第三話
その日の深夜、月の巫女と名乗った、レイリアが部屋を訪ねてきた。
半ば強引に、部屋の中に入ってくる。
頭から被ったローブを脱ぐと、肌が透けて見えるほどの薄い生地の服を着ていた。
流れるような銀髪。
抜けるような白い肌は、興奮で少し桃色に染まっている。
胸は、大きすぎず小さすぎず、奇麗に整っていた。
サイボーグの体で再現しようとしたら、豪邸が買えるくらいの資金が必要になるだろう。
”貴女の遺伝子が欲しい”というのは、元の世界のプロポーズの決まり文句だが、別の意味で思わず言いそうになって、急いで止めた。
「な、なんの用事でしょう」
サイボーグの体になってから、ここまで動揺したのは初めてだ。
「夜伽です。勇者様」
奇麗な青色の目で上目遣いに言った。
「いやいや。会って半日しか経っていませんよ!?」
思わず敬語になった。
「生まれたときから、この日が来るのをお待ちしておりました」
「取り合えず、落ち着こう]
いつの間にかベットに追いやられている。
押し返そうにも柔らかい体の感触にあらがうことが出来ない。
「ふふふ。お姉さまたちも勇者様に、お情けを頂戴していますわ。一人目の勇者様は女性で亡くなられていますし、三人目の勇者様も亡くなられていますが」
「!」
「他に勇者が生きている?」
てっきり勇者が死んでいなくなったから召喚されたと思っていた。
「王国の各地にいらっしゃいますわ。国王も正気ではないのでしょうねえ」
「この世に破滅をもたらす、六番目の勇者様を召喚するんですもの」
「まあ。信託で巫女が六人指名されたのです。遠からず召喚されたでしょう」
確かに、次の瞬間、この星を吹き飛ばすことは出来るが、
「怖くないのか?俺のこと」
「ふふふ。一緒に連れて逝ってくださるのでしょう」
瞳から光が消えた。さらににじり寄ってくる。
「ひいい。そうだっ。この世界について教えてくれ。月の女神のことはどうだ?」
「…………しかたありませんねえ。これでも月の巫女の端くれ。何の話からしましょうか?」
「有名な神話とかは……」
「では”月を食べる狼”の話をしましょう」
少しすまして言う。
た、助かった。なんだ、普通の表情もできるんじゃないか。
レイリアが話始める。
月の女神は双子だった。
姉のルミスと妹のルミナだ。
「今は一つですが昔は本当に二つ、夜空に月が浮かんでいたそうですよ」
月の女神二人は、太陽神ルインに同時に恋をする。
二人とも一歩も譲らない。
最後には、ルミナが自分の左目を使い、神獣である巨大な狼を作り出し、姉を食べさせた。
それから、夜空に月は一つになったが、満ち欠けするようになった。
「月の女神は人格を二つ持っていて(二重人格)それが一つになったとも言われますね」
「さらに、この世の果てに、”月を食べる狼”が封印されているそうです」
奇麗な声と穏やかな語り口に聞きほれながら、横顔を見つめていると、
「……月の女神ルミナ様の司るものは”狂乱と嫉妬”です」
「しまった」
彼女の青い目に、蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなった。
◆
次の日、国王に呼び出され力試しに、北の森の魔物を倒してくるように言われる。
魔物とはどういうものだろう。
調査のためにも断る理由はなかった。
場所は、ガーランドが知っているようだ。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
ガーランド。そのネタはどこから!?
「……怖かった」
小さくつぶやいた。
だが何とか貞操は守ったぞ。
「何がですか」
いつの間にか後ろにいたレイリアが不穏な声色で言う。
「何でもない。何でもないんだ」
「なっ。月の巫女はこういうもんなんだよ」
ガーランドはくつくつと笑いながら言った。
魔物が出る北の森は、馬で三日の距離らしい。
ガーランドとレイリアは馬で、自分はバイクで出発する。
さすがに野営中は、レイリアは襲って来なかった。
二日目の野営地の夜、三人で焚火の周りを囲んで、簡単な夕飯を食べている。
「正宗。お前の元の世界はどんな所なんだ?」
「ふーむ。宇宙船、いや星を渡る船で星の間を旅行していたな」
「……我々が元々いた星、”地球”と言うんだが、約200年前に太陽に飲まれて無くなってるんだ」
「狼に食べられたのですか?」
「いや、太陽が巨大化したんだ」
「ま。他に住める星が三つ見つかっていたから、なんとかなったんだけどね」
「星っていうのはあれか?」
空を指さして言う。
満天の星空だ。
大気がないと星は瞬かない。宇宙船からでは見えない光景だ。
ファーストビルを求める人の気持ちが、少し分かった様な気がした。
「そうだ」
と短く答えた。
中身は人間。
青い髪ではありません。