったな」
リネイルは母より半周り以上は年上の様だった。
40前後だろうか。
少し厳格な感じだなという印象を受ける。
戦争帰りだからだろうか。
身長は思ったより小さい。
下からではよく見えないが、母よりも小さいようだ。
母は170無い位か?
リネイルは165?
目算だが、アリシアと同じくらいだ。
自分が小さ過ぎて計りかねるが、そのくらいだと思う。
もう既に姉は彼と手を繋いでいる。
姉は彼にだいぶ懐いているようだ。
記憶のある頃と言えば2年以上前。
2歳前後の筈だが、よく覚えているものだ。
また僕から何かが奪われていくのを感じる。
嫌悪感が凄い。
「おぉ、リン。大きくなったな。ん?お母さんに似てまた美人さんになったなぁ」
リネイルは姉と視線を揃えるようにしゃがみながら言った。
思いの外ユーモアもありそうだ。
「ハハハ!」
姉はリネイルの右肩にヒョイと乗せられ、とても上機嫌だ。
姉が楽しそうにすればする程僕の居場所がなくなっていくような気がする。
リネイルは小柄だけどガタイが良い。
ガタイがいいと言っても、ムキムキのマッチョという訳ではなく体感強そうという感じだ。
リンを肩に乗せていて結構暴れているにもかかわらず重心がブレていない。
母親位なら、姉の乗っていないもう片方の肩に乗せれるんじゃないか?
そんな気がする。
これがドワーフの血というヤツだろうか。
「あなた。セレンよ。3歳になるわ」
母がそう言うと、リネイルは姉から視線を僕の方に視線を移した。
姉を地面に下ろし、頭にポンと手を乗せニコリとした後立ち上がった。
そして僕の所に来ると今度はで片膝をついてまた姉と同じように目線に合わせて来た。
「すまんな。お前が産まれてすぐに離れねばならんかった。父親のリネイルだ。お父さんと・・・呼んでくれるか?」
ここまでの流れである程度父親のことが分かった。
元々は頑固で真面目だが、ユーモアが無い訳では無い。
空気も読めるし、人への配慮にも気を遣っている。
母からは信頼されている。
あのクールな姉からあんなに懐かれているのも凄い事だ。
よっぽどの人物なのだろう。
まぁそんな気がする。
だからと言って僕との距離が縮まる訳では無い。
そもそも僕は人間の事が好きではない。
家族や血の繋がった人間は別だが、人が何を考えているのか分からないのだ。
分からないこそ仮説を立て、人の尻尾の尾を踏まない様に慎重に立ち回り、愛想笑いをしなければならない。
そういう対象でしかないのだ。
自分の数倍も大きな男となればなおさらだ。
知らない男がひょっこり現れて父親と言われても知ったことでは無い。
そもそも3年もこの男が居なくても生きていけたのだ。
今後この男が居なくてもやっていけるに違いない。
僕は彼の歩み寄った言葉に応えず母の影に隠れた。
どう接すれば良いのか分からないのだ。
「どうしたの?セレン。お父さんよ?」
母親は少し焦った素振りで声を掛けてくるが、僕は目の前のリネイルという男を警戒せねばならず、母の言葉に返事をする余裕が無かった。
「ゴメンね。この前、明食の話したらかしら。怖かったみたいで・・・」
ああ、2日前のあの話か。
あながち間違ってはいない。
が、それがなくともこの状況は変わらないだろう。
リネイルはなんとも言えない表情でこっちを見ている。
表情は硬くは無い。
が、笑っている訳では無い。
僕の目の奥を見透かそうという目だ。
もしかしたらそういう魔術があるのか?
