第6話 反抗期とやり直しのリスク 魔術と異世界と戦争と
「イヤ!!」
「こら、あなたまだ出来ないでしょう」
「イヤ!!!」
「お母さんを困らさないで!!ほらかしなさい」
「イヤ!!!!」
まさか自分が反抗期になるとは思いもよらなかった。
ちょうど僕が3歳になろうかという頃だ、ちょっと遅めの反抗期だろう。
もうすぐ父親が帰ってくるという便りが届いたらしいのだ。
母は喜んでいた。
涙までは出ていなかったが、こういうのはふとした瞬間涙腺が緩んだりするものだ。
それとも、陰ながら嬉し泣きしてたりするんだろうか。
とりあえず僕は自分がしっかりせねばと思った。
僕は散々甘やかされている。
未だに着替えの一つもやった事がなかったのだ。
母親とアリシアは僕の事をかわいいかわいいと育ててくれた。
僕もほぼ全ての事をやってくれる美女二人を満喫していた。
それはもう天国だ。
美女2人が全てをやってくれるというのに断る理由はないだろう。
しかもこっちは人生2回目。
いざとなれば何でも出来る天才的な子供に大変身。
一躍神童ともてはやされ、世界にセレンという名前が轟くだろう。
本気を出せば凄いんだぜと。
ひっそり思っていた。
だがしかしなんだ。
ちょうちょ結びすら出来ない。
これはマジで焦った。
指が動かないのだ。
これはおそらく頭では分かっていたつもりでも、体が覚えていないからだ。
単純な作業ならさほど気にならないが、今まで無意識にやっていた事が出来ない。
記憶はある程度残ってはいるが、潜在意識レベルのものは残っていないのかもしれない。
モンハンのコントローラーの設定を全部あべこべにやったような。
やったことのない操り人形の糸を握っているような、そんな感覚。
俺はまだこの体を自分の物に出来ていないのだろう。
バランスをとりながらドアノブを回したり、階段の登り下りとは全然違った。
そしてだ。
僕が結び方を練習しようとすると、母親がどうせ出来ないからやってやるというのだ。
確かに3歳で結べるのは早過ぎるもしれない。
けどね、こっちは焦ってるんだ。
出来てたものが全く出来なかった時の喪失感。
最初は何も出来ない僕を見て父親から失望されないよう、ある程度自分の事は出来ねばと思っただけだった。
まぁ本気出せばこんなの簡単だと。
まぁ確認の意味も込めてちょっと軽くやっておこうと思っただけだった。
全然出来ない。
まず、手が小さい。
それにビックリする程思ったように指が動かない。
小指を自由自在に動かせない人が多いように、全部の指がシンプルな動きしか出来ないのだ。
マジか。
こっからやり直さないといけないのか。
しかし練習しようとしても、ひたすらに母は僕にかまってくれる。
本当は「大丈夫ですよお母様。今はまだ出来ませんが、練習を重ねていずれ立派な蝶となり羽ばたいて見せますとも!」と、言いたい。
が、ちょっとコレは本当に焦らないとダメなヤツだ。
むしろ一般的な子供より成長が遅くなる危険性すらあるのではないか?
余裕ぶっこいていた分、焦りで自分を制御できない。
生前の息子がどうしていたか見習い、一回反抗期をやってみたらコレしか言えなくなってしまった。
当てはまる子供らしい文章を探せないでいる。
「イヤ!!」
(ちょっと待ってお母さん。いや、コレ出来るはずだから!)
「イヤ!!!」
(イヤちょっと待って。何もしなくていいだけだから!!!)
「イヤ!!!!」
(イヤイヤホント待って。やらせてって!!!!)
思い返せば、まぁそうなるよなと。
そう思った。
誰しも自然と何でも出来る様になった訳ではないのだと再確認した。
小学生に上がるまでにはほぼ言葉は覚えるだろう。
大人が6年間習っても到達出来ない程のレベルまで。
つまり、成人よりも子供の方の学習量が多いとも言える。
正確には教育者の質と情熱と環境が違うのだと思うが。
いずれにせよ努力せねば何事も習得出来ないということだと思う。
子供は好奇心という最強のカードでもって努力できるだろう。
しかし僕はどうだ。
子供程に好奇心があるだろうか。
子供と同じレベルで興味を抱き、学び、体を慣らさなければならないという事か。
自信が無くなってきた。
甘く見ていた。
不安だ。
それなりに頑張るしかあるまい。
父親からもそうだろうが、何よりアリシアに失望されるのは嫌だ。
気合い入れてやらねばなるまいて。
そしてまた反抗期が木霊する。
ーーーー
あれから数日が経った。
父親の名前はリネイル・アース・ロードというらしい。
明日か明後日かが、父親の帰宅予定日だそうだ。
ここぞとばかりに夕食の合間、母親に質問して聞いてみたのだ。
アリシアも母親と共に色々教えてくれた。
姉も澄ました顔をしているが、ちゃっかりしっかり聞いていることだろう。
ロードというのは苗字に当たり、アースというのは先代の受け継いだ種族名に当たるらしい。
種族?
