第27話 セレン・アース・ロード
失敗した。
僕はニアと仲良くなるべきではなかった。
ニアの優先度が高くなり過ぎている。
今のままではこの計画は失敗する気しかしない。
僕の手ではニアを殺せないからだ。
ニアと家族達の命を天秤に掛けている訳ではないが、今の計画で確信に至れていない今の自分には到底無理だとしか思えない。
・・・彼女を、ニアをもっと無下に扱うべきだったか。
彼女と結婚という話が出た後日、僕の中で元々あった違和感が存在感を増してきた。
僕は今までその違和感の正体を見て見ぬフリをしていたのだが、昨日の彼女の笑顔でその正体が少し分かってきた気がしたのだ。
そして今、その答えを模索している。
この違和感は幾つかあるが・・・。
そうだな。
僕とニアが死ぬことによって、本当に家族や友人が救われるのかという事だ。
・・・深く考えずに無条件にそれが正しいと思い込んでいた。
それが今考え直した方が良いだろうという結論に至っている。
ここ数ヶ月、僕が異転者と呼ばれていると発覚してから考えに考えたが、今至っている答えに実はあまりしっくり来ていない。
そう。
違和感があったからだ。
直感的に僕はこの世界の邪魔者だから、家族やアリシアや皆を巻き込むべきではない、離れなければという盲目的な気持ちが僕の中を支配していただけで、迷わず確信を得て進んでいる状況では無かった。
きっとそれで大丈夫だよねと自分に言い聞かせながら、自分を誤魔化しながらニアと計画を進めていた感じだ。
ただ好きな人を、家族を、自分の命を賭してでも護る事が正義だと思っていた。
全てを投げ打ってでも護りたいという自己犠牲。
自分の命を投げ出す事。
これは揺るぎない僕がするべき最低限の正義だと何処かで思い込んでいた。
が、昨日彼女の顔を見てその考えに疑問符が付いたのだ。
僕が死ぬだけで、残された人は本当に幸せなのかと・・・。
彼女は僕と共に死ぬ運命にある。
死ぬのだ。
だが彼女は笑った。
確かに笑ったのだ。
僕の自惚れで勘違いかもしれないが、一瞬だったかもしれないが、彼女は幸せそうな顔をしたのだ。
そうだな。
例えば母は、僕が異転者だと気が付いたとして、僕の死を望むだろうか。
リネイルなら、リンなら、アリシアなら、アカミナなら・・・。
望まないと願いたいが。
だが考えてもみると、望んだとしても望まなかったとしても、どう転んでも幸せとはならないのではないか?
という事は、僕の死は妥協案でしかないのかもしれないと思えてきたのだ。
・・・・・・。
・・・・・・。
実は・・・。
根本的な所で間違っている事に気が付いている。
僕はその事から目を背けていた。
実は最初から分かっていたのだ・・・。
だがその選択は間違いなく修羅の道。
それこそ僕の周りの人間を巻き込んで全滅させてしまいかねない。
この世界を根本から否定せねばならないのだ。
さて、どうするか・・・。
あぁ、そうだ。
サーチャ、あのさぁ・・・。
(何?)
・・・。
ーーーー
「ニア。ちょっと話がある。」
あれから1週間程か。
またニアが来てくれて例の場所に来ての第一声だ。
特に何か言おうと決めていた訳では無いが、話さずにはいられないようだ。
ニアはいつも以上にニコニコしていたのだが、雰囲気ぶち壊して申し訳ないと思う。
「何?そんな真剣な顔して。」
「ちょっと計画を変えようと思って。」
「・・・うん。どうするの?」
「その前に色々聞きたいことがあったりするんだけど、それも踏まえて考えてる事まとめて話す。」
「ん?・・・あー、分かった。」
ニアはキョトンとした顔で木の上に座った。
彼女は今日は少し暖かいのもあってか、僕の嫁になった事を意識してか、少し薄着で来ていた。
太ももの辺りにスリットが入り、月の光でさえ肌が少し透けて見えるのが分かる。
心なしか頬も赤い。
僕が4歳で身長も低くなければ上目遣いしてきただろう。
僕はそんな彼女の気持ちを無下にし、自分の中の物を彼女にぶつけようとしている。
それで彼女はどういう反応を示すのか。
僕はただ、理解してほしいだけなのだ。
それ以外今は考える余裕が無い。
「正直何処から話していいか分からないから、分からない事が出てきたら口を挟んで質問して欲しい。」
「・・・。」
