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ロジカルクイーンと私と  作者: 月曜放課後炭酸ジュース
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出会いと別れ 2


 私は深呼吸を何度かしてから、砂浜の方に向かって五十メートル程度泳ぐ。こういう時、運動神経が悪くなくて助かったと思ってしまう──海に投げられたのが名切君とかだったら、泳げずに死んでいたかもしれない(まあ名切君はそこまで運動が出来ない方じゃないだろうけど)。

 しかし、なんというか海に投げられた衝撃か、海の冷たさ、それか叫んだお陰かは知らないが……いやどれだとしても海に投げられたお陰だとは思いたくないが、だいぶ精神的に落ち着いた。

 ロジカルクイーンに見蕩れて、慄いていた時なんて、彼女に会えなかったら自殺してやる! ぐらいには思っていたからね、私──彼女の美しさとはそれ程までに危険だった。まるで凶器みたいな美しさ。


 彼女ロジカルクイーンは美しい……しかし彼女の言葉を鵜呑みにしてしまえば、もう彼女はロジカルクイーンでは無いのだった──旧ロジカルクイーン──そして今のロジカルクイーンは私……だ。

 ってことはもしかして私の名前、大瀬 ロジカルクイーン 友香になるのか? ミドルネーム的な?!

 前に岸折とやったアマガミを思い出すね……なんだっけ「森島ラブリーはるか」だったけか?

 まああれは森島先輩みたいに可愛い存在がやってるから許されるんだよね……私みたいな美しくもなく、綺麗でもなく、可愛くもない存在がやっても許されはしない……か。

 しかも無駄に長いし、語呂も悪い。


 どうしようかな……これから。

 私は砂浜に着く事が出来た。しかし異様に疲れたので、私は砂浜に座り込んだ。

 残酷な運命──か。

 それがこの旅行中に起こったらどうしようかな……と私は溜息を吐く。

 そして思う。

 そんなこと起こるわけないか、と──だって知らない日本人男性三人と親友の私達……こんな条件下で変なことなんて起きる訳ないだろう。ま、まあ……時様君が美水さんに振られるとかはあるかもしれないけどね……。


「おい大瀬──どこに行ってたんだよ」


 私の隣に誰かが座ってきた──それは泳ぐのをやめたのか、上にTシャツを着ている名切君だった──割りと彼はイケメンなのだが、そんな名切君はなんだか怒っている様子で、私に話しかけてきたから私は驚く。


「え、いや……なんでかな?」


「岸折が『トモちんが変だ! 失踪した!』って叫びながら、お前のことを探していたからだよ」


「……はぁ……私は貴方達のお姉さんなんだよ? そんな事ある訳ないじゃん。まあとにかくその呼び方はやめて、って言っておこうかな……」


 名切君は私の言葉を聞いて「はは」と笑った──可笑しくて怒りが吹き飛んだのか、それとも私の言葉に納得したのか、笑顔になってくれた。


「ま、そうだな。大瀬が失踪なんてする訳ないもんな。しかもここ孤島だし、嫌な言い方すれば逃げ場のない閉鎖空間だから、そもそも失踪なんて出来ないしな……。まあ兎にも角にも岸折アイツの人の名前遊びはやめて欲しい──でこの話題は終わるってことか」