あれから僕は疑心暗鬼になっている節がある。
魔術に対してあまりにも無知であるからかもしれない。
僕は眉間にピクリとシワが寄ってしまったと思う。
悪手だ。
相手を不快にさせてしまったかもしれない。
僕の仕草を見て悟ったのか、リネイルもまた困った顔に変わっていた。
まもなく彼の手が動いた。
僕の頭に伸びて来るのだと瞬時に判断出来た。
頭を撫でようとしてくれているのは分かった。
だがそれと同時に、頭を掴まれ投げ飛ばされるのではないかという恐怖も頭をよぎった。
僕はビクッとなり反射的に目を瞑った。
リネイルはそれを見て手を止めたようだ。
「まぁ、そうなるか」
「ごめんなさい。あなたの事あまり話せて無かったの」
「そのうち慣れてくれればいいさ。しかしお前も大変だったな。ようやった。頑張ったな。立派な男の子じゃないか」
そう言うとリネイルは立ち上がり、片腕で母親を抱きしめた。
抱きしめた腕を解くと、鼻で少し長く息をはいた。
それはため息を誤魔化したものだと僕には分かった。
他の人にはただ息を吐いたようにしか見えないのかもしれないが、僕の目にはそう見えた。
もしそれがため息なのだとしたら、その意味が僕には分かる気がするからだ。
きっと、僕が困ったヤツだからどうしたものかと落胆しているのだろう。
僕はまだ3歳。
1年か、3年か、10年か。
一生埋まらないかもしれない溝なのかもしれない。
仲良くなりたくない訳じゃない。
こんな子供で申し訳ないという気持ちも一応はある。
だが、そのため息は必然であり、僕の警戒もまた必然なのだと思う。
戦争が掘り下げた、僕とリネイルとの間の溝。
生まれてきて会えなかったこの数年は、僕にとってはあまりにも長過ぎたのだ。
生前と足せば同世代の人間か。
そう思えば距離は縮まるのだろうか。
それともあれは戦争で疲れたというため息だとも言うのだろうか。
・・・それが僕とリネイルの物心付いてから初めての対面だった。
僕は。
僕の思想は人とは違う気がする。
それは生前の幼少の頃から変わらない。
自分でも変だと思うし、無駄に複雑に考えてしまう節がある。
複雑に考え過ぎて、最早自分の事が分からない事さえある。
よって自分の事さえ分からないのに、誰かと理解し合える関係などあるはずもないと、当の昔に諦めている感じだ。
僕は本来の自分があまり好きではない。
あぁしよう、こうしよう。
あれはダメだ、こうしたほうがいい。
元々は活発でやんちゃな人間で、よく人を困惑させていたのを覚えている。
大体最後は見放され、一人ぼっちになるのだ。
そんな僕を僕は嫌いなのだ。
だから人に合わせて自分の感情、欲求を殺すようにしていた。
性格も前世から引き継いでいるようであるからして、この世界でも生き方は変わらないだろう。
父親とも距離は縮まないのだろうな。
そんな気がする。
僕は面食いである。
父親の顔は嫌いではない。
むしろ好きな方である。
ただ苦手だ。
リネイルとはそうだな、酒を飲み交わせば分かり合えるのかもしれない。
同じ趣味でもあれば仲良くなれるかもしれない。
が、無理に仲良くなる必要もないとも思っている。
お互いがお互いの責任でもって家族を守れればいいと思うからだ。
鍛治の職を教わるのだとしても、仲がいい必要も無い。
親は親の、子は子の責任を果たせばいいだけだ。
今回の問答で、彼が信頼足りうる人物なのはよく分かった。
母が愛しているのも頷けるし、姉が懐いているのも理解出来る。
もちろんそれはいい事だ。
だからこそ厳しい目で父を見るべきなのだとも思う。
優しいお父さんこそ裏があったりって話は生前のスキャンダルではよくある話だからな。
同時に僕の事を厳しい目で見て欲しいという気持ちもある。
そう・・・思う。
未来の家族を守る為に。
溝があるなら利用しようではないか。
僕はそう結論付けた。
しかし3年も戦争してたのか。
一回くらい帰って来れなかったのか?
