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コインホルダー 〜異世界で生きるガチなヤツ〜  作者: ノープラン
第一章 プロローグ
37/44

第37話 おかしくなった男 ルカク


 明食が明け、第二訓練場からハロルに向かう道中の出来事。リン・アース・ロードの代表内定後の凱旋はあらゆる意味での宿敵であるボルト家の嫡男によって邪魔された。



 「ちょっと、もういいでしょ?あっちに行ってくれない?」



 「良いではないか、俺とお前の仲だろう。腹を割って話そうではないか。あぁ・・・そうだ。ほら見ろ・・・この綺麗な傷跡。見れば見るほど惚れ惚れする・・・素晴らしいぞリン・ローダ。な、いいだろ?」



 「何がどういいのよ。それに本当に腹を割られた貴方がそれを言ってどうするつもり!?全然面白くないわ。」



 「おぉ・・・そうか、ハッハッハ。なる程。なる程なる程・・・。一本取られたな。気が付かなかったぞリン・ローダ。フム!確かにお前に腹を割られて真っ二つになる所だったものな!!はぁ〜・・・いやはや。見れば見るほど美しい、そして賢いときたものだ!!」



 本来馬車での帰路になる予定だったが、不幸にも明食で確保していた馬と馬車がやられてしまい、徒歩での帰路となったのだ。

 王族であるボルトは、側近の召喚士の召喚による馬で早々に帰ることが出来るのだが、ここぞとばかりそれを断りリンに話しかけた。

 そして彼は諦めない。ルカク・ボルトはポジティブなのだ。



 「そうだ!分かった・・・分かったぞリン・ローダ。我の妃となれ!そうだそれがいい。きっと元気な子供が生まれるぞ〜、名前は何がいい?ワクワクするなぁ、リン・ローダ。」



 リン・ロードは呆れて何も言えなかった。何処から訂正すれば良いかも分からず、彼との噛み合う会話は不可能なのだと感じた。

 リンは自分の名前を間違われている事にだんだんと腹が立って来るのだった。最初間違われた時には訂正するつもりは無かったのだが、あまりにもしつこいのでつい口が滑ってしまった。



 「あのね、私の名前はリン・ロード。ローダじゃないの。」



 「ロード・・・、いや君の名はリン・ボルトになるのだぞ?考えるのはそこではないんだなこれが。かわいい所も・・・あるのだな。」



 「・・・。」



 頬を赤く染め照れているルカクをよそに、リンは歩く速度を上げた。

 彼女は願った。出来れば耳が一時的に聞こえなくなる呪文を唱えたい。それか相手が喋れなくなる呪文だ。

 リンの期待は虚しくルカクのポジティブは加速する。



 「そんなに急いで何処に行こうというのだ。リン・ローダ。そんなに焦らなくても結婚はまだ先の話だ。ちょ・・・ちょっと待ってくれよ。」



 ルカクの手がリンの肩に伸び、その手が触れようかという瞬間、リンはその手を振り向きざまに祓った。いや、払った。



 「あのねぇ、私の名前を言ってみて?」



 「・・・。そんな・・・改まって言われると照れるな・・・。リン、・・・リン・ローダ。」



 ルカクが頬を赤く染まっているのを見ると、リンは更に怒りのボルテージが上がっていくのを感じた。



 「違う!!違うのよルカク。私の名前はリン・ロード!!ド!よ。ダジヅデドのド!リン・ロード!!伸ばしたらドォーになるわ。ダァー、あじゃないの。オ!!なの!!リン・ロード!!分かる!?」