「まず、君を死なせたくない。最初はニアに悪いけど死んでもらう予定だった。けど君も大切な人になってしまった。・・・で、色々やって僕の事がバレて皆が処刑されるかもしれないけど、それでもやらなければならないと思う事が出てきた。ちょっとニアの意見を聞きたい。」
「・・・。」
「そもそも、何故処刑されなければならないのかって話だ。」
「・・・。」
「うん。異転者は処刑するよね普通。で、何故異転者を処刑するのか。何だっけ。」
「洗脳?」
「うん。確かにそんな感じだった。そもそも洗脳って何?って話だ。人それぞれ考えがあって、その人の考えがいいと思えばその人の考えを取り入れる。いい事じゃないか?」
「・・・そう・・・かな。」
ニアはまだそれが何?と、険しい表情だ。
「良し悪しは置いといて、それが直接死に値しないって事だ。それにニアも知ってるとは思うけど、僕の居た世界は、この世界よりも文明は栄えている。この世界でもその考えや技術を取り入れていいと思うんだ。」
「・・・。」
「だから、この世界の考えと違うから洗脳だとか言って処刑するのはそもそも疑問しか残らない。そういう論理的思考から外れた宗教とかならまた軌道変更しないとだけど。またそれは別の話だと思う。」
「そう・・・かもね。」
「あと、ここが分からないんだけど、言い伝え・・・にあったあの一文。結局、異転者の村、国?は、魔族に襲われて滅亡したんだっけ。」
「そうね。生き残りも数人居たっぽいけど、魔族に滅亡させられたで良いと思う。」
「魔族ってそういう事するの?」
「・・・私もそんなに詳しくないんだけど、かなり珍しい話だと思う。魔族が現れて半壊とか、城が壊されたって言うのは何回か聞いたことあるけど、全滅とか滅亡とかいうのは無いと思う。」
「その処刑されるって話、異転者は魔族から狙われるから、狙われて危険だから処刑って流れでもあるよね。だとしたらそもそも何故魔族は異転者を狙ったのか?襲われたのは偶然って可能性もあるし。」
「・・・そうねぇ。」
ニアに話しながら僕の中でも整理が付いてきた。
「僕はまずそこを知りたいんだ。」
あ、思い出した。
「僕の知り合いに、魔族か魔物が忘れたけど、いいヤツも居るって聞いた事がある。僕は彼の言うそのいいヤツと話がしたいと思っている。」
「・・・。」
ニアは僕のやろうとしている事に気がつき始めたようで、目が丸くなってきた。
「それと、信用出来る人を見極めて、極力避けるけど、必要とあらば僕の正体を明かそうと思ってる。」
「え?大丈夫なの?」
「基本的に正体はバラさない。けど、このまま僕の計画を進めるのは厳しい。ニアの負担が重過ぎる。余裕が無い。ボロが出て失敗する可能性が高い。それならそれなりのリスクを負ってでも攻めるべきだとの判断だけど。最低あと1人、多くて3人くらいに僕の正体明かして協力者にと思っている。」
「・・・アリシア・・・は?」
「アリシアなら協力してくれるとは思う。けど、それはバレそうになってしまった時だけバラそうと思っている。今の所予定には無い。」
「・・・そうね。」
「・・・僕は・・・、世の中の理を壊そうとしている。平和を壊そうとしている。嫌われてしまうだろうと思う。」
「うん。私も驚いている。」
ニアはまだ疑心暗鬼か。
まぁ、それもそうか。
「・・・僕は・・・。僕は君を護りたい。アリシアを護りたい。母を家族を、皆を護りたい。本当の意味で幸せになって欲しいと願っている。世界を敵に回したい訳じゃない。僕達を理解して欲しいだけなんだ。そして僕も世界を理解したい。良い循環を巡らせたいんだ。」
「・・・。」
「どうやら僕が死ぬってのは妥協案みたいなんだ。」
ニア・・・。
話しながら僕は思った。
君は僕の全てを知り、それでいて冗談混じりながらも僕と結婚とまで言ってくれた。
僕を認めてくれたんだと思う。
そう勝手に思い込んでいよう。
それでも僕はそれがただただ嬉しい。
僕は証明しなければならない。
君の目が狂っていない事を。
君の旦那(仮)は凄いんだぞと。
僕は・・・、僕を認めてくれた君が笑う所を見たいんだ。
君が笑う為に世界を変えなければならないのなら、世界を変えよう。
どうやら僕は・・・。
「今までは逃げてたから答えが出なかったみたい。・・・ここまで聞いてどう思う?」
