第29話 リンの葛藤 第二訓練場
「おい、聞こえてんのか土女。ここはお前の来る場所じゃないと言っている。俺の視界に入るな!!これはお前の為に言っているんだ。分かるな?」
「・・・。」
第二訓練場、特別教室メンバーの控え室での話だ。
リンはいつも黙って目線もブラさず意識をどこか違う所に集中している。
「おい女。お前の場所はここではないと言っているんだ。お父様に馬車を用意してもらうからハロルに帰れ。悪い事は言わない。お前にこのレベルは無理だ。」
「・・・。」
「何だ、声も出ないのか!?ハッ。」
「・・・。」
「お前みたいな勘違いをした奴を見ると虫唾が走る。恥を知れ。・・・行くぞシャクル、アイバル。」
「・・・。」
「フン。」
私は怒鳴っている男の髪の毛に埃が付いているのが目に入り、それが気になって話が入って来なかった。
私が何かイライラさせてしまったようなので、とりあえず謝っておけば大丈夫なのかなと思ったが思うように声が出なかった。
・・・と言うのは建前で、本当は私がこの場所に居ていいのかとても不安だ。
私は、初めて経験する。
何を言っているのか理解出来ない程、レベルの高い訓練に圧倒され部屋の隅っこに居場所を見出した。
が、すぐ後に彼から話しかけられたのだ。
彼からしたらどうという事のない出来事だったであろうが、私の萎んだ心をえぐるには十分な心の刃だった。
リンは我慢する事しか知らなかった。
剣を握っていれば落ち着くし、黙っていればまたお父さんと遊べる。
それまでの我慢だ。
皆私が代表に選ばれた事を喜んでいた。
皆をガッカリさせるわけにはいかない。
あの男は一体何だと言うのだ。
私は何もしていないのにやたら突っかかってくる。
はぁ、早く終わらせてお父さんと剣で遊びたいなとか思うのが常だった。
その日帰った後、リンはただひたすら大きなプレッシャーと闘いながら、社会の荒波に立ち向かうかのように激しく剣を振った。
目が潤んでくるのを誤魔化す様為でもあった。
「あら、リン。お帰り。今日はどうだった?」
「うん。いい練習になった。」
「そうか。お父さんも色々あったからな。辛くなったら言うんだぞ?」
「うん。ありがとう。でも大丈夫。」
リンは何が正しくて何が間違っているのか分からない。
ただ一つ。
剣だけが本物であり、それだけは裏切らず自分の証明になることだと知っていた。
彼の言う事がたとえ事実だとしても構わないのだ。
そもそも私はここに来たかったわけではない。
私は私のやるべき事をやるだけだと。
勝てないならそれでいいと自分に言い聞かせた。
それがリンの自我を保つための方法である。
そして連日、彼の正義の執行はとどまる事を知らなかった。
「僕の名はルカク・ボルト。ボルト家の嫡男にしてこの国を動かす人間になる者だ。君達は僕に跪き、我を讃えるのだ。そうすれば皆幸せになるだろう事を約束する。」
リンは彼が何を言っているのか分からなかったし、理解しようとする気にもなれなかった。
しかし子供達だけで行われたその演説はその他の子供達の心を打った様だ。
それは練習中に聞こえてしまう雑談の中にも現れていた。
「おいおい、ルカク様だぜ。カッケェよな。お父様が言ってたんだ。ボルトの人とは仲良くなれってな。」
「あ、私もディナーの時話したらお母様に言われたよ。くれぐれも迷惑な事言わない様にだってさ。私だからお母様に言ってやったの。言われなくても分かってるってね!」
「しかしあの黒髪の女はバカだなぁ。リカク様に挨拶しなかったからまぁ当然っちゃ当然だけどな。」
「ほんとね、かわいそうだけど仕方がないわ。あんな安っぽい服でここに来たのがそもそも間違いなのよ。」
「だな。貧乏が移るって僕のお母様も言ってたし。ほんとルカク様は優しいよ。あの子も身の程を知るべきだよな。ちょっとかわいそうだけど、それが彼女の幸せだよな。」
「・・・ねぇねぇ、知ってた?ルカク様の守護霊ってさ・・・。」
「え、うん。」
「英雄精霊ノアらしいわよ。」
「ノア!?」
「凄いわよね!!」
「ノアって言えば初代アルス様とパーティーを組んでいたメンバーの中の一人の守護精霊だろ!?絵本で見たの覚えてるよ。マジか。すっげぇな!!」
「あぁ、ルカク様とお友達になれないかしら。」
「はっ。ルカク様といい勝負が出来れば仲良くなれるかもな。」
「私もお父様のお陰で守護精霊と契約出来てはいるんですけど・・・。」
「まぁ、ルカク様程には・・・な。」
「ですね・・・。あと、あの御付きの方も気になるのですけど、ご存知?」
「あぁ、アイバル様とシャクル様だろ?あのあの御方達も王家直属の護衛らしいぜ。」
「でもルカク様は二人を相手に訓練していつも打ち負かしてるらしいわよ?」
「すげえなルカク様。あの二人も相当強そうだけど、その二人相手にして勝ってるってなると、やっぱりルカク様は本物だな。」
