出会いと別れ 1
多くのことを中途半端に知るよりは何も知らないほうがいい。他人の見解に便乗して賢者になるくらいなら、むしろ自力だけに頼る愚者であるほうがましだと思う。
*
「いえーーい!」
妹より優れたことで心に余裕という花を咲かせた少女──人留 花姫は叫びながら、海に入った。
彼女の赤い水着は青い海とのコントラストで輝く。
花姫に続いて、女子四人は走った。
「わ、私なんかが──こんな凄い場所で遊んでいいの?!」
姉より劣ったことで心が欠けてしまった少女──人留 心姫はオドオドしながら、水の中に足を入れる。
「お姉さんから行くよー!」
私は事前に持ってきておいた水鉄砲に入れた水で、藤枝 咲を攻撃した。
「きゃっ」という可愛い声を出した後、月より輝いていることで、一人の少年を救った少女──咲は私を見てきた。
「やったな、友香ー!」
「私も加勢しますわー!」
世界的に有名なお嬢様な少女──冴水 美水さんは咲と共に私に水を掛けてくる。
「人留シスターズ、一緒に咲と美水さんをやるよ!」
「「分かった!」」
無人島に建つ豪華なホテル、そして無人島だから貸切になっている青く透き通った海と真っ白な砂浜──つまりここは南国の孤島である。
因みに私達女の子五人以外にも三人の男子がいたりする。
世界に嫌われ、不運に飲み込まれた少年──名切 宗次郎君。
有名な武士の末裔である少年──時様真士君。
まあそして馬鹿である岸折 舟。
この三人だ。
何故こんな豪華で凄い場所に、私達みたいな高校生如きが居るのかと言うと、それはもうガッツリ美水さんのおかげである。
夏休み前に私と咲、人留シスターズが「夏休み皆で海に遊びに行きたいねー」と話していたら、そこに美水さんがやってきてこう言ったのだ。
「あら、じゃあ私と共に私の家が経営しているホテルに行きませんか? ホテルのすぐ側が海のホテルがあるのですわ」
「いいね」となった後、仲の良い男子も誘うことになり、いつの間にか冴水さんの自家用の船に乗ってて、そして気付いたら──ここにいた。
色々とやるべきことが私達にはあったのだろうが、それは全て美水さんが片付けてくれた──パスポートとか……ホテル代とか……。
もう何が何だか分からないうちにここまで来てしまっていて、私は多少美水さんに申し訳ない気持ちになっていた……。
けどまあ来てしまったものは取り返せないし、もうトコトン遊んでやろうと思い、無人島に着いてすぐに私達は海で遊んでいたと……。
そういえば男子達はゴーグルとか持ってきていたらしく、海中の探索に行っているらしい……どこまで行ったのかは全く知らない。
*
三時間ぐらい経ち、私は浅瀬で何故か始まった女子だけのガチ鬼ごっこに疲れてしまい、一時休戦──というか一時休憩を取りにビーチパラソルの元にへと向かっていた。なんというかテンションが上がり過ぎた……。ここは外国である──その部分だけですら燥いでしまうのに、それにプラスして貸切のビーチとか……最高過ぎる。
これは流石に燥いでしまいますわ。
金持ちみたいな口調で言ってみる。
美水さんが持ってきてくれた巨大なビーチパラソル(何もかもお世話になりっぱなしだ)の下に、異様に疲れている時様君が体育座りを発見する。
私は「隣失礼するね」とだけ言って、そこに座った。
「どうしたの? もう疲れたの?」
まあ私も疲れた人間なんだけど、澄ました笑顔で時様君を見た。
下を俯いていた時様君が、顔を上げてビーチパラソルの内側を仰いだ。
「う……ん。ちょっと燥ぎ過ぎましたね──何メートル潜れるか大会とかしてまして……まあそのせいで死にかけてるとかしてたんだけども」
「ちょっと何やってるの……死んだら、誘ってくれた美水さんに迷惑でしょ」
「はは……そうだね。まあ確かに。その通りだ」
時様君は私の顔ではなく、海の方を見た──というより女子が四人遊んでいる方を見た。
「いや、でも本当に私は幸せ過ぎるね。最高だ……」
「女子の方を見ながら言うと、ちょっぴり気持ち悪いよ……。まあでもそうだね、幸せだよね。美水さんには感謝しなきゃ──」
私の言葉を聞いた後、彼は再び俯き、唐突にこんなことを聞いてくる。
「あの──友香さん、君は誰かに恋をしたことがあったりしますか?」
「……え? なんで?」
「いやえっと……純粋に気になって……」
もしかして私の事が好きなのか? と一瞬思ってしまったが、それはないな──と私は思った。
何故なら先程まで彼が見ていたのはあの四人だ。そしてなにより私の事を彼は一度も見てこないのである。こんな可愛い黒のビキニをしているにも関