「どう思う?・・・んー・・・。ちょっと急すぎて頭の整理が出来てないんだけど。とりあえず・・・その・・・、私を死なせたくないって思ってくれたのは嬉しかった。けど・・・けどね。何を考えているかは分からないけど、かなり厳しいと思うわ。可能性が低過ぎる。それに貴方の精霊はただの土の微精霊よ?」
「それがどうしたの?」
「いやぁ、私が言うのもなんだけど、そんな大きな事が出来るとは思えないわ。」
「大きな事か・・・。とりあえず僕はね。逃げてたんだと思う。だってそうでしょう?この世界から居なくなる。死ぬって事は逃げるって事だとも言えるよね。」
「まぁね。」
「逃げた先には答えは無いんだ。少なくとも逃げてプラスになる事はない。ダメージは抑えられるとは思うけど、逃げるってのは苦肉の策なんだ。逃げてばかりではいずれ溜まり溜まったツケが回って来る。少なくとも僕の経験ではそうだ。」
「・・・。」
「それにね。僕ら二人が死ぬって策は、結果に対する対処なんだ。」
「結果?」
「そう。結果。処刑されるって結果を回避する為の対策。結果の対策をどれだけやっても解決には至らない。悪い結果が起きるって事は、その原因があるはずなんだ。本来その原因を探って対処しなければ永遠に負の連鎖からは抜け出せない。頑張っても楽にならないし、楽しくもならない。」
「・・・じゃぁ今回の原因は何?」
「今の目標はその原因を見定める事だ。まだ根本の本来あるべき姿は見えていない。まだ僕には分からない。・・・とりあえず現状まで順を追って探ってみるよ。まず僕、僕らが処刑されるのは何故か。さっきも言ったけど、魔人に襲われるから、周りの人間を洗脳するから、理から外れるから。って理由だったと思う。」
「そうね。」
「でもこれは原因じゃない。」
「原因・・・ではないわね。いや、魔人に襲われるのが原因・・・あぁ、なるほど。」
「・・・うん。そうね。まず洗脳ってのはちょっと違うとして、理から外れるってのも考えなくてもいいと思う。これもまた別に対策する必要があるとは思うけど、それはまた別の機会に話そうか。一番の原因っぽいのは魔人に襲われるって事だよね。でも更に深く掘り下げれば、何故魔人に狙われ襲われてしまうのか。そこが今回の謎なんだ。」
「そうね。謎と言えば謎なのかしら。」
「・・・そうだな。本来なら異転者、転生者は優遇されてもおかしくない。むしろ優遇されるべきだと思う。皆金は好きだろう?楽で裕福な生活はしたい筈だ。転生者の持っている新しい技術や知識はお金を稼ぐ為の絶好のチャンスだ。拷問して吐かせるとか、監禁して奴隷のように働かせるなら分かるけど、便利な異世界人を抹殺する意味が分からない。理解出来ないんだ。」
「・・・そもそも魔人と人間は分かり合えないと思うけど。」
「んー、なる程。そうかもね。んーとね。・・・言葉は通じるんだろう?僕はね、分かり合いたい訳じゃ無い。魔人の考えを理解したいんだ。例えば転生者の肉が栄養価が高くて美味だからってんなら理解できる。でも分かり合えた訳じゃ無い。でも対処は出来るよね。僕は理解したいんだ。理解したうえで対処しなければ、本当の意味で皆を救えた事にはならないと思っている。出来るか出来ないかは置いといて。・・・ニアは。ニアは僕の考えを理解出来る?」
「・・・なんとなくは・・・ね。」
「・・・うん。結果に対して原因があって、その原因という結果に対しての原因もある。どのレベルで対策するか。割りに合うか合わないか。やるべきかやらざるべきか、出来るのか出来ないのか。あるべき姿は何なのか・・・。」
「・・・。」
「例えばさ、手元に水が無い時、喉が乾いたらどうする?」
「水を汲みに行くわ。」
「まぁ、普通そうだよね。喉が乾いた結果に対する対処だ。でもそれだと毎回水を汲みに行かなければならない。そもそも何故喉が渇くのか、近くに水が無いから。これが原因。」
「なる程。じゃぁ、川の水から水路を引いてくればいいって事ね。大変だけど、一時的ではなく原因の対策が出来るって事ね。」
「だね。井戸を掘るってのでもいいし、拠点を変えるってのも対策にはなるよね。・・・じゃぁ次はさ、風邪を引いたらどうする?」
「治癒をかけてもらうわ。解毒魔法か、浄化魔法ね。」
「へー、魔法か。なる程。アリシアも出来るの?」