 はぁ──と名切君はわざとらしい溜息を吐き出す。


「俺なんて宗次郎そうじろう宗次郎むねじろうだからさ。割とかっこいい名前がダサくなっちまう」


「私なんてトモちんかちんトモだからね、酷過ぎるよ」


「本当だよな……ひでぇ奴だっ……!」


 そこまで言って私達二人は笑い合った──この妙に安心感を覚える会話に私は安堵する。

 さっきまで奇妙な事尽くしだったから、こんな親しみのない土地にいても、親しみのある人と喋るだけでも──少しだけ幸福になった。


「さ、皆のとこに戻ろうぜ。大瀬はどうせそこら辺で泳いでいただけなんだろうけど、岸折のせいで一大事みたいになってるからよ」


 まああの私の様子を見たら、そりゃあ一大事に思っちゃうよね、とか思いながら、私は


「あの馬鹿は本当に仕方ないね」


 と名切君に呟いた。

 そして私と名切君は皆の前に行き、とりあえず笑顔を見せることで皆を安堵させた。

 咲は真剣に私の事を心配してくれていたのか、嬉しそうに私に抱き着いてきた──人肌って暖かい、と私は思うのだった。


 *


 それから夜になるまでは私の周りで変なことは起きなかった。日が沈んだ暗闇星空世界で、私と岸折は砂浜を歩いていた。夕食の時間が来るまで、闇に染められた海を見ながら。


「本当……昼間のことはごめんだね」


 開口一番に私がそう言うと岸折は笑いながら


「別に気にするなよ。確かに焦りとかはしたけど、トモちんの事だから、大丈夫だとは思ってたしな」


 と言ってきた。


「えぇ? その割りには慌てふためいてたらしいじゃん? 私、名切君から聞いてるんだからね」


「あの宗次郎野郎むねじろうヤロー……まあいい。実際心配は結構してたんだからな──なあ友香・・、本当に何があったんだよ」


 今度はしっかりと名前呼びされても腹が立たなかった──やはり昼間の私はおかしかったんだな、と思いながら私は言う。


「本当……なんでもなかったんだよ──ただお城が気になって、見に行っただけだから……気にしないでね」


「ふぅん、そうか。まあお前がそこまで言うならもう追求しない──」


「あれ? なんか随分と潔いね」


 もっと追求してくると思っていたので、サッと手を引いてきた岸折に私は驚く。

 ふはは──と聞いたことも無い笑い方をしてくる岸折。強がっているのか?


「俺は馬鹿だ。そんなのは分かっている。しかし友達に嫌なことを話させるほどの馬鹿じゃない。別に知らないことがあったって良いだろう? 隠し事があったって──さ。俺達は親友だけど、知らないことがあった方がいいんだ。全てを知ってしまったら、もうきっとそれは友達じゃないと思うからよ。だから友香も──」


「やあ初めまして。お話中に申し訳ないね」


 岸折の話の途中で、闇から聞いたことの無い声が話しかけてきたので私達は「ウワッ」と驚いてしまう。というか岸折のまともな台詞のシーンを邪魔するな、と私は思ってしまった……意外にも私と考え方が似てたから、嬉しかったのに。

 スローモーションを見させられているかのような足取りで、私達に近付いてくる見知らぬ男二人。

 岸折はサッと私の前に立ち、男達に問う。


「誰ですか、貴方達は……」


「いやいや僕達は怪しいものではないよ。ただの神様さ」


「神様……?」


「お客様は神様だから──ね……というジョークは置いとこうか。普通の客だよ、多分ね。僕はそう思う」


 痩せ細った体躯、そしてダボダボのワイシャツを着ていて、少しボサついている長い黒髪の男はケラケラと笑いながら、そう言ってくる。男はつまらないジョークの後に少しだけ腰を曲げて、頭を下げてくる。

 彼のいやらしい眼が私達を見てくる──とても楽しそうに。


「僕の名前は木賀峰きがみね たかだ。藤原氏の分家の一つである木賀に、峻峰しゅんぼうの峰──そして鳥の名前である鷹で、木賀峰 鷹だ。東京で小さな古本屋を経営している一般人さ」


 そしてそして──と木賀峰。


「私の背後に立っているこのふくよかな体躯をしている人が鳶太刀とびたち 卿壱郎きょういちろうさんだ。僕と同じタカ目タカ科の鳶に、太い刀で太刀、そしてイギリスとかで爵位しゃくいの人物の名の最後に付ける卿、数字の一の大字の壱に、新郎新婦の郎で、鳶太刀 卿壱郎さん。それとここにはいないが変なオッサンがもう一人いたりする──何故か昨日から急に部屋に閉じこもり始めたけどね」


 木賀峰に紹介してもらった鳶太刀という男は会釈としてなのか少しだけ頭を下げてきた。何も言わずに、無言を貫いたまま。


「貴方達も──バカンスに来たのですか?」


「ケラケラ……ケラケラ──ゲラゲラゲラゲラ! こんなヒョロヒョロの男とそれとは真反対の男、そして変なオッサンの男三人だけのバカンスなんてある訳ないだろう。君は馬鹿なのか? 岸折君」


 木賀峰は岸折を指さして、そう笑った──面白おかしそうに嗤ってきた。


「確かにそうですね……というか、どうして俺の名を──?」


「ケラケラ、この無人島に建つホテルに高校生だけの客が来るなんて変だろう? このホテル安くはないんだからさ。だから気になって調べたって訳だ。そしたら冴水家のお嬢様がいて驚いたよ──まあ確かにここは冴水家が経営しているホテルだから納得出来たけどね。君達みたいな高校生だけで来れた理由もさ。安心してくれよ。僕達が来た理由はさっきも言った通りにバカンスじゃない。だから海とかでは遊んだりしないからさ、君達の青色の青春の夏を邪魔することはないよ。僕達の本当の目的は実験を進めるためなのだ」