 「フッフッフ。照れる事はない。そう・・・君には100万本の薔薇でも美しさでは敵わないのだよセニョリータ・・・。」



 リンはココで何故か怒りのボルテージが急激に下がったのを感じた。

 我にかえり考える事をやめたのだ。

 そうだ。弟と話そう。

 あいつは一言で全てを察してくれる。下手したら喋らなくても察して動いてくれるし、意図を汲んでくれたりもする優秀な弟だ。お陰で自分は無口な性格になったものだ。

 しかしさっきの会話は私の人生の中でかなり長かった方か。ルカクはやはり肌に合わない・・・。


 無意識にリンは人付き合いがいかなるものか察し、そしてそれを諦めた。



 「セニョリータ。僕は君の為なら世界の端から端まで手に入れてみせよう。なに、君と僕の愛の力はそれ程までに強力だという事だ。僕の第四婦人の座は君にこそふさわしい。」



 そう。先程からリンは何も考えていない。怒りが引いてからというもの全てを察して体が勝手に動いている。体の細胞全てが最適解の行動へと無意識に誘導しているのだ。

 それを世間では無我の境地という。



 「ん、どうしたんだい?セニョリータ。」



 リンは立ち止まり、勝手に動く右手に身を任せながら思った。名前を間違えられる位ならセニョリータの方がマシだと。そしてまた繰り返すが、リンは何も考えていない。



 「何か見える・・・。ほらあそこ。」



 「ん?見えないが?」



 「マナを目に集中さされば見えるわ。10万・・・いや、100万本以上の薔薇が見える・・・綺麗ね・・・。」



 「・・・くっ、洞術か・・・。・・・・・・・・・。・・・?」



 「綺麗だなぁ・・・。ね、そう思うでしょ?ルカコ・ボルタさん?」



 「ハッハッハ。」



 ルカクは思った。私は試されているのだと。あえて名前を間違えたのだって私をまだ認めていないという証拠。一騎討ちに敗北したのだ。仕方がない事だと。

 現に確実にそこにあるであろう薔薇が見えない自分の目は彼女の洞察眼より遥かに劣っている。

 父・・・、いや、王が言っていた。

 この世の先を見通す能力が無ければ戦国のこの世にとって致命傷だ。と。

 きっと彼女は、僕が彼女を護れる器かどうかを試しているのだ。間違いない。それなのに僕は今見えていない、単純に遠くを見るという低位の洞察眼でさえ劣っている。今の僕は全てのマナを目に集中させても風に舞う砂の粒を数えるので精一杯だ。クソッ、家庭教師は僕に才能あるとかほざきやがって。アイツはクビだ。・・・いや、剣術の方に力を入れ過ぎて洞察眼の訓練を怠った自分の落ち度か・・・。

 まぁいい。一刻も早く・・・。



 「どんな花なのかなぁ・・・。」



 「分かった。全て分かったよセニョリータ。君より美しい花など無いと僕が証明してみせよう!!君は先にハロルに帰って僕の帰りを待つがいい。少し寂しくなるが・・・許せ、リン。」



 「・・・。」



 「ルカク様、一体何処へ!?」



 「お前は黙っていろシャクル。男にはやらねばならない時があるのだ。お前には見えぬだろうが、あの先には薔薇畑があるのだ。一人の女性に薔薇の100万本も渡せずに王である資格は無いと知れ!!」



 「は・・・ハッ!!失恋しました。」



 「ん?」



 「あ・・・いや、失礼しました!!」



 「・・・まぁいい。一刻も早く薔薇を調達するぞ。召喚士を呼んで来い。食料を見直すぞ・・・。3日・・・、いや7日分用意しろ。良いな、出来るだけ軽くて日持ちのするヤツだ。」