黄色人種とか白人とか?
と思ったが、違うようだ。
鍛冶屋の時から引っかかっていていたが、今回の一連の話で僕の知ってる地球ではないのが確定しそうだ。
薄々は思っていた。
タイムスリップとかでもしてしまったのかと。
話によると僕の父方の先祖は、昔は地下を主な拠点にして、色々と物作りが得意な種族だったそうだ。
今となっては種族が混じり、純血はほぼおらず、皆それぞれ似たり寄ったりな容姿になっているそうだ。
んー。
物語の世界にでも迷い込んだのか?
アースの種族って、ドワーフとかの特徴じゃねぇの?
ドワーフが居るって事は、他の種族も居て、勇者とか魔王も居るのか??
にわかに信じ難いが、暫定として信じておくべきだろうか。
そしてその暫定が確定にあっさり確定した。
種族の事に関して精神魔術を行使したらアリシアが自分の事も交えて答えてくれた。
「種族かぁ。そだね。例えば私の名前で言うとアリシア・エール、ガルダ。エールが種族名になってエルフの種族になるわね。ほら耳が少し長いでしょ?コレはエルフの特徴なの。私少しエルフの血が濃いのよね。」
アリシアは髪をかき分け耳を見せてくれた。
確かに少し長いが美しいものだ。
エルフの血で耳が長いのを気にしている様だ。
いい事なのか、コンプレックスなのか。
以前から少し耳が特徴的だなと思ってはいたが、そういう事か。
似合ってるからいいじゃないか。
血が濃いって表現には慣れない。
純血のエルフがどんな容姿なのかは知らないからどのくらい濃いのかは知らんが、とりあえず僕は君に恋している。
フルネームも初めて聞いた。
ガルダか。
いいね。
「あと、セレン君知らないでしょ。エルフはこういうのが得意だったりするんだよ?」
するとアリシアはマジシャンの様に右での袖を少しめくって、パチンと指を鳴らし人差し指を上に向けた。
するとアリシアの指の先の少し上から、根本が少し青く全体的に赤褐色の炎が現れた。
夕食はロウソクの灯りで食べていたのもあって辺りが一段と明るくなった。
「へへ、面白いでしょ」
「あら、アリシアちゃん上手ね!今の若い子はそんな事も出来るの?」
「おー」
意外にも母も驚いている。
ちなみに母よ。
貴女もまだまだ若いですぜ。
僕は驚いているというより、思考停止している。
詳しく言えば思考をするために停止しているのだ。
・・・タネも仕掛けもあるんだろ?
僕はいつもアリシアの隣に座っている。
だから椅子の上に立てばいつでもアリシアの手を握れる。
炎の消えたアリシアの人差し指を手に取り、どういう仕組みなのかマジマジと観察した。
イスに立ち上がって手を握っていたのもあって、彼女の胸元が見えそうだった。
途中からそっちの仕組みも観察せねばとチラチラと横目で見ていたのは多分バレていないだろう。
ちなみにノーブラだ。
しかしそういうのが普通なのか?
あ、いや、ノーブラじゃない方ね。
色々考えていると、僕はまた彼女の手を握ったまま思考停止してしまっているのに気が付いた。
「セレン君興味あるの?でも覚えてもあんまり使っちゃダメよ?色々決まり事があるの。えーっとね。人に嫌な事をしちゃダメとか、人に喜んでもらえる事しかしちゃダメとかね。その街や国によって掟・・・、約束みたいなのが違ったりもするの。」
少し長い文章だが、分かりやすい表現でジェスチャーも交え説明してくれた。
おかげで十分に理解出来た。
色々決まり事があるらしい。
「あと、16歳になったら資格を取れるの。それまで我慢だね。8歳になったら儀式をやるの。そのあとは学校の中とかは魔術を使っても大丈夫だけど、街とか、皆んなのいる所は資格を取るまで使っちゃダメよ?資格がないと王様の兵隊さんから捕まっちゃうから。」
「へー!」
法律みたいなのがあるんだろうか。
無法地帯ではなさそうだ。
にしても聞き間違いではないだろう。
魔術。
マジか。
つまり僕はファンタジーの世界に迷い込んだって事か。
ワクワクも多少はある。
僕が子供なら飛んで喜んだかもしれない。
ゲームなら楽しいかもしれない。
しかしここは現実だ。
守らなければならないものもある。
何もかもが未知数であろうこの世界で、僕の人生はどうなってしまうのか。
姉はというと、そう考えている僕のことなんか目もくれず、アリシアに教えて教えてとテンションアゲアゲだ。
テンション高いと言っても姉にしてはだ。
元がクールなだけあって声のトーンもそれほど高くないし、冷静さの方が勝っている。
「お姉ちゃんは使っていいの?」
アリシアが姉に教えようとしているのを見て、ふと思い言葉が漏れてしまった。
「お家の中なら大丈夫なの。あと、街の外とかも大丈夫よ」
あぁ、何となく分かった。
つまり車の免許みたいなもんって感じなんやろな。
公共の場では免許が無いと使えない。
私有地や施設内なら自己責任でって感じか。
へぇ〜
法律とかあるのかな?