「実験……ってなんですか? こんな無人島で実験が出来るのですか?」


「実験は出来ないさ、しっかりと言葉を聞いた方がいいよ。君は。他から来た言葉をしっかりと噛んで、飲んで、それから言葉を出すようにしたほうがいい。実験を進めると──僕は言っただけだ。実験は出来ないけど、進められるのさ。この島──『無人島と偽っている島』ではさ」


「ちょっと待ってください──!」


 私は我慢が出来ずに話に突っ込んでしまう──話に介入してしまう。


「木賀峰さんも……この島が無人島ではないと知っているのですか……ってことは彼女・・の存在を知ってるということですか?」


 木賀峰は唐突に話に突っ込んできた私に多少の動揺を見せてきたが、すぐに「そうだ」と頷いてきた。


「ケラケラ。まさか彼女の存在を知ってる者が僕達以外にもいたとはね……彼女に実験の助言をしてもらうことがこのホテルに──この島に来た理由なのだよ」


 ロジカルクイーンの存在を知っているのですら驚いたのに、まさか彼女に会うことが目的の人間がいるとは……驚きってレベルではない。驚愕だ。

 しかもだ……しかも今のロジカルクイーンは私なのだ──それが彼等にバレたとしたら、また大変なことになりそうだ……。

 あのロジカルクイーンさん……どうにかして誤魔化してくださいね。お願いします。

 というか一応何の実験してるか聞いておこう……物によっては……いやどれが来ても無理か。彼等は実験をしているだけあって、分相応には実力者だと思う。それに比べて私はただの女子高校生なのだから──いやそれももしかしたら旧ただの女子高校生って言った方がいいのか?

 まあとりあえず聞こう。機密情報だとは思うけど、木賀峰は口が軽そうだから行けるだろう。


「因みにどんな実験をしているんですか?」


「それは──」


「おい、木賀峰」


 木賀峰さんのよく回ってしまう舌ならいけると思ったのだが、それはやっと口を開いた鳶太刀に止められた。


「あぁ流石に駄目でしたか──まあそりゃあそうですか……。じゃあここら辺で会話は終わりにさせてもらうとするか。これ以上僕の雄弁ゆうべんが発揮してしまい、大事な情報を漏らしたら大変だろうからね」


 それじゃあさらばだ、友香君──と木賀峰はケラケラ笑った。


 二人がいなくなり、また二人っきりになった……いや本当に口が回る人──ぶっちゃけると煩い人がいなくなったから、二人っきりというより、二人ぼっちって言いたくなるぐらい静かになった。私達はもっと会話をしようと思ったのだが、私の元に一本の電話が入り、私達はホテルへ戻ることになった。


「夜ご飯の時間ですわ」


 美水さんのお言葉だ──徴集ちょうしゅうされた時並に速く戻らないとね。


 *


 無人島に建っているホテル──シーサイドランドホテル。

 ホテルの形は左右対称になっており、大きな扉からホテルの中に入ると、そりゃあもうご立派なロビーが出迎えてくれる。横長の長方形のロビーの奥の方には受付カウンターがある。そして左奥の扉の先に行くと、高級なホテルに似合わない呼び方をすれば食堂がある。似合う呼び方をすればレストラン。


 レストランの反対側に、つまりロビー右側に行くと廊下がある。そこから真っ直ぐ歩くと二つの部屋(ここにはホテルの従業員の二人が泊まっているるしい)と二階に行くためのエレベーターがある。

 因みにこのホテルはどの部屋に泊まっても部屋の大きさ等──というより基本的な事は何も変わらないらしい。


 エレベーターで二階に行くと、一本の真っ直ぐな通路と均等に置かれている部屋が八部屋ある。一応飲み物が買える自動販売機はあったりするが。

 部屋の中身は恐らく十二畳(見た感じだから多分違う)ぐらいのリビング、そしてベットが二つと長方形の机が一つ。因みにトイレとお風呂は別である……助かったと私は思った。流石高級なホテルだ! 最高! と叫びそうになった。私はユニットバスが嫌いなのだ。現代っ子だから仕方ないよね。

 と……まあ基本的なホテルの紹介はこれぐらいでいいか……。

 とりあえずレストランに急行しなきゃだ。


 レストランに入るための扉を開ける……そして私は中を見て驚く。レストランの内装が凄いからだ。まず部屋の中央に噴水があり、そしてその噴水の真上ではシャンデリアが煌びやかに光っているのだ──もうその二つだけで最高に綺麗だというのに、ロビー側の壁以外がほぼ全面ガラス張りになっており、そこから見える満天の星の美しさが素晴らしい。