 リンは少しやっちまったかなと思いながらも自分は悪くないと言い聞かせた。

 そして更に何かヤバイ予感がして、またリンはそれ以上考えるのをやめた。


 リンは現実逃避と共に父の言葉を思い出した。失敗は常に付きものだ。大事なのはめげずに前を向いて一歩一歩踏み締める事が大事なのだと。

 父の教えは少なく、父を尊敬しているリンにとっては大事なのだ。



 「あ、お父さん!!」



 リンは早速成果を勝ち取った。止めた歩みを向き直し、前を向いて歩き出した直後、父を発見したのだ。

 文字通り秒で効果絶大だった父の教えにより、リンの父に対する株価は完全に3日以上ストップ高が続くだろう。


 少し冷静になって考えてみると、どうもルカクを振り解きたくて他の列よりも歩くペースを早くし過ぎたようだ。

 そして立ち止まっている間に父の列が自分に追いつき、リンが前を向いた事により父が視界に入ったのだ。



 「おお、リン。疲れてないか?」



 「ちょっと疲れたけど大丈夫!!」



 「そうか。後1日とちょっと歩くが・・・頑張れるな?」



 「うん!!」



 リンは満面の笑みで父の問いに答え、隣に居た母とも再会した。

 左手に母、右手に父。

 久々に両親を独り占めに出来たことがリンの心を満たした。

 そしてリンは思った。どんな事があっても前を向いて歩こう。良い事は前にしか無いのだと。


 めでたしめでたし。



 ーーーー



 時は数日前に遡る。



 「ルカク様・・・ルカク様!!」



 「あ・・・あぁ、シャクル・・・。」



 「体の具合はどうですか、治癒は完了したと聞いております。何か食べたいものはありますでしょうか?」



 「・・・、この事は・・・。」



 「はっ、すぐさま緘口令を敷いてあります。この事が大衆に・・・」



 「・・・そうか・・・。しばらく一人にしてくれないか。」



 ・・・ルカクは今の自分の状況を理解するのでやっとだった。

 無名の少女に瞬殺されたのは覚えている。彼女は一体何者なのか。確か鍛冶屋の娘だと聞いていた。それもあってか彼女がこの大会には相応しくないと思っていたのは事実だ。大会予選を盛り上げる為だという事もあったし、産まれてこの方やりたくもない矛術や剣術、弓矢。血の滲むような努力をして来た自分に敗北の文字はあるはずもない筈だった。

 ましてや精霊に関しては圧倒的な力量差。

 私は間違った事はしていない。何かのせいで狂ってしまったのだ。私は悪くない、私は悪くない。



 ルカクは王の器としての器量を常に測られていた。王に相応しい、相応しくない。王とはどうあるべきか。王とはどう振る舞うべきか。

 ルカクは自分を騙し続けていた。自覚があったわけではない。父を見て、母を見て。自分の感情をあらわにする事はあってはならない事だと無意識に感じていたのだ。

 王の幻想につきまとわれ、自分がどの様な人間かはどうでも良かったのだ。


 ルカクは虫が好きだった、花が好きだった、雲を見るのが好きだった。

 あの虫は何という名前なのか、何故あんな色をしているのか、あの花を育てるにはどうしたらいいのか、あの雲の形は・・・。

 ルカクは両親の血を引いていて賢い。虫・・・花・・・雲・・・。王が思う事ではないと物心付いた時から理解していたのだ。


 ルカクの王としての教育は激務だった。

 朝早くに起こされ、もう少し寝たいなどワガママなど通る隙間は無かった。それどころかそう思う事すら許されなかった。流石は一流の教育係とルカクは認めざるを得ない。

 ルカクは王に、両親に失望されてはならないという思いで気丈に振る舞う日々をおくった。


 唯一の楽しみは、就寝前のメイドとの夜の戯れだった。メイドも自分の地位を利用してあわよくば妃の一人に選ばれたいという欲求が見て取れる。

 そもそもこの楽しみの時間はメイドの方から誘って来たのだ。わざとスカートの下が見える様に座ったり、わざと自分の胸を触らせたり、子供の作り方の話などを持ちかけて来たりもした。

 次第にお互い利益の為の大事な時間となった。


 胸の大きなメイド、顔の整ったメイド、小柄で可愛らしいメイド。僕には様々なタイプのメイドがあてがわれていた。

 その流れも実際には教育の一環なのだろうかと疑ったものだが、なるべく考えないようにしていた。


 歳の離れた大人のメイド達と色々な話をした。金の話、他のメイドの悪口、自分はいかに優れているか、自分はどうしたいのか。

 ルカクには全く興味の無いな話ばかりだったが、彼女らを満足させる事、快感を得る為、そしてこれが女を扱うという事かとして割り切り、学び、楽しめるよう努力した。


 ルカクは10歳の誕生日の日に男になった。子供を孕ませれる体にもなった。女は演技だとは思うが、とても満足した表情で息を荒げている。

 ルカクは王に一歩近付いた気がした。ルカクの目に映るものが全て変わった気がしたし、女が愛おしいとも思ったものだ。


 リンと手合わせする数ヶ月前の話である。



 ルカクが子供を卒業し少し飽きてきた頃ルカクはリンを見た。

 自分よりも幾つか下で、体も一回りは小さい。

 きっと男を知らないんだろうと感じながら当然ながら見下した。


 ルカクの世代は成長期のタイミングの違いもあって女の子のほうが背が高い。ましてや数十人集まる訓練室の子供達は武家の娘や道場の娘が集まりやすい。当然のように骨格がしっかりしており、気を抜くとルカクでさえ威圧感で押しつぶされそうだ。