「んー・・・にしてもあの黒髪の子は・・・。」
「・・・な!土って。ドワーフ・・・。」
「ダメよ笑っちゃ。聞こえるでしょ。」
リンは20人程居る候補生達の会話をなるべく聞かない様に努めてはいたが、流石に実技組手の順番待ちのすぐ後ろで噂話をされては聞かざるを得なかった。
「次っ、・・・お前達、見るのも訓練の内だ。常に自分が戦場に立っている事を意識しろ。」
と教官の女が言った。
教官は女と、老人の二人。
8歳クラスの年齢層は8〜11歳で構成されている。
リンの体が小さいのも相まって余計場違いに見えて仕方がない。
とリンは諦めていた節もある。
リンは8歳と数ヶ月。
背も低いし、持ち霊も貧弱だからか余計目立つ。
何か裏があるのだとか、コネを使っただとか、邪魔だよなとか良くない噂等が飛び交ったものだ。
リンは家では独特の訓練方法を取っていた。
リンは昔から息を止め無呼吸の状態を維持するのが得意である。
その時間は運動していたとしても5分以上維持する事が可能だ。
リンはそれが普通だと思っていた。
その方がブレずに集中出来ると肌で感じていたから、剣を振る時にも無呼吸を多用していた。
リンは、知ってか知らずかドワーフの特性を上手く活用していたのだ。
ドワーフはそもそも地中深くで生活していた歴史が長く、酸素の薄い場所や呼吸が浅くても活動が出来るのが特徴だ。
それは体内の酸素を運ぶ鉄分を無意識にコントロールしている事を意味している。
そしてリンがなぜ今まで勝てていたのか。
それは無呼吸の運動能力と相まった、遊びの中で培った土の精霊との相性の良さにある。
リンは体が小さい。
だからお父さんや道場の先生と打ち合う時にはよく吹っ飛ばされていた。
リンは既に微精霊を従えているのだが、いつ自分に精霊が付いているのかを意識した事が無かった。
重いものを持つときは無意識に体を重くしバランスを保ち、何かを叩くときは手を堅くし痛くない様にした。
大量の酸素を体内に溜め込み、息を止め瞬間的にその酸素を消費すると爆発的な力が湧いてくるのも当たり前だし、その後に来る疲労感も結構好きだった。
落ちていた秘密の鉄の剣が重いときは自分自身を重くすれば剣が軽く感じる事も知ってたし、その剣で一日中倒れるまで切り株を薄切りにして遊んでも飽きなかった。
日々の遊びの中で逆上がりで遊ぶかの様にリンは剣を学んだ。
次第にドワーフの特性と土の精霊は、リンの手足のように器用に機能し、力となっていったのだ。
リンはこの事を特別だとは思っていない。
皆当然やっているものだと思っている。
そんな中ルカク様なる凄い人が居るらしいとなったのだ。
全力で人を切りつけた事は無いが、この人なら大丈夫だろう。
きっと私はあっさり負けて、両親と共に貧乏な生活に戻るのだ。
大丈夫。
この人達からすれば貧乏かも知れないが、私はあの生活が気に入っている。
その、ルカクって人の服にキズの一つでも付ければお父さんに自慢出来るだろうか。
そんな事を思っていた。
訓練中はまず最初に、不意打ちに気を付けろをよく言われてた。
訓練中の怪我でのリタイアはよくあるそうだ。
なのでリンは無呼吸は使わずにいる事を選んだ。
治癒術師も近くに待機はしているが間に合わなかったケースもあったからだそうだ。
リンは訓練が始まってからはスピードを殺し、正確さを重視していた。
そして皆もなるべく怪我しないように私と同じくゆっくり訓練をやっているのだと思っていたのだ。
そんな中リンへの親切な嫌がらせが続き本番2週間前の最終選抜訓練へと移った。
ーーーー
「今日は本番と同じルール、同じ広さで戦ってもらう。」
ザワザワと今日は人が多い。
リンはキョトンとしながら周りを見渡すが、私が恥を掻くのは随分前から覚悟していた事だ。
あまり緊張もしなかった。
「トーナメント形式で、リタイアも認める。この訓練で毎年多くの脱落者が出る事は皆知っているとは思うが、ここで勝ち残れば晴れて3名の代表者と2人の補欠として選ばれる。なお、上位3名は代表内定、関係者10名で試合内容を精査し残り2名。合計5名を選出し、その中からまた代表者3名と補欠2名を選ぶ。一戦一戦気を抜くなよ。初戦敗退でも可能性はあるからな。」
ガヤガヤと会場が騒ぎ出す。
正直リンは何を説明されているのか分からなかったが、勝てばいいのだとは理解していた。
全力を出し切ればいいのだと。
会場は今日はリネイルやセリーヌも来ている。
前日から私負けるかもと話はしてきた。
リネイルは悔いの無い様に思いっきりやれればそれでいいと言ってくれた。
リンは格上の相手に一矢報いる事だけを考えていた。
全力をぶつけるしか無いと。
「おい。」
「何?」
リンはルカクに絶対に媚びなかった。
何度声を掛けられても素っ気ない返事をし、壁を作った。
