始まりの音色
貴方が幸せになっても、誰も困らない。
*
私は円を描いている階段を登る、どんどんどんどんと。塔の高いところにある部屋を目指して。
雨はまだまだ止む気配が見えず、ザーッと降り続いている。
階段を半分ほど登った時、上の方からとある音色が──聴こえてきた。透き通った声と心地の良い音……傷付いた心が癒されるね。これは。
「悩んでる身体が熱くて、指先は凍える程冷たい。「どうした、はやく言ってしまえ」そう言われてもあたしは弱い。
あなたが死んでしまって、あたしもどんどん年老いて。想像つかないくらいよ。そう。今が何より大切で。スピード落としたメリーゴーランド。白馬のたてがみが揺れる。
少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ。甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし。流れ星ながれる。苦しうれし胸の痛み。生涯忘れることはないでしょう。生涯忘れることはないでしょう。
鼻先をくすぐる春。リンと立つのは空の青い夏。
袖を風が過ぎるは秋中。そう。気が付けば真横を通る冬。
強い悲しいこと全部心に残ってしまうとしたら、それもあなたと過ごしたしるし。そう。幸せに思えるだろう。息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる。
少し癖のあるあなたの声。耳を傾け。深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし。琥珀の弓張り月。息切れすら覚える鼓動。
生涯忘れることはないでしょう。生涯忘れることはないで──」
曲が終わりかけている時に、私は部屋に入った。
「なんで日本人じゃないのに、そのチョイスなんですか? カブトムシ、確かに良い曲ですけども」
私は彼女達にそう言った。
彼女達はこちらを一斉に見て……いや最初からこちらを見ていた──私の運命を──知っていたかのように。
「あら、いいじゃない……それともこれは日本人専用ソングだったのかしら?」
「いや、別にそうわけじゃないですし、曲に国境なんて物は無いと思っていますよ──しかしチョイスが渋いと言いますか……」
部屋の中央にあるピアノ、それはロジカルクイーンが弾いている。そしてピアノの横に立ちながら歌っているのはメイドさんだった。
そう。ここはお城の中である。幾つもの塔が連なって出来ているお城なのだが、ここはその塔の中の一つである。
「というかロジカルクイーンさんではなく、メイドさんが歌うのですね。メイドさんのこと、無口キャラだと思っていたので意外です」
「この子は歌唱姫なんだわ」
「いやそれは歌姫でいいでしょう」
シングクイーンとかでも行ける、と思いながらツッコミを入れている私に、メイドさんは言及をしてくる。
「友香様。私は無口キャラではありません。お嬢様のように雄弁ではありませんが、普通ですよ。私──こと──このメイドは。言うなれば無表情キャラですよ。ただの」
そして──とメイドさん。
「今日は何用なのですか? 私に窓から外に放り投げられに来たのですか?」
「いや違います。私はそんなドMじゃないので──そんなことされに来ませんよ」
確かに可愛いメイドさんではあるが、そこまでの願望が湧いたりする人っているのか? あーでも……なんか岸折ぐらいなら喜びそうだな……完全に私の想像で申し訳ないけど……。
私はグッと拳を強く握る。
「ちょっと──『残酷な運命』について、です。ロジカルクイーンさん」
*
名切 宗次郎。彼とは色々あった。
彼は今年の春が終わりかけていた頃、ハンプティダンプティという核爆弾が堕ちる位置に設定されたのだ。
ハンプティダンプティを、つまり綺麗な物を見てしまい、核爆弾の照準に入ってしまった。
そしてそれを解除する方法は一つだけ、ハンプティダンプティより綺麗な物を見る──というお遊戯会で使われそうな設定だった。
しかしそんな解除方法のおかげで彼は救われた。咲──という名切君の好きな人に助けられた。
そして救われた後、様々な人に背中を押されたおかげで、無事彼等は付き合い始めたという訳だ。
私はこのハンプティダンプティ事件にあまり関わっていたわけではないが、彼等が付き合えるようには努力したつもりだった。
なんせ彼等は馬鹿だからだ。頭が悪いじゃなくて、恋愛方面で馬鹿なのだ。
その馬鹿が引き金となり、何度も問題が起きた──そしてその度に私に彼等は頼んできたのだ。問題を解決するべく、私というお姉さんに。
ぶっちゃけ咲と付き合う前から、時々問題は起きていたりした……問題が起きる頻度が上がったりはしたけど──ま、そんなもんだよね。人間関係って。
だけど問題が起きていたからこそ、私達は、名切君は、咲は、人留シスターズは、時様君は、美水さんは──親友になれたのだと思う。
そんな親友の名切君……その名切君はもういない。
どこにも……いないのだ。死んでしまったから──殺されたから、誰かに。
もう死んだ人間は蘇らない──だから私はやるべきことをやるだけだ。本当は嘆きたいけど、本当は泣きたいけど、本当は挫けたいけど、本当は歩くのを止めたいけど、本当は全てを投げ出したいけど、私は駄目なのだ。私が皆のお姉さんなら、立ち上がるしかない──私はそう思い、ここまで来た。登ってきた。