 男もちらほらとは見えるが、この世は男が少数派。自分が代表としてしっかりしなければならないと肝に銘じなければとルカクは心に決めたものだ。



 訓練を重ねる内にリンがこの場に相応しくない子なのだとルカクは思った。道場の隅で剣を振り、あまり他人と深く話さない。

 冒険者志望なのだろうか・・・、冒険者は戦闘スキルも重要だが、コミニュケーション能力や信用が大事だと習った。そもそも彼女は戦えるのかと疑問だ。



 ルカクは彼女を初戦の相手に選んだ。

 彼女を目覚めさせ、不向きな剣の道から遠ざける事が必要だと感じたからだ。

 ルカクはこれも王の務めの第一歩だとし、彼女を戦場に出して犬死にさせるべきではないと考えたのだ。

 何、いざとなれば自分のメイドとして雇ってやってもいいし、きっと彼女もその方が幸せだ。少し厳しい事かもしれないが・・・、彼女を実力者として認め、更なる実力者の僕が倒せば実質彼女が2位の可能性へと引っ張っていける。

 そんな中彼女は世間の厳しさを知り脱落する。

 彼女の自尊心も保ちつつ身の程を知る、我ながら良い計画だ。


 ・・・と、ルカクは夜な夜な王の風格を漂わせ、お気に入りのメイドの胸を揉みながら考えた。



 ルカクはそんなことを考えながらリンと対峙し、気が付いたらベットの上で寝ていたのだ。

 整理する時間が必要なのは言うまでもない。



 「私はどこで間違えたのか・・・。いや、そんな筈はない。」



 ・・・3日間。ルカクは考えたのだが答えは見つからなかった。



 ガチャ・・・



 「誰だ。・・・君は・・・。」



 「・・・どうも。」



 ルカクはハッとしてベットのから華麗に飛び降り背筋を伸ばした。

 リンが花束を持って見舞いに現れたのだ。



 「どうした。しかし代表に内定したらしいな。私に勝ったのだ。当然そうでなければならない。」



 「花よ。私が育てていたの。あげるわ。」



 「この花を?君が??」



 「そうよ。ドワーフだし。」



 「その・・・なんていう花なんだ?」



 「お母さんが、ヒカリ草って呼んでたわ。」



 「ヒカリ草・・・。」



 ヒカリ草の花は色とりどりな豪華な花束だった。と、ルカクの目にはそう見えた。

 四本の花はそれぞれピンクと黄色、赤と少し枯れているが綺麗な青だった。と、ルカクの目には見えた。



 「それじゃぁ・・・、邪魔したわね。」



 「ちょ!!ちょっと待ってくれ!!」



 立ち去ろうとするリンを見て咄嗟にルカクは止めに入った。



 「・・・。ごめんなさいね。思いっきりやっちゃって。手加減とか・・・その・・・。」



 リンは罰の悪そうな顔をしている。

 そもそも見舞いに来たのも僕の事を心配しての事ではなく、僕の機嫌を取る為なのだろう。



 「そうじゃない!!謝らなくていい。君は・・・、君は素晴らしい女の子だ。」



 自分は何を言っているんだと思った。自分は王子であり、この子は鍛冶屋の娘。年も離れている。どう考えても相応しくない。増してや自分の方から言い寄るなどと、王に相応しい行動ではない。

 ・・・が、幸いこの部屋には二人しか居ない。

 そう思った瞬間、また次の言葉が出てしまった。



 「僕の妃になれ。」



 「え、何ですって?」



 「あ・・・いや、君をきぇんの先、剣の先程のその・・・。」



 「剣の先?」



 「いやその・・・、あれだ。一緒に剣の稽古をしてくれないかと言っている。あの時は僕の負けだ。その事実は変わらない。」



 思いの外ルカクは上手に誤魔化せたと思った。何、自分を偽るのは得意なのだ。



 「?・・・まぁ何でもいいわ。強い人との手合わせは楽しいから。」



 ルカクはリンの微妙な変化を見逃さなかった。リンの口角が緩んだのだ。コレは明らかな笑顔。微笑み・・・。


 ルカクは絵も言われぬ感情にさいなまれた。心が締め付けられるような衝撃がやって来たのだ。ルカクは賢い。コレが恋心というものなのだと察した。しかしおかしな話だ。

 一回殺されたというのにだ。

 ルカクには一切恐怖心など無く、むしろ新たな人生の幕開けなのだと感じたのだ。

 今はっきり分かった。

 私はリンが心の底から好きなのだと。


 それからというもの、ルカクはリンに対しては盲目となり、リンに対しては頭がおかしくなった。



 そして数日後、城都ハロルに帰る道半ばの荒野でルカクは行方不明となった。

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