だからかリンはルカクに目をつけられ、制裁を与えて屈服させねばと思われていたのだ。
それは国を背負うルカクの中では最重要項目であり、自分の力を誇示せねばならないという事だ。
何より周りの人間に示しが付かないとか思っていたし、こんな庶民の小娘には自分との圧倒的な差を理解させる必要があると彼の本能が訴えかけてもいた。
「お前、初戦、俺が相手をしてやる。真剣を持つのは初めてか?人を切った事があるか?切られた事があるか?全力を出せよ。何、一回死ぬとは思うが、生え抜き蘇生部隊が待機している。生き返る事ができる。精神的にやられるとは思うが、ここに居るということはそういう事だ。」
「・・・。」
リンはルカクがペラペラとどうでもいい事を喋るから、何から返事をすれば良いのか分からなかった。
「・・・フン。庶民はこれだから・・・。よし。こうしよう。お前、硬化は出来るな?」
「硬化?」
「何だ、土女の癖に硬化も知らないのか。・・・まぁいい。ヤレヤレ。こんな女に時間がもったいない。腕の一本でも切り落とす。それでお前はリタイアしろ。分かったな?反撃してきたら次は首をねらう。」
「・・・。」
「・・・フン。」
リンは今から文字通り真剣勝負が始まるのをフツフツと感じていた。
そしてあらゆる覚悟をしなければならないとも悟った。
本来ならお遊び程度の8歳クラスなのだが、年長の11歳ともなれば戦場を経験した事のある子供は何人も居る。
その中でもトップクラス腕前のメンバーなら大人顔負けだ。
その中に今自分は身を置いているのだという実感だった。
「審判。」
「何でしょう、ルカク様。」
「蘇生部隊の準備は万端か。」
「はい。先日王都ハロルから1名到着し、3名の治癒術師が待機しております。3人とも実践経験のある者達ですので万全だと思われます。」
「そうか。では一目合わせろ。参加者の安全を確保するのも僕の勤めだ。」
ルカクは父が口癖の様にそう言っているのを何度も見ている。
いつか父の様にならねばという思いから自然に出た言葉だった。
「では、こちらへ。」
「急げ、もう始まるぞ。」
「かしこまりました。」
ルカクは審判の男に案内され、脇にある控え室に入った。
ルカクの横には当たり前の様にシャクルとアイバルが居て、ルカクと共にスッと部屋に入った。
「今日は宜しく頼む。」
「はい。例え体が真っ二つになろうとも治癒して見せます。」
「それを聞いて安心した。思いっきりやれるからな。調子が悪い時は僕に言え。中止も考える。」
「分かりました。お気遣い、感謝申し上げます。」
「負傷者は精神面でもカバーしてやれよ。自殺されてはせっかく治療して助けても敵わんからな!ハッハッハ。」
「かしこまりました。」
「ルカク様、そろそろ始めますので・・・。」
「そうか。」
ルカクはあたかも自分主催の大会だと言わんばかりだった。
ーーーー
「第1064回、終焉祭闘技選抜大会を始める。参加者は全20名、ルカク・ボルト、シャクル・バール、アイバル・・・。」
全員の名前が読み上げられ、挨拶も早々に第一試合が始まろうとしていた。
「よう。」
毎回この男は私に何の用なのだ。
イチイチ話しかけてきて面倒極まりない。
「何?」
「まぁそういうなよ。聞けばお前、地元じゃ負け無しだそうだな。」
「それが何?」
「違う違う違う。俺は謝りに来たんだ。俺はお前を強者と認めるって言ってるんだ。」
「そう。まぁ、どちらでもいいわ。」
「それはそれは。余裕だな。それとももう戦意喪失してるって事か?それは困るぜ、リン・ローダ。」
リンは名前を間違われている事などどうでも良かった。
早くこの男から解放してくれと願うばかりだ。
「僕もこの一戦が僕の人生でも初戦になるんだ。時期に当主となり僕は皆から慕われる存在になるだろう。お前は光栄に思うべきだ。僕の最初の相手となるのだからな。」
「そう。出来るだけ頑張るわ。」
「まぁ、せいぜい惨めな試合にならないよう、努力してくれたまえ。頼んだぞ。」
「・・・。」
試合会場は屋内。
人が1000人は余裕で入れそうな広さだ。
リン達が今まで練習してきた場所でもある。
会場中央に四角く枠取られている訳だが、恐らくこの中での試合となるのだろう。
試合と言っても相手を無力化させれば何でもいい、蘇生可能なレベルでなら殺しても大丈夫という、極限のルール。
この世界では残酷な現実を早いうちから自覚させるという狙いがあるのだが、流石に死傷させる程の事は本戦ですらあまり無い。
16歳クラスでの戦いなら日常茶飯事だか、8歳クラスでは単純にそこまで能力に差が出る事も無いのだ。
実際見に来ている保護者や関係者も子供のお遊戯会を観に来ているつもりのものも多い。
そんな中、トーナメント第一試合。
第1シードのルカク・ボルトとノーシードの、リン・ロードの対戦が始まった。