*
「で、なんなのかしら? 友香──いえ五代目ロジカルクイーン」
彼女は玉座に座っている。メイドさんは紅茶を淹れにどこかへ行ってしまった。
「はい旧ロジカルクイーン……四代目ロジカルクイーン」
ニヤニヤと言ってきたロジカルクイーンに、私はハッキリと言ってやった。ロジカルクイーンは意外だったのか、少しだけ眉毛が動いた。
「もう覚悟は出来たのね、素晴らしい──優秀だわ」
「ありがとうございます。そしてですね、ロジカルクイーンさん。実は終結姫も頂きに来たのですよ──もうロジカルクイーンさんには不必要ですよね? 私はこの『残酷な運命』っていう輩を終わらせたいのです」
「いいわ」
ロジカルクイーンは私の目の前にストン、と飛んでくる。
思考の先読みというか、私の行動に合う正しい論理を導いたのだろう。つまり論理的思考をしたという訳だ──彼女はこう言ってくる。
「つまり事件を解くのを手伝って欲しいという訳なのね?」
「そうです。今、私は五代目ロジカルクイーンですし、そして二代目終結姫も頂くつもりですが、如何せん私には知識や経験、実力が圧倒的に足りていません──なので私は今回だけロジカルクイーンさんの助手をさせていただきたいのです」
「いえ貴方が探偵で、私が助手で良いわ──逆にそうじゃないと、私は手伝わないわよ?」
「……分かりました。それでいいなら、それで──お願いします」
まあロジカルクイーンが手伝ってくれればどうだっていいしね、と私は思いながら話を進める。
「メイドさんも手伝っていただけますか?」
「え? 私ですか?」
「あれ。意外でしたか? メイドさんは今までロジカルクイーンさんの助手をしてきたらしいので、ロジカルクイーンさんを何度も何度助けてきたと思います──今回も何があるのか分かりませんので」
「確かに、そう言われれば納得出来ますね。私は運動神経が良い方なので、そちらの方面でもお助け出来ますしね。分かりました。一皮剥けた様子の友香様の仰せのままに──行動させていただきます」
「い……いえ、そんなに気を使わなくても良いですよ──私、ただの女子高校生なんですしね」
メイドさんは少しだけクスッと笑ってくれた。
「いえいえ貴方様は五代目ロジカルクイーンですよ。もう普通ではありません」
*
ということで私とロジカルクイーン、そしてメイドさんは事件を終わらせるべくして、お城からホテルに向かっていた。
雨が酷いので、全員が全員しっかりと傘を持って歩く。
「本当に久しぶりの雨だわ。私、雨が嫌いなの──鬱陶しいからね。この雨のせいで貴方達を迎えに来る船とかが来ないのでしたっけ?」
「そうですよ。雨のせいで迎えは来ませんし、元々微弱だった電波は完全に行方不明で来ませんし、電話線は恐らく犯人にですが、全て切られていましたし……だからこの雨が止まない限りは、為す術がないという訳なのです。結構絶望的状況ですよね。本当だったらすぐに帰って、捜査してもらえればいいのですが、それが出来ない今──犯人と寝泊まりしなくちゃですし」
「ふぅん、この島から出る術が無いと──やはり…………雨は、とても嫌いだわ」
と彼女は空に嘆く。
私は彼女のバルーンドレスやメイドさんのメイド服が汚れないかが心配過ぎて、二人がホテルに向かう前に「汚れてしまいますよ」と言ったのだが、彼女達は着替えることなんて一切しなかった。一切してくれなかった。
「というか本当にお二人さんはなんでそんな汚れそうな服で来てるのですか……汚れても知りませんからね」
「これは私達の戦闘服なんだわ。犯人が被害者の血で汚れないように、黒い服で人を殺すのと同じで、犯人を探す……つまり人生を終わらすにはこの服が一番なの」
「そもそも私はメイドですしね。目には目を、歯には歯を、メイド服にはメイド服を──当たり前ですよね」
「いやすみません。それはちょっと意味が分かりません」
そんな会話をすること十分、私達はホテルに着いた。
ロビーに入ると、名切君の死体を取り囲むように四人の大人達が立っていた。
二人は木賀峰と鳶太刀、他の二人はこのホテルのウェイター、キャッシュ、コンシェルジュ、ソムリエ、シェフ、ハウスキーパーを全て担当している従業員だった。
ホテルの従業員はサンディ=カフスコッチという七三分けの黒髪で、高い鼻とスラッとした長い四肢の男性。
そしてナナリー=エマーソンというしっかりと纏められたポニーテールの黒人の女性。
──この二人だ。というか大変過ぎだろ。ホテルの全てを任せられてるとか……しかも二人しかいないし……ブラック会社かな?!
サンディさんとナナリーさんは私達がロビーに来たことに気が付くと礼儀正しくペコッと頭を下げてきた。
自分達のホテルで酷い惨殺事件が起きたというのに、まだホテルの人として動いている……大人の対応というか、立派だ──本当に。
「あのそちらの方は……」
ナナリーさんが私の背後にいる二人を見て言ってきた。
私は答える。
「この事件を終わらせることに協力してくれる二人です。超強力なスケット──だと思ってくれれば大丈夫ですよ」
ロジカルクイーンはわざとらしく笑ってきた。
「そう、私は一代目終結姫であり、四代目論理姫──早速ホテルにいた人達への事情聴取を開始するわ」
まあ事件が起きたら、一先ずそれだよね。