まぁ今回帰って来ただけありがたいと思うべきか。
何回も返ってくる余裕があるのなら早く敵を制圧して来いってか。
余裕ぶっこいて負けちゃいました~じゃ、シャレにならないって事だろうか。
まぁ、国の方針とか色々あるだろうし、この世界の親子関係とはそんなものなのだろう。
父親が帰って来る前、皆少しソワソワしていた雰囲気があった。
母はお父さんいつ帰って来るかなぁと呟いていた。
父の帰って来る時間がアバウトなのだろう。
今日か明日とか言ってたし。
料理の準備やらをどうしたらいいものかと模索していたのは父が愛されている証拠なのだと思った。
そのせいもあって父親が帰ってきても特に料理やらは用意されていない。
用意する準備だけ出来ているって感じだ。
そして今、姉のリンと僕、リネイルの3人で居間に居る。
母はというと台所で料理の支度だ。
今日は豪華な料理になるのだろうか。
台所と居間に居ながらも、大きめの声で夫婦話しているようだが、姉が父の袖を引っ張り邪魔してしまっている。
「ねーねーねー。お外で遊ぼうよぉ」
「リーン、お父さんは疲れてるの。後にしなさい」
珍しく姉が叱られている。
リネイルが帰ってからやはり母の態度が少し違うのが分かる。
子供の躾が出来ているのかを、僕らの態度で見て図られてしまうからだろうだと推測する。
今日は母にとって、子育てがしっかり出来ているかのテストの採点のような日だ。
僕の考え過ぎなのかもしれないが、親だった経験があるからかそう見えて仕方がない。
そう思うと、さっきの僕の態度の事もあるし申し訳ないな。
何処かで何か出来ればいいが。
「えーー」
姉ががっかりした様な態度で肩を落とした。
「リン、お母さんと話が終わったら一緒に遊ぼうか」
姉の顔は曇りから快晴に様変わりした。
「やったー!ねーいつ?いつ?」
「お母さんと明日のお話が終わったらだなリン。・・・セレン。お前も後で一緒に遊ぼうか」
「やったー!」
「・・・。」
姉の疑問が解消されていない様に思うが、姉はとりあえずそれでいいらしい。
正直僕は遊ぶ気になれない。
母と一緒に居たい。
「あ、そうだ。セレン。一緒にカシナの実集めに行こう!お姉ちゃんが教えてあげる」
カシナの実。
ジュースにしたら美味いアレか。
いいね。
非常に興味深い。
母よ、僕は旅に出ます。
「お母さん、カシナの実集めて来ていい?」
「そうねぇ。でもお家の周りだけで集めなさい。ちゃんとセレンの面倒も見るのよ?」
僕は姉にちょっと強引気味に連れられ、カシナの実を集める事になった。
まぁ、母を独占したいという気持ちはあるが、あそこでリネイルと一緒は勘弁してほしい所でもあるし、カシナの実に興味もあるからこれでいいのだろう。
ほとんど外に出る機会も無かったが、この流れで外出許可がとれるようになりたいものだ。
だが、3歳ではまだ外を自由に歩かせてもらえないだろう。
姉に自由許可が出ている事にも少し驚いたが、いつからだろう。
思えば剣術を習いだしたであろう辺りから受け答えがしっかりし始めている気がする。
そこが大きいのかもな。
外から見ると分かるのだが、ロード家は低い山と山の間の盆地に建っている。
子供の足で5分程歩けば着くであろう場所に少し大きな集落が見えるのだが、丸太を地面に打ち付けられた壁に囲まれ、家周辺からは壁の中の様子はあまり見えない。
逆に言うと村のその壁くらいは見える距離って事だ。
200人とか300人とかの集落だと思う。
集落の中には何回か入った事があるが、結構人が居るのだ。
人が多いのは苦手なので積極的に行きたいとは思わないが、情報を集めるのはまぁ楽しい。
その村の反対側。
ちょっとした林、森とは言えないだろう。
もしかしたら森の入り口の様な感じなのかもしれないが、林といった方が自然だと思う。
その林の中、思いのほか近くにカシナの木が生えているようだ。
姉がしゃがんで早速集めている。
そう言えばカシナのジュースを飲んだのは去年の話か。
あれからこれまで、随分長かった気がする。
「セレン、おいで」
姉から呼ばれた。
はい。
なんなりと。
「これがカシナの実ね」
ん?この赤いの??
ちっせぇ。
BB弾とビー玉の中間位の大きさだ。
ベリー系に似ている。
てっきり柑橘系なのだと思っていたが、違ったみたいだ。
しかしこれ集めるのどんだけ時間かかるんだ?