 ロジカルクイーンには適わないが、それでも私はこの星達のことを美しいと素直に思った──。

 素晴らしいレストランだ……! 私のテンションは上がりまくる。


 私はレストランを見回す──もう既にレストランには私達以外の皆が集合しており、長テーブルと共に置いてある立派な椅子に座っていた。先程会話した木賀峰と鳶太刀も同じテーブルに座っていた……と言っても横に十人程度座れる長テーブルなので、距離はだいぶ離れているが。

 美水さんは私達が入ってきたのを見るとニコッと微笑みながら声をかけてきた。


「お待ちしておりましたわ──大瀬さん、岸折さん」


「ごめん、遅れたね」


「いえいえ大丈夫ですわ。さあさあどうぞお座りになって──もうすぐ料理が運ばれてきますわ」


 *


 夕食が食べ終わったら、皆個人個人で部屋に戻った。

 さて良いタイミングなので、皆の部屋の位置を紹介しようか。二階のエレベーターから一番離れている左側の部屋には名切君と岸折。そしてその一個前を時様君と花姫(男女だから離れさせようと思ったのだが、二人曰く幼馴染だから別に気にしなくていいのだそうだ)。

 エレベーターから一番離れている右側、つまり名切君達の部屋の隣には私と咲。そしてその一個前には美水さんと心姫が泊まっている。

 あと部屋が五つ余っているが、まあそれはあの変な大人組が使っているのだろう。詳しくは知らない──。

 と言っても、別にあっちは私達と仲良なかよ小好こよしをする気はないように見えるし、別に知らなくても問題はないだろう。しかもあの人達は旅行で、この島に来ているのではない……そもそも論として。

 実験を進めるために──ここに来ているのだ。

 何の実験かは知らないが、まああの面子めんつだ……一般人の常識外の実験だろう……だから関わらないのが一番だと思う。


 まあボチボチとそんなことを考えながら、私は咲と部屋にまで戻っていた。


「ね、これからどうする?」


 咲の唐突な質問に、私は質問で返してしまう。


「え? どうするって何が?」


「それは勿論部屋に戻ってからのことだよっ。どうする? 久々に枕投げでもする?」


「いやそれしたらまた──咲のお母さんに怒られちゃうよ? 昔、咲の家に泊まりに行った時みたいにさ」


 小学生の頃、私は何度か咲の家に泊まりに行ったことがあるのだが、恐らく三回目ぐらいの時、まあつまり咲の家で泊まること自体にだいぶ慣れてきた時、私達は咲の部屋で枕投げをしたのだった。それも結構夜遅くに、咲には樹君という二つ下の弟君がいるのだけど、その弟君も一緒に──騒いだのだった。そしたら案の定、咲のお母さんに怒られたという訳だ……。

 私はそんな懐かしい思い出を想起しながら、咲に言った。


「今思うとあの時、私達三人共大泣きしちゃってたから、咲のお母さんにはだいぶ迷惑かけちゃったよね……」


「まあ私のお母さんが怖いってのもあると思うけどね……あの時の怒りはマジモンだったからね……!」


 確かに……咲のお母さんは怖いからね──と思いながら、私は言う。


「しかしそう思うと私達って大人になったよね。美水さんのお陰とは言え、親がいない旅行にも行けるし、咲には好きな人が出来て、その人とお付き合いをしている──あの時にはこんな未来予想出来なかったよ。まあ私の方がお姉さんだけど……しかし今日は咲のお母さん代わりとして、咲にお説教しようかな?」


「はは、やめてよー友香ー」


「嘘だよ、嘘」


 まあなんだとしてもさ──と私はそんな言葉を吐きながら、部屋に着いたので扉を開ける。

 私はロジカルクイーンから言われた「残酷な運命」に恐怖しながら咲に言う。


「どんな未来が来たとしても、これからも友達でいられると嬉しいね」


「う、うん……当たり前じゃん。これからも友達だよ」


 部屋には私達のキャリーケースが置いてあり、荷物を少しだけ整理しながら、私達はお風呂に入ることにした。いつもなら一緒に入るが、今日のお風呂はあまり広くなかったので、一人ずつ入ることにした。お風呂に入る順番はジャンケンで決めることになったので、ジャンケンをしたら私が負けた。なのでに入ることになった──まあ名前通りって感じだね。