王様とかの命令とかか?
まぁ知ったことでは無い。
姉はあの指パッチンからのシュボが余程気に入ったらしい。
何回も何回も指を鳴らそうと頑張っている。
もっとも、炎どころか指パッチンすら出来ていないが。
そういえば、この世界ライター無いよな。
あの時アリシアはライターを使って明かりをつけたんじゃなく、魔術で明かりをつけてメモを見たんだ。
だいぶ前のことだが思い出した。
へー。
「エルフの人しか出来ないの?」
得意ってことはそういう事か?
そう思って聞いてみた。
「コレは出来ない人も多いから分からないけど、頑張れば誰でもできる様になると思うよ。セレン君も頑張ってみる?」
魔術か。
僕にも出来るのか。
どうしたものか。
魔術で誰を攻撃すんだ?
魔物とかか?
魔物狩って金を稼ぐのか?
でも鍛冶屋あるし、魔術は必要なのか?
でも家族守らないとだしな。
覚えないといけないのか。
あぁ、でもライター無いなら覚えないとだな。
あまりテンションが上がらない。
てっきり魔法やら魔術やらの世界に来たら、嬉々踊るものだと思っていた。
いざ直面してみると恐怖さえ覚えてしまった。
あのアリシアの口で聞いてもだ。
何故だ。
分からない。
確かに最初は確かにカッケーと思った。
アリシアが僕達を楽しませようとしたのも分かる。
しかし何だこの気持ち。
僕は生前真面目過ぎると言われたことが多々あったが、純粋に楽しめない。
こういう所を言われたのだろうな。
しかし・・・。
「セレン君?・・・セレン君?」
「・・・あぁ。ごめん。ボーッとしてた」
「ゴメンね、ビックリしちゃったのかな?」
あぁ、こんな空気にするつもりじゃなかった。
子供は好きだ。
子供のノリも再現出来るだろう。
気を取り直して。
僕の心はいつまでも少年なのだ。
「うんビックリした!シアネェ凄い!!もっかいやって!もっかいやって!」
「んー?分かった。行くよー?」
パチン シュボッ
「「お〜!」」
パチン シュボッ
「「お〜!」」
姉と共に何度も何度もお願いした。
アリシアも楽しそうに魔術で遊んでくれている。
なんとか誤魔化せただろうか。
楽しそうにしてはくれているが、気を遣わせてしまった。
少し申し訳ない。
しかし子供ならば、それを気にしてる素振りも見せてはならないだろう。
普通は無邪気だからな。
子供の演技も難しいものだ。
それからまたアリシアの両親の事についても話を聞いた。
母が言うにはとってもアリシアの両親共に偉い人なのだそうだ。
母が子供にとっても偉いと言うのだから、どの辺の地位に居るかは推測しきれない。
会社で言えば係長なのか、社長なのか。
子供からしたらどちらも大して変わらないだろうからな。
どちらでも偉いで済ますだろう。
軍事的な組織での地位だろうか?
まぁ後々分かるのだろう。
それもあってか親は二人共家になかなか帰ることが出来ないそうだ。
ロード家の父も偉いのかと聞いてみたが、ウチのお父さんはそうでも無いらしい。
けど、アリシアの両親とは昔から仲がいいらしく、アリシアが生まれる前からの仲なのだそうだ。
母の年齢は知らないが、父親の年齢も知らない。
アリシアの生まれる前から?
という事は母親はその頃何歳だ?
仲が昔から良かったのは父親だけって事か?
んー、分からん。
他の事も気になるし、この話題はこの辺にしておこう。
「それでね。大事な話があるの」
どうやらここからが本題らしい。
「お父さんが帰ってきたら、しばらく皆んなで一緒に避難しないといけないの」
ん?戦場にならないんじゃなかったか?