「ほら食べてみな。美味しいよ」
言われるがまま丸ごと一粒食べてみた。
んー、美味しい。
けど圧倒的に物足りないし、皮や小さい葉っぱの様なものや小さな種らしき物が口に残る。
姉も一粒食べていて、見たら最後はプッとスイカの種の様に皮を捨てていた。
僕もそれに習いプッと吐き出した。
「んー、美味しい!」
皮のせいか、最後に少し渋く苦い後味がするが、子供のオヤツにしては上等だろう。
普通においしいとは思う。
本心ではあるが、姉の期待の籠った目線に、少し大げさに応えた。
姉は普通に嬉しそうだ。
これをジュースにか。
確かにそれはいいアイディアかもしれない。
皮の渋みや葉っぱの苦味等も避けて通れるだろう。
ただ、根気がいる作業だな。
なんか物凄い品種改良したい。
やり方は知らんが。
姉は塾している実とそうでない実の見分け方を教えてくれた。
赤い身が熟していて黄緑の身がまだ熟していない。
腐った身は自然と落ちるから気にしないでいいらしい。
赤い身は赤い身で、触って硬いのと柔らかいのがあるそうだ。
硬いのは、食べれるけど酸っぱいから赤い中でも選別しなければならないという話だった。
少ない言葉数ではあったが、整理するとそんな感じである。
幼いながら上手な説明だったと思う。
「おお、やってるなぁ」
家を離れて15分位だろう。
大人の男の声がした。
リネイルだ。
母との話が一段落したらしい。
カシナの実はまだ片手で持ち切れるほどしかまだ集まっていない。
姉の身長の2倍程の小さめの木だが、その木1本に50個ほどしか実が生っていない。
それに全部熟しているわけではないので20個ほどしか取れない。
更に半分は届かない実なので、1本の木から10個しか実が取れない計算になる。
ざっと見て200個以上は取らないとジュースには出来ないだろう。
姉と二人分なら400個か。
気の遠くなる作業だ。
姉は、ホラ!と、リネイルにとれた実を見せている。
20個程だろうか。
姉の手からは溢れそうだ。
ジュースには程遠いが、少し集まって来た。
「おお、懐かしいなぁ。お父さんも昔よく食べてたんだぞ?」
「お父さん、一個あげる!」
「お、じゃぁ頂きます。んー!美味い。ありがとうな、リン」
リネイルはそう言うと姉の頭をポンと撫でた。
ちなみにリネイルは、カシナの実は食べた後吐き捨てず、全部飲み込んだ。
これが大人ってやつか。
「どら、セレンはどうだ?集まったか?」
僕は慣れないリネイルの視線にやや怯えながらも、集めたカシナの身を持っている左手を開いて見せた。
姉の半分位。
10個程だ。
「セレンもだいぶ集めたなぁ。全部綺麗に熟している実を選んでいるのか?なかなかいい目をしている。やるなぁ。たいしたもんだ」
そう言って父は姉の様に頭ではなく、実を持ってない方の僕の腕を手でポンとさすった。
先の事で頭を嫌がったのを気にしてくれているのだろうか。
頭ではなく肩を触って来た。
優しいのだとは思うが、リネイルの力強い手がやはりまだ怖い。
「リン、籠持って来てないのか」
「あー」
姉はそう言えばそうだなといったような顔をしている。
「じゃぁお父さんが取ってくるから。ほら、集めた実はお父さんが持っておこうか」
すると父は両手を合わせて器の様な形にし、僕らに集めたカシナの身をココにと促した。
大きな手だ。
二人で集めた30個ほどのカシナの実はコロコロと手の中に転がり、リネイルが片手に持ち替えてもまだ十分な余裕があった。
僕はこの手に何故か敗北感を感じた。
何故そんな事を考えたのか、反射的にそう感じてしまった。
おそらくリネイルは、この手の様に器も大きく、頼りにされ、いざという時には家族を守れるのだろう。
僕は子供だから勝てるわけがないという話なのだが、成長した自分と彼を値踏みしても敗北を感じたのだと思う。
何故そんな事を考え、そう感じたのかはやはり分からない。
あの大きな手のゴツゴツした感じにだろうか。
僕らに対してお父さんを頑張っている所だろうか。
男として比べてしまう。
僕は父を超えられるだろうか。
僕がリネイルを苦手なのはこういう事を考えているからなのだろうか。
ーーはぁ。
ーーー。
「セレン。セレン!」
「はっ」
「どうしたのセレン。ぼーっとして。お父さんが面白い場所に連れて行ってくれるって!ほら、行くよ!」
「・・・うん」
弱い僕に選択肢は無い。
一緒なのが彼ではなくアリシアならどれだけ楽しいだろうか。
リネイルは姉と手を繋ぎ傾斜の穏やかな坂道を進んでいく。
この辺は入った事がない。
まぁ新鮮だ。
家の周辺よりも、やや暗くてひんやりする。
そして木の葉と葉の間から日の光が差し暖かい。
「この辺は野生の動物も少ないし、魔物も出たことはないが、繁殖期や春先は草食動物でも襲ってくるからな、気をつけるんだぞ。」
「はーい」
姉はちゃんと理解しているのだろうか?
