おじさんと駅ホラー
日本の夏って、蒸し暑いよね。おじさん、夏は弱いのよ。食欲はあるんだけどね。あんまり運動しなくなるから、どうにも鬱っぽくなるのよ。それで、いろいろと気にしちゃうのよね。最近は汗の臭いが気になっちゃうの。
そんなに汗をかくタイプじゃないとおもうんだけれど、やっぱり汗臭いよね。いや、ワキガではないとおもうよ? あれって自分では臭いって感じないらしいからね。おじさん、自分でも臭いっておもうもの。加齢臭じゃんっておもうもの。
だからね、おじさん、できるだけ人から離れるようにしてるの。電車がくるのを待つときも、できるだけ人のいないところで立っているの。普通はここまで端の方にはこないんだけどね。今日は特に混雑しているから、仕方ないじゃない。女子学生の集団がいるんだもの。なにかと敏感な女の子からは、とくに距離をとろうっておもうじゃない。
うん、わかってるよ。きみも女の子だってことは、ちゃんとわかってるの。でもね、ふつうの女の子は、プラットホームの下に立たないでしょう? 足もとの近くに蒼白い顔だけみえていたら、さすがに幽霊だなって気づくよ? おじさんだってそこまで鈍感じゃないもの。
いや、悪いとはおもっているんだけどね。ずっと体臭のことを気にしていたものだから、幽霊なら臭いとか気にしないっておもうじゃない。嫌がられるとはおもわないじゃない。きみに気づいたときは、幽霊と波長が合うくらい鬱っぽくなったのかなって悩んじゃったから、心配りが足りなかったのは認めるけれども、まさか距離をとられるとはおもわないじゃない。
きみって地縛霊かなにかでしょ? 心を病んでしまった人を同じ場所に引きずりこんじゃう存在でしょ? なんで野良猫レベルの素早さでプラットホームをスライド移動しちゃうの? 足もとを蒼白い顔がすーっと移動していくとか、おじさん、もうちょっと元気だったら悲鳴を上げていたよ? きみはそれでいいの? おじさんが悲鳴を上げても誰も喜ばないでしょう?
いや、うん、ごめんね。ホームぎりぎりの位置にいて、眼だけは合っているけれど、おじさんの心の声は伝わっているのかな? そんな場所まで追いつめちゃって、悪いとはおもっているの。次に見かけたときは近づかないようにするから、許してくれないかな? それと念のために教えてほしいんだけど、きみが距離をとったのって、おじさんが汗臭いからじゃないよね?
元気になるために黒にんにくを食べようかなっておもうんだけれど、食べると余計に臭くなったりしないのかなって不安にもなったり、って、あれ、いない。いったいどこへ? いつの間にか背後に、ってパターンでもないとなると……そろそろ電車がくるのかな?