違ったっけ?
状況が変わったのか?
「あと1か月くらいしたらかな。もうすぐ明食って言うのが始まっちゃうの」
状況が全然読めない。
明食?
知らない単語だ。
ヤギが何か食べるのか?
んなアホな。
全く分からん。
謎だ。
だがその謎を質問するのも変だろう。
コッチが知らないのを分かってて話しているのだから。
「それでね。明食っていうのはその時期一ヶ月に一回、一日中ずーっと暗くなるんだけど」
月食とかそんなのだろうか?
一日中暗くなる?
そんなことあるか?
本当ならまぁ不便ではあるな。
でもそれで何故避難せねばならんのだ。
「いつもの夜暗いのは大丈夫なんだけど、その明月食の時だけ暗い時は一日魔物とかが出やすくなっちゃうの」
全身の血の気が引くのが有り有りと分かった。
魔物。
おるんか。
魔術とかあるんだからもしかしてとは思っていたが。
んー、やっぱりと言えばやっぱりだが居たか。
魔物。
俺、生前イノシシに遭遇したことあるけど、剣とかあっても勝てる気しなかったぞ。
まぁ、そりゃ鍛えればなんとかなるかもしれないけど、それはイノシシの話だ。
魔物の話ではない。
僕にとっては現実味のない話だ。
さすがにまだにわかに信じられない。
「あ、でも大丈夫。今年から私も守備隊に配属されるのが決まったから。守ってあげるよ」
衝撃が走った。
予想だにしていなかった。
守備隊?
守ってあげる?
もうどこから考えていいか分からない。
守ってあげると言ったのは母の声ではなかった。
アリシアだ。
そんな危険な事はしないでくれ。
もっと安全な道は無かったのか・・・。
「ちなみに私は治癒、蘇生部隊所属なの。だからそんな顔しなくても安全だから大丈夫よ」
どうやら顔を読まれたらしい。
確かに優秀であるような素振りはあった。
何となくだが、特別な部隊に所属しているのが分かる。
まぁ、それなら大丈夫なのか?
いや、それでも一番悲惨な現場を廻るんじゃないか?
精神的には一番やられてしまうんじゃないのか?
「だから大丈夫だって。ほらこっちおいで」
アリシアは僕の体をひょいと持ち上げ抱きしめてくれた。
久しい胸の柔らかさやアリシア独特の優しい香りに包まれ幸せいっぱいな筈が、そんな事は無かった。
アリシアを失うかもしれないという、悲しさと恐怖と己の無力さに涙が溢れてきたのだ。
「イヤだ」
僕は今反抗期だ。
このイヤにはいくつもの意味が込められている。
アリシアだけではない。
母親や姉もそうだ。
失いたくない。
僕だってまだ死ねない。
アリシアや母親と姉が悲しんでしまうからだ。
何だこの世界は。
世界全てが敵になってしまった気がした。
そして僕は何も出来ない。
「シアネェ、行っちゃダメ。一緒に隠れとこう?」
僕は何を言っているんだ。
子供じゃ無いんだぞ。
こんな空気にするつもりでは無かった。
母親もアリシアも目に涙が浮かんでいる。
ハッキリは自分の涙で見えないが、そんな素振りが見える。
リンの姉御はというとポリポリと何かをかじっている。
この子は大物になるだろう。
「そうね。一緒に居たいよね」
僕はまた、ギュッと抱きしめられた。
ずっと今のままならどれだけ幸せだろうか。
僕は何も求めない。
家族と、ひもじくない程の食料と、雨風凌げる場所さえあらば十分です。
どうか、どうか3人の命だけは守ってくれませんでしょうか。
僕は何故願ったのか。
分からない。
違う。
俺のかける言葉はこれじゃない。
そうだよな。
僕は涙を拭って今出来る目一杯の笑顔で言葉を紡いだ。
「ゴメンねシアネェ。泣かないで。お仕事あるんだよね。頑張って!」
アリシアは僕のゴメンねの言葉に首を振って答えた。
アリシアもまた泣きながらではあるが、笑顔を見せながら答えてくれた。
「そうね。お姉ちゃん頑張るね。セレン君優しいのね」
それから僕は何があったかは覚えていない。
おそらくアリシアの腕の中で眠ってしまったのだろう。
優しさに包まれながらも、悲しさで涙した夜。
僕はこの世界を憎んだ。
【ノープランからのお願い】
この小説を読んで
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「応援してるよ!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、僕の執筆を頑張るための何よりのモチベーションになります!
よろしくお願いします!