「アリシアは専門だからね。得意よ。」
「へー。まぁ、分かってると思うけど、それは結果の対策。根本的な解決とは言えない。どうする?」
「どうするって・・・。」
「風邪とかはね。目に見えないウイルスとか、菌が原因だったりするんだ。ある程度の量なら体の免疫で対処出来るけど、体が弱ってたり、体内に入って来る量が許容量を超えたら体調が悪くなるって事でいいと思う。さて、どう対策する?」
「その菌とか、ウイルス?を倒しちゃえばいいんじゃない?」
「うん。原因の対策としては一番効果あるね。理想ではある。間違ってはいない。けど、間違ってる。」
「そんな気がしてたわ。」
「何故なら倒せないから。倒し方が分からないから。そして、もしそれを倒せたとしても、他の悪い結果を招きかねない。天敵のウイルスが居なくなった事によって魔獣が大量発生するとかね。例えばだけど。僕はそれはあるべき姿では無いと思うんだ。だからもう少し手前の原因で対処する。」
ニアは目を右上左上にやりながら模索している。
否定的で疑心暗鬼だった所から頭を働かせる所までは来れたようだ。
最初、僕自身整理がついていなかった事もあって不安だったが、ここまで来ればあとは詰めれば大丈夫だろう。
「僕としては、まぁ、体調管理かな。予防する為の薬とか、そのウイルスの流行ってない地域に移動するとか、なるべく人と接触しないとか、色々あるけど、一番原因に近い対策としては免疫力強化の為の体調管理って所かな。」
「・・・言いたい事は分かったわ。つまり、処刑される結果でもなく、魔人を倒すでもなく、その・・・なんて言うか・・・。」
「うん。」
「・・・んー、出来る範囲で・・・、そう。出来る範囲でなるべく原因を対処するべきって言いたいんでしょ?」
「そうそう!!そんな感じ。それが言いたかった。まぁ、それが理解して欲しいって事でもあった。そうだね。ニアもある程度理解出来たと思うんだけど、同じように魔人の考えも理解したいんだ。つまり、魔人が襲って来るのは原因ではなく結果であり、その結果の原因は何かを探りたいんだ。」
「うん。」
「・・・最初は理解出来てなかったから、何言ってるんだコイツって思ったでしょ?多少は。」
「そんな事・・・は無い・・・。いや、多少はあるかも。」
「魔人も僕達が理解出来てないだけで、理解すれば感情的にはならないはずなんだよね。とりあえず僕は話を聞きたい。どういう種族なのか。野蛮過ぎて話も出来ないならまた考えないとだけど、ミリダンから聞いた話の雰囲気からすると多分知的な種族だ。」
「・・・私も興味湧いてきたわ。・・・そうね。魔族・・・論文のテーマにするのもいいかもね。」
「ほう。」
正直話が早くて助かる。
僕が派手に動けないぶん、ニアに主に動いてもらう必要がある。
僕達はこれからどうするか、ニアと模索しながら時を過ごした。
ちょっと肌寒くなって来たこともあり、僕はニアの湯たんぽ代わりとなっている。
まぁ、嫌な気分では無い。
さっきから目のやり場に困っているのだが、ニアはそんな僕を見て楽しんでいる様だ。
・・・いつかニアをギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやる。
僕は心にそう誓った。
早く大きくなりたい。
色々と。
「あぁ、もうこんな・・・。」
思ったより時間の過ぎるのが早かったようだ。
うっすらだが空に明るみが出ている。
話のキリもいい所だし、そろそろ帰って寝ないと昼間がキツくなる。
「あぁ、ほんとね。また抱っこさせて。」
「ん?」
抱っこされてしまった。
この体は小さくて、歩く速さを大人のペースに合わせるのは大変だから正直助かるのだが・・・。
僕の中の何かが失われている気がする。
「んー!・・・セレン、好きよ。」
ん?そうなの?政略結婚みたいなもんじゃなかったのか?
まぁいいか。
お世辞にせよ評価されるのは嬉しい限りだ。
「ん。ありがと。僕も好きだよ。普通に。」
「ん、最後のは要らない。」
「あと・・・。」
「ん?」
「今日のニア、とても可愛い。」
「ん!ありがとう。でもね。ちょっと遅い。」
そう言いながらもまた頬にキスをしてくれた。
・・・。
僕の中の何かが満たされているのがわかる。
さぁ、ここから。
・・・ここからだ。




