第36話 老人の弟子と兄弟子
コーガ・ピラーズ・・・包帯ぐるぐる巻きの彼の名だ。
しかしコレは本名ではない。
いや、本名ではあるのだが、産まれて直ぐに付けられた名ではないという意味だ。
彼は孤児であり、保護された時の名前は誰も知らない。
とある村に居た老人、彼は罪滅ぼしになる事を常に探していた。その答えの一つに孤児を預かって育てる事があった。孤児達を育てる事によって自分の罪が軽くなり、忙しさで忘れる事が出来ると考えたからだ。
そしてその老人は、自分の生きる糧となる子を探しては育てた。
老人はその子供達から「ありがとう」と言われる事を内心とても嫌っていた。「ありがとう」とは、感謝している側が発する言葉だからだ。もちろん言われて嬉しくない訳ではない。だが「ありがとう」と言われる度に、自分が親を殺した張本人である事を思い出し吐き気をもよおすのだ。
老人は自分の罪を正す為、心の中で必死に自分に言い聞かせた。必要な事なのだと。
老人は自分の罪が正義なのだと自分に言い聞かせる日々を送るのだった。
とある日とある者は言ったのだ。
子供を強く育てるには不用な親を殺せと。甘えを消せと。それが正しい事なのだと。それが正しい道だと、お前は正しいのだと言うのだ。
優しさとは、自分で生き抜くしかなく、強くならねば生きられない境遇を作ってあげる事だと言うのだ。
老人は何度も何度もその言葉を耳にし、次第にその言葉を自分に言い聞かせるようになった。
時を重ねる毎に、老人は平等に優しく接し愛される存在となった。
愛ある鞭、愛ある殺戮と共に彼の正義は成り立っている。何が正しくて、何が間違っているのか、もはや彼には判断出来なかった。いや、圧倒的強者に強要されるしかなく、判断する必要も無かったのだ。
彼は誰かに裁かれる事は無く、どう裁く事が正義なのかは神でさえ分からない。
そして老人は常日頃こう思うのだった。この地獄に立ち向かう術はないものかと。
その老人の名はカラエル・ピラーズ。
元々は国から派遣された魔王討伐パーティーの称号持ち冒険者であり、SA級極識眼の持ち主だ。
彼等のパーティーは魔王と対面する所までは至ったが、対峙するまでは至らなかった。
魔王の試練によりその場でパーティーは解散となり、皆バラバラとなったのだ。
カラエルを含めた数人が魔王の傘下に入り、杖も剣も持たぬまま魔道士は狂ったように魔王に殴りかかり、戦闘とは程遠い争いの後、魔王の側近に殺された。
またある剣闘士は己が正義を貫きその場で自害した。
カラエルはその日から出口の無い心の迷宮を彷徨う事になる。迷い苦しみ葛藤し後悔しては涙し、操り人形の様に"選別"した。
答えを求めて永遠と地獄の日々を過ごし続け、セレンに出会い今に至る。
コインの呪いによって延命に延命を重ね、もはや冒険者だった思い出は2000年前の話だ。
コーガ・ピラーズはそんな彼に育てられ鍛えられた。
コーガは誰も好きにならなかった。
誰に対しても悪態をつき、怒りを表し、陰口を言い、そして何より自分を嫌悪した。
そんなコーガだからこそカラエルは彼の面倒を見たのだった。
カラエルの教えは小さくても良いので、自分の世界を構築するという事だった。
心の胸の内、体の表面、手の届く範囲、剣の届く範囲と徐々に範囲を広げ、いずれは目に見える物全てが自分の世界として掌握せよ。というのが教えだった。
カラエル曰く、それは誰かと対峙する前に自分に打ち勝つ事を意味するという。何があろうと自分を見失ってはならないのだと言う。
コーガはその理由などは知らされなかったが、カラエルの経験からくる物なのだろうと物心付いた頃には悟っていた。
カラエルは言う。
コーガは目つきが鋭く、口が悪く、誰にでも悪態をつくが、誰よりも優しい心の持ち主なのだと。
コーガは毎度もカラエルからそう聞かされ、その度にそんな事は無いと否定した。何度も何度もカラエルの言葉を否定し続け、しつこいからいい加減にしろと殴りかかった事もある。それでもカラエルはコーガを優しい心の持ち主だと言い続けた。コーガはそんなカラエルが狂っているのだと思ったりもしたものだ。
しかしコーガはその言葉に触れる度、思いとは裏腹に嬉しくなってしまう自分を無視出来ないでいた。コーガはそんな自分が嫌いだった。