僕も何となく分かったが、繁殖期や春先が具体的にいつなのかが分からなかった。
アリシアとなら質問して永遠と語り合いたい所だが、相手は男だからな。
質問は今度にしよう。
「さぁ着いた。どうだ。綺麗だろう」
歩いて3分位だろう。
そこには湖というには小さく、池というには大きな、まぁ湖という事にしとこう。
それがあった。
小高い崖の上から滝が流れ落ち、そこを起点に湖が広がっているのだ。
おそらくこの盆地一帯の源流の一つだろう。
水の透明度が半端ではない。
覗き込んで湖の底を見てみるが、透明度がありすぎて深いのか浅いのか分からない程だ。
斜めから太陽の日が差し、木陰が湖の中に入り込む。
太陽の光を湖が反射し、生い茂った緑をより輝かせていた。
青やオレンジや緑の鳥が飛び交い、湖の向かい側には鹿の様なトナカイの様な獣がこちらを見ている。
姉は言葉が出ないようだ。
僕も似た様なもんだが。
「母さんがこの場所を気に入ってなぁ。それで近くにあの家を建てたんだ。いいだろう」
「お父さんすごーい!」
何がどう凄いというのだろう。
家を建てた事か?
この場所を知ってるって事か?
たまたまだろうし、家なら僕だって大きくなれば建てれるさ。
僕だって。
僕だって。
何故こんな事を思ってしまうのだろう。
僕は嫌な人間だ。
だから感情を殺し無駄な発言をしない様に心がけて来た。
僕は人間が嫌いだが、それは自分の事も例外ではない。
僕は自分に課せられた義務を果たす。
ただそれだけでいい。
そのはずだ。
父親は日の光が反射して輝いてる辺りの水辺へ行くよう促した。
そこにもカシナの実が成っていた。
「太陽があるだろう。あぁ、直接見てはダメだ」
とか言いつつ自分は直接見ている。
眩しくはないのだろうか。
ダメだろ。
「その光が反射してこの木に光が集まっている」
見ればわかるが。
だからなんだというのだ。
「だからこの木に成っているカシナの実は2倍日の光を浴びて美味しいんだ」
・・・。
素直に喜べない。
悔しい。
何故こんなにこの男が僕は嫌いなのか。
大人のはずの僕にもよく分からない。
姉はまたリネイルを凄い凄いと褒め称えている。
確かにカシナの実は水々しく、家の近所の実よりも大きい気もするし、食べてみたらより甘かった。
それでもやはりカシナの実は小さく、籠いっぱいにするまで3人がかりでも2時間はかかった。
コレで家族4人分にはなりそうだ。
しかし大変だった。
この場所はアリシアも知らなかっただろうし、この場所だから2時間で済んだものの、違う場所ならカシナの木を探すのだけでも一苦労だ。
姉とアリシアの二人だと、あのジュースを作るのに下手したら一日とかかかるんじゃないか?
それを姉は僕に分けてくれたし、アリシアは一口しか飲んでいない。
僕は愛されてるんだな。
ありがたい話だ。
「さぁそろそろ帰ろう。お母さんが美味しいご飯作って待ってくれてるぞ」
リネイルの号令で帰路に立つ事になった。
ココに来るまでは林道の後のようなものを通って来た。
目印になるよう赤い紐を木に結びつけられていたり、脇に丸太を打ち付けて文字を掘り込んであったりと迷わないようにとの工夫もしてあった。
帰り道もまた来れるように来た道を振り返って帰った。
道も簡単だったし、外出許可が出たらまた遊びに行こう。
・・・歩いていると僕の中で腑に落ちる考えが浮かんだ。
あぁ、俺。
リネイルに、嫉妬してるんだな。
今まで僕中心で3人の愛情を目一杯受け取っていたからな。
それが今や、リネイルリネイル、お父さんお父さん。
アリシアまでもそうなのかと考えてしまっていた。
もしそうなら僕は、世界が崩壊するかのようにぶっ壊れてしまう自信がある。
大人の俺でも気が付けなかった。
そうか。
ただの嫉妬か。
確かに生前の真ん中の子が、一番下の子が産まれたら泣きじゃくるようになったり、ある程度したら下の子を叩いたりする事がよくあった。
一応理屈は分かっていたつもりではあったが、今やっと心の底から理解出来た。
なるほどな。
もし僕に妹か弟が出来たのなら目一杯愛情を注いで面倒を見るようにしよう。
僕に愛情が注がれなくなったとしても。
あれからまもなく家に着き、母は遅かったわねと言っていた。
父は笑いながらまた母と何かを話している。
家族揃っての初めての食事は少し冷めていたが、僕の心は今日一番に暖かい。
結局不安が僕の中にあり、答えも僕の中にあったというだけだった。
・・・そうだ。
思い出した。
答えは自分の中にしかないという事を。
人は変えられないという事を。
そして自分が変わった方が100倍楽だという事を。
自分の為になるという事を。
そしてその晩、カシナのジュースを飲みながら父親に、「お父さん美味しいね。」と言えたのは、良かった事だと思う。
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