 お風呂に持っていく服や下着を手に持ちながら、咲が言ってくる。


「ねえ友香……今思い出したことがあるんだけど……」


「え、そんな下着を手にぶら下げた時に……?」


「うん──あの実は……この前というより一週間ぐらい前に、宗次郎君とおうちデートをしたんだよ……」


 おお、名切君……咲とおうちデートをするなんてやるじゃないか、と私は思いながら頷く。


「それでね……えーとね。私の部屋で色々と話しているうちに、本当に実はなんだけど、えっちぃ雰囲気になりまして……」


「え!? そうなの!? あ! だから下着! ブラジャーを手にぶら下げた時に思い出しやがったのね!?」


 名切君、まさか……やるじゃないかではなく、ヤるじゃないかになってしまうのか!? まあもう高校二年生だし、全然遅くはないけどさ!


「でで!? どうなったの?!」


「いやー行きそうな雰囲気で、急に樹が部屋に入ってきまして、駄目でしたねっ!」


「さっさと風呂に入りやがれ」


 なんの事後報告だよ。ヤってないなら別に話さなくていいわ。そして困った顔で言ってくるな! 困るのは私だ。

 私の言葉に押されて、咲は風呂に入っていった……。

 ふぅん。

 名切君ドンマイ! 流石って言えちゃうレベルの感じだね。鈍感の名切君が今後、咲とそのような雰囲気になれる日は程遠いだろうなぁ……まあ進んでいるとは思うけどね。


 私は咲が上がったらすぐにお風呂に入れるようにと下着などを準備する──下着……ブラジャー……うむむ。

 私の今日のパンツは青色でちょっとだけフリルが付いてる……まあこれは確かに可愛い。そして同色というか、セットで売ってあったブラジャー、これにもフリルが付いていて可愛い……私は一分間ぐらい自分の下着を見ていた訳だが、急に我に返った──下着を見せる男、それか下着で魅せる男なんて自分にはいないことを思い出したから……。だからこの思考は無駄なのだ。


 ──溜息。


 彼氏ね……好きな人……私にそんな人物がいるのだろうか? 岸折……? あの馬鹿を? いやそんな訳ないか。

 好きな人とは「良い事があったら、それを真っ先に伝えたい人」という話は聞いたことがあるが、確かにそれで言えば岸折はそうかもしれない。けど多分恋愛感情という物が私にあるならば、岸折にドキドキするはずだ。ときめくはずだ。不安になるはずだ。恋煩いを覚えるはずだ。

 じゃあ、ってことで思考を名切君とか時様君とかに切り替えてみる──しかしこの二人も岸折と同じで、何も起きない。何も起こらない。まあ単純に私が恋をしていない──それで完結するか。この思考は。終結する……か。

 でも何も考えないってのは一番駄目だ。それは私が五代目ロジカルクイーンだからとかじゃなくて(そもそも私は私がロジカルクイーンなんて信じていない)、人間だからだ。

 私が人間だから。

 論理では答えが一つなのかもしれないが、これは私の人生だ……だから答えは私次第。

 「貴方次第」というロジカルクイーンの台詞を私は思い出す。


 はぁ……よく分からなくなってきた……うむむ、とりあえずやることがないし、咲の分も合わせて、飲み物買いに行こうかな。自動販売機は近くにあるんだし……ね。

 ま、時様君の恋は成功することでも祈っておこうか。


 私は部屋を出た。

 廊下は最低限度の照明しかないのか、地味に薄暗い。

 私の部屋の明かりが漏れ出て、廊下に私の影を薄らと形成している。

 その時「ガチャ」という扉を開ける音が廊下の……エレベーターの方から聞こえてきた──。

 そっちの方を見てみると、私の部屋みたいに明かりが漏れ出ている部屋があった……それはエレベーターから出てすぐ左側にある部屋だ。

 そしてそこに入っていく人物が私の目に入る──それはなんと美水さんだった。

 直ぐに浮かび上がってくる疑問。

 だってあそこは私達とは無関係の大人が泊まっているはずの部屋である。

 なんでそんな場所に美水さんが──?

 私はそっちに向かって行こうとしたが、背後から「あれ? 大瀬さん?」という声がしたので、私は振り返った。


「どうしたの?」


 それはパジャマとして甚平じんべいを着ている時様君だった。お風呂に入ったばっかりなのか、彼の髪の毛はしっとりと濡れていた。


「え、いや……えっと…………」


 私が言葉に迷っていると、何かを察したのか時様君はニコッと笑ってきた。


「あぁもしかして私と同じで喉が乾いたのかな? それじゃあ一緒に買いに行こうか」


 見当違いとは言い難いけど、八割ぐらい間違えている時様君の見当。

 時様君はスタスタと歩いて行ってしまうので、私は為す術もなくそれに付いていく羽目になってしまった。


「あ、あの……美水さんが──」


「え、えと……いやいやまだ私は美水さんに何もしていませんよ!? 告白なんかしていません! 一日目は早すぎるって!」


「…………まあ……確かにね」


 美水さんという単語を出しただけで、顔を真っ赤にしながら、この反応とか時様君大丈夫か……? 君はいつも冷静な人なんだよ?

 もしかして付き合ったら、名切君みたいになるのではなかろうか……? 何があっても、あの鈍感で馬鹿で阿呆な名切君と咲のカップルみたいにはならないようにと、私はまた祈っておいた。


 この左右対称のホテルのど真ん中に、目的の自動販売機がある──私達はそこに辿り着く。

 時様君は花姫の分もなのか、コカコーラを二本購入している。


「コーラ飲んでもいいの? 運動してる人は駄目なんじゃないの? 武士の一族の末裔なのに……」


「それはとうの昔の話だ──というより、コカコーラを飲んで良いのか、悪いのかに武士関係は無いだろう……まあ良いのだよ。もう剣道は辞めているからね」


 いつも通りの揶揄からかいに、いつも通りの返答をしてくる時様君。今日はプラスアルファで色々と追加されてたけど……。


「あーそうだったね……確か全国一位取ったから、辞めちゃったんだよね?」


「そうだ……まあ元から全国一位を取ったら、辞めるつもりだったから。そもそもそんなに好きな訳じゃないのだよ。剣道」


「へ? そうなの?」


 時様君は頷く。


「武士の技を覚えるついでだったのだよ。私の大切な人を守るための、私にとっての邪魔な人を殺めるための技を覚えるついで──だったけど、意外と出来たから、本格的にやってみた、というだけなのだ」


「成程ね……まあ才能というか、センスがあったってわけなんだね」


「いいや、それは違うと思う。大瀬さん。結局愛と慣れなんだよ。こういう物って」


「……愛と慣れ? 愛と勇気じゃなくて?」


「それはアンパンマンだろう……? 愛と慣れだ。私はとうの昔の話だとしても、一応は武士の一族なのだ──だから幼い頃から割りと稽古……というか、木刀は持たせてもらえたり、親から上級者の技を見せてもらえたり……そして私は剣道ではなく、剣の道に惹かれたのだよ。惹かれて、好きになり、上手い人に焦がれた。だから本当に幼い頃から『愛』で剣を振っていたのだ。そうする内に剣を振ることに慣れていく。そうしていく内に技を覚える事が出来るようになり、様々な技を覚えていく。そしてどんどん強くなっていく……」


 そもそも──と時様君。


「どんな事柄も基本的にそうだろう? その事柄を本当に成し遂げたいのならば、まずは『愛』、好きになることが大切なのだ。学びだって、スポーツだって、友人との関係だって、そこに愛が無ければ駄目だ。成し遂げたい事柄が続かないからね。まあ愛の代用品を出しておくとするなら、それはきっと野望だろうね。強欲と、欲張りと、我儘と言われても仕方ないぐらいの野望。それぐらいだろう」


「確かに……それはそうだね……時様君の言う通りだ。でも一つだけ疑問なんだけどさ」


 私はお金を入れて、炭酸水とオレンジジュースを買った。


「ん?」


「友人との関係で成し遂げたい事ってなんなの?」


「ふむ、まーそれはその友人のことを知ることだよ──どんどん知って、好きになることだと私は思う」


「…………成程」


 私は迷った挙句、それだけ吐き出した。

 岸折とは考えが違うんだな……と思いながら。

 知らないことがあった方がいい岸折、どんどん知っていった方がいい時様君。

 どちらが正しいのかなんて私には分からない──これぞ正しく貴方次第、その人次第ではないだろうか。

 結局私は美水さんのことも有耶無耶うやむやのまま、頭がこんがらがってるまま、部屋に戻った。


 私が部屋に戻った時、なんと咲がバスタオル姿でいたから、私は驚いた。自分の部屋を美少女がバスタオル一枚で、彷徨いているのだから、驚くのは仕方ないというものだ。


「え、咲……何してるの?」


 私は咲に問う。そうすると咲は恥ずかしそうに頬っぺを搔く。


「いや……えと……パンツ持つの忘れちゃってて……」


 そう言って咲は自分のキャリーケースを開けて、ほんのりピンク色をしたパンツを取り出す。

 パンツを取り出した所で、咲はこんな事を言い出してくる。


「てか今思ったんだけど、ここ女の子しかいないし、別に隠すことなくない?」


「んん、まあ……ね。私達お泊まり会とかした時、普通に一緒に入っちゃってるから、そこで全てさらけ出してるし……ね」


「じゃあこのバスタオルを付けなくていっか!」


 と咲はバスタオル姿をやめた──その瞬間から顕になる咲の全身の肌。

 邪魔な要素が一欠片もない咲の体躯。美しい括れのラインやスラットした四肢。私はそんな裸体に見蕩れ──


「お邪魔するぞーっ!」


 「ガチャ」ではなく「バンッ!」と私達の部屋の扉を岸折が急に開けてきて、岸折と名切君の二人が部屋に入ってきた──なんの前触れもなく、唐突に。


「え……は? ちょっと……」


「このエッチ! 馬鹿ああああああ」


 戸惑う私と声を大にして「馬鹿」と言う咲。

 因みに男子の反応はどうかと言うと、岸折は「うひょー!」と喜んでいるが、名切君は無言で鼻血を吹き出してぶっ倒れた。


「ほら一旦出て!」


 私は岸折の腕を掴んで、名切君と共に外へ引き摺り出した。


 今日という日はハプニングが起こりすぎだ……と私は思う。

 ハプニングは起こるし、意味不明な少女に出会うし、メイドさんには海に飛ばされるし、岸折にはパニックになられるし、変な大人達に絡まれるし……しかし……しかしだ。じゃあ今日という日が不幸だったのか? と問われたら、私はそんな訳はない、と迷う事なく言えるだろう。

 イラついたり、怒ったり、死にたくなったり、戸惑ったり、狂ったり、不安になったり……したけど、今日という旅行一日目は凄く楽しかった。

 確実に今日は幸福だった。

 だってその証拠として、私は明日を楽しみにしながら寝られたのだから──明日を楽しみに寝れる人は幸福だと、私は心の底から信じている。


 *


「………ん?」


 急に目が覚めた……というより雨の音で目を覚ましてしまったと言うべきだろう。この部屋には窓が二つあるが、その窓を雨が「バンバン」と叩いている──物凄い雨なので台風なのではないか、と私は思う。

 私はベットから降りた……そしたらムニッと何かを踏んでしまった。


「なんだこれ……?」


 と私は思い、踏んだ物を見てみたら、それは岸折だった。そこで私は思い出す。

 昨日はこの部屋で会話が盛り上がって、皆ここで寝てしまったのだった。

 私はなんとなく岸折の肩を揺らして、無理矢理起こそうとする。

 その時、私達の部屋の扉が勢い良く開かれた──。


「おい! 君達! 大変だ!」


 開けた人物は時様君だ。

 その声に岸折と咲はガバッと起き上がった……その二人が起き上がった……ってあれ、名切君は? なんだろ。咲の寝顔を見るのが恥ずかし過ぎて、自分の部屋にでも戻ったのか?


「どうしたの?」


「良いから! とりあえずロビーに来てくれ!」


 私達は「なんだなんだ」と思いながら、廊下に出る──そこには美水さんと人留シスターズがいた。その三人も私達と同じで、訳が分からないという様子である。


「行くよ!」


 時様君のその合図で私達は脚を動かす。あれ……名切君は良いのか? と思ったが、今はそれどころじゃないのかもしれない。一大事だと分かるぐらいに、時様君の額には汗がダラダラと流れているから。もしかしてホテルのロビーの一部が、この台風レベルの雨で壊れたのかもしれないね。

 私達はエレベーターに乗り、一階で降りる。

 そしてロビーに向かうとそこには変な大人達が三人いた──初の全員集合だ……。

 それとホテルの従業員の外国人が二人突っ立っていた。

 私は皆の後ろを付いて行くという感じだったため、皆の足がロビーに入った途端に急に止まったから驚いて転──


「きゃああああああああああ!!!」


 私の思考は美水さんの悲鳴で遮られた。

 周りが騒めき始めたが、私は何が起きたのか分からないから、皆の中を掻き分けて前へと向かう。


 ──びちゃ……。


 私の足元から音がした。私は自分の青い靴を……つまり下を見てみる……しかし私の靴は青色ではなく、赤色になっていた。

 私は前を見る──。


 ──真っ赤だった。


 なんとロビーが……全てが真っ赤だった。小さな赤色の世界がそこには誕生していた。


「………………は?」


 私な言葉を漏らす。


 死体があるのだ──名切君の。


 ロビーの受付カウンターにボロボロの服の名切君が凭れ掛かっているのだ……しかしそれは死体だ。

 死んでいることが明確に分かるぐらいの──酷い有様の名切君の死体。


 私は何が何だか分からずに、目の前で起きていることが信じられずに、恐らく名切君の血だと思われる物をびちゃびちゃと踏みながら、名切君の目の前にまで行く。


 名切君の死体は、二本の鎖骨の中央部分から臍の下まで綺麗に裂かれている。一本の直線で。

 それにより名切君の上半身の中にある臓器が全てドロッと出ている。

 そして名切君は四肢が無くなっていた。完全に肩から先が、太腿の付け根から先が──無くなっていた。

 赤色の世界の原因、それは犯人がワザとやったと分かる程に血を辺り一面に撒き散らしたのだろう──多分だけど名切君の上半身から出た大量の血が使われたとのだと思う。

 私は血塗れになっているロビーをグルっと一周して見てみる……そこで私はロビーの受付カウンターの奥にある壁に、とあるメッセージがあることに気が付く。


『またね、永遠に』


 そう書いてある。意味不明なメッセージなんだが……なんだこれ……その瞬間、廊下の方から誰かが嘔吐する音が聞こえてきた──私はそっちを見てみる。

 岸折が吐いている……そりゃあそうだよね……人留シスターズや美水さん、時様君は泣いている──が、咲は何もしていなかった……この光景を、現実を、絶望を呆然と眺めていた。

 私は彼等の反応を見て、今まで冷静ぶっていたが、現実が追い付いていなかったが、一気に現実が私を飲み込む──名切君との思い出を思い出す──走馬灯を──見る。

 楽しかった思い出や迷惑をかけられた思い出を──想起する──嫌な程に吐き気がする。


「嫌だ……嫌だ……こんな嘘だよね? 嘘だよ、嘘だ──!」


 咲は駆け出した──扉を開けて外に飛び出して行った。私は自分の吐き気なんて気にもせず、すぐさまそれを追いかけ始める。


「ちょ……待ってよっ!」


 雨が強くて、身体に雨に当たる度に痛くて──私は涙が出てきた。

 いやそれは嘘だ。

 それこそ嘘だ。

 全然受け入れられてないけど、本当は名切君の死が──と私はそこまで思ったが、私は雨でびしょびしょの顔と涙を意味も無く拭いて、泣くのを止めた。

だって泣きたいのは……咲の方だがら……私の親友の方なのだから──今は泣いている場合じゃない。


 私は濡れた砂に足を取られて、転ぶが、直ぐに起き上がる──足だけは止めない。

 

 咲は海に入って行く──三歩目を踏み込んだ所で、私は彼女の手を掴んだ。


「待ってってば!」


 私は叫んだ。彼女はハッとした表情で私を見てくる。彼女の瞼はしっかりと開いている。

 そして彼女の瞳から溢れ出したのは涙──哀しみの感情の代わりに、血の代わりにドロドロと出た涙は皮肉にもキラキラとしている。

 彼女はきびすを返して、私に抱き着いてくる。


「なんで、なんでなんでなんで? ねぇなんで──何が! どうして! ねぇなんでなの!?」


 私はなんて言葉を──かければいいのか分からないけど、ハッキリと分かっていることがある。

 ロジカルクイーンという物が「力」だとするならば、そしてその力が私にあるとすれば──この事件を解決するべき人間は私だ。

 私は、私に、私も、私へ、私を、私と、私で、私の、私が──解決するべきなのだ。


「私が解決するから! 謎を解くから! なんで……名切君が殺されたのか、そして誰が殺したのか……全部私が解くから、暴いてみせるから! いつも困り事は……私に頼んできたでしょ? だから私は今回も頼まれるよ? 解決してみせるよ! 私にお願いして──咲……っ!」


「友香ぁぁあ………ぁぁあ……お願いっ………!」


 嗚呼──咲は泣いて泣いて泣きまくる。


「当たり前だよ」


 だって私は──と五代目ロジカルクイーンは言う。


「貴方達のお姉さんなんだからさ!」


 私は咲の後頭部をゆっくりと撫でる──そして決意する。

 この事件に終結をもたらすのは私だ!

 五代目ロジカルクイーンだけじゃなくて、二代目終結姫も貰ってやる──!

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