そして時は流れ今に至る。
「ジジイが・・・死んだ?」
コーガはシュナイダーとの一騎打ちに敗北した後、アリシアらの治療を終え、無意識に見失った自分を探していた。
そんな中羊皮紙を受け取ったのだ。カラエルからの伝者から。
伝者と言っても、伝書鳩の様なものだ。そしてその鳥は鳩ではなく鷹だ。
カラエルは子供を見つけては育てた。
それは鳥だとしても例外ではない。
カラエルが育てたその鳥、今となっては背丈もコーガ並みに大きい、とても立派な鷹だ。その鷹は翼を広げれば目一杯両手を広げたコーガの身長の3倍以上大きさになり、名をノロマと言う。
ノロマは、コーガが来た頃には既に今の大きさで、常に胸を張り凛とした立ち振る舞いをする。
一度コーガがノロマに近付き過ぎた時、コーガを突いて怪我をさせてしまい泣かせた事がある。
ノロマは駆け付けたカラエルにその場で叩かれ叱られてしまった。が、ノロマは怯みもせず、どこ吹く風とまた凛と背筋を伸ばし辺りを警戒した。
それからノロマはコーガを怪我させる事は無かった。
カラエル曰く、ノロマは同じ過ちは二度と繰り返さないらしい。
次第にコーガの恐怖心も薄れ、凛とした姿のノロマに憧れ、コーガは家族となった。
そしてついさっき、そんなノロマがコーガが寝ている病室の窓を器用にコンコンと叩くのだ。
コーガはノロマに気が付くと驚き、窓を開けノロマから羊皮紙を受け取った。
相変わらずノロマは胸を張って凛としている。コーガに荷物を渡して役目を全うした事でノロマは自信に満ち溢れていたのだ。
ちなみにノロマは一度、窓のガラスを豪快にぶち割った事がある。
その時もまたどこ吹く風と凛とした姿勢を崩さなかった。そしてそれからと言うもの窓を割る事は無かった。ノロマは二度と同じ過ちは繰り返さないのだ。
「ジジイが・・・。まさかな。」
コーガはノロマの首と肩辺りをポンポンと叩きながら羊皮紙を何度も読み返した。
ノロマは相変わらず凛とし辺りを警戒している。
「・・・。」
最初から気が付いていたのだが、ノロマは羊皮紙の他にも運んで来たものがある。
ノロマの胸元の大きな羽に隠してくくりつけてある小さめのバッグと皮袋をコーガは手に取った。
期待と不安が入り混じり、複雑な気持ちだ。
「金貨がこんなに・・・、それとジジイが大事にしていた物ばかり・・・。」
コーガは悟った。羊皮紙に書かれている事が全て本当である事を。
金貨の入った皮袋からは、ジジイ特有の加齢者の臭いがした。いつもは反射的に嫌悪していたその臭いなのだが、気が付けば何故かコーガの涙腺が緩んでいた。
「チッ・・・。クソが。」
コーガは自分の感情に疑問を抱いた。あんなに嫌っていたカラエルが死んだ事で涙するのかと。そしてコーガはその疑問を払拭する為、思い出せば思い出す程せいせいする筈だとして過去を振り返った。
まず思い出すのが、やたらと手に持った杖で叩かれる事だった。何度も何度も殺してやると思った瞬間でもある。精一杯やっているのに、少し休むとすぐに叩くのだ。脱走を図った時も大人をゾロゾロと従えて罠にかけられ連れ戻された。
俺は悪くないのに俺を悪者扱いし、他人の前で散々謝らせた。自由にやらせろと、カラエルを恨まなかった日はない。
カラエルも俺を相当嫌っていた筈だ。きっとその筈だ。
コーガはカラエルの事を振り返る。コーガは孤児の皆で稽古をした後たまに話しかけられるのだ。「お前は大丈夫だ。誰よりも優しい心を持っておる。」「期待しておるぞ。」と。
当時は散々人を叩いておきながら、いきなり何を言うんだと思ったものだ。
今思えば他の孤児仲間よりも自分は何倍も叩かれていた。誰よりも説教されたし、誰よりも罰を受けた。その度にコーガは反発し、カラエルに立ち向かった。
カラエルは飽きずに毎回激怒し、追いかけて来たものだ。何度も何度も何度もそれを繰り返し、いっその事こと見捨ててくれれば楽なのにと、今でも思っている。
コーガはふと思った。
カラエルは死んだのだ。もう自分を怒ってくる者は居ないし、叩いてくる者も居ない。逃げても追いかけてくるクソ野郎も居ないし、説教して来る者も居ない。あの家はもう帰らない方がいいらしいし、俺は自由の身になったのだとも羊皮紙に書いて知らせてくれた。
コーガは心が踊った。いや、踊る筈だった。
コーガは自由の身になれば声を大にして喜ぶ物だと思っていた。だが一瞬浮かんだのは自由の喜びではなく"孤独"だった。
「さて・・・どうするか。なぁノロマ。」
・・・ふと感じた孤独。だがそれも一瞬だった。
目の前にはノロマが居たからだ。相変わらずノロマは凛とした立ち振る舞いが板につく。コーガはノロマの世話を託され面倒だとは思ったが孤独ではなかった。
ふと目をそらすと金貨の入った皮袋が目に入った。他にもある。カラエルの大事にしていた幾つかの魔法の指輪。冒険の軌跡が記された手帳、何処かで見た事ある様なナイフ。更にはノロマの大きな翼に隠れて一振りの剣も見つけた。事ある毎に手入れをしていたカラエルの現役時代の装備だ。
コーガの頭には色々な感情が入り混じっていた。
カラエルを嫌悪していた事、いつか殺してやると何度も思っていた事。カラエルが死んだ事、自分が孤独ではない事、カラエルが自分に大金を残した事、他の孤児達やノロマを自分に託してきた事。
「・・・全部俺に押し付けやがって・・・。」
コーガは嫌悪しながらも考えた。
コーガは自由になればどこかフラフラと当ても無く世界を見て回るのだと思っていた。戦争などするものかと、今の俺なら逃げるのは簡単なのだと。
そう、今の自分なら何でも出来る。金もある。シュナイダーのクソ野郎には負けたが、まぁその辺のヤツには負けない自信もある。
あんなに厳しい修行にも耐えれたのだ。どんな土地でもやっていける。飛び級組のバケモノ達とまでとはいかないが、特別クラスで1位を取れた実力。俺は自信を持っていい筈だ。
「何、ノロマと金、他の物全て誰かに預けて旅に出るのもいいな。ジジイの遺産など要るものか・・・。」
・・・。
コーガはカラエルから受け取ったものの重さを感じ取り、逃げたくなっているのを、漏れてしまった自分の言葉で理解した。
「・・・くっ、違う。・・・そうじゃない。」
コーガは悟った。
自分が子供だったという事を。
カラエルに護られていたという事を。
カラエルに育てられ、返し切れない程の恩が出来てしまっている事を。
コーガは何故自分が涙目なのか分かった。分かってしまったその刹那、「お前なら大丈夫。」「誰よりも優しい子だ。」という言葉が脳裏に浮かんだ。何度か手を繋いだり、おんぶしてもらった事も思い出した。そしてカラエルは暖かかった。
そしてそのカラエルはもう居ないのだ。
「クソがぁぁぁ!!」
コーガはカラエルに人に迷惑をかけるなども言われていた。
幸いノロマの荷物を受け取る為に今外に居る。思いっきり地面を叩いても誰にも迷惑にならないし、大声を出しても少しならまぁ大丈夫だろう。
「ああぁぁぁ!!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!
「はぁぁ・・・。」
ノロマはコーガが地面を思いっきり叩くものだからビクッっとした。ノロマは無条件にいつもと違うコーガが心配になった。
ノロマはいつものように優しくコーガをグイグイと押した。ノロマはコーガを傷つけないと誓っている。二度と同じ過ちを繰り返さないのだ。
「あぁ、分かった分かった。・・・大丈夫だから。ありがとな。」
ノロマはノロマだなと。
コーガはそう思った。
そしてコーガは自分がコーガであるべきだとも感じた。
・・・しばらくの静寂な時間がその場を支配し、しばらくしてまたコーガは口を開いた。
「・・・。さて・・・やるか。どうするよノロマ。」
自由というもの、責任というもの、コーガの目の前には新しい未知なる世界が広がっていた。
「・・・見てろよジジイ。俺の名はコーガ・ピラーズ。あんたの名を背負ってやりはするが・・・、俺は俺だ。なぁ、そういう事だろ?・・・答えられねぇか・・・。そりゃそうだ。ザマァねぇな。」
ノロマはコーガが何を言っているのか理解出来なかったが、弟分のコーガがもう大丈夫なのだとは容易に理解することは出来た。
そしてまたノロマは胸を張り辺りを警戒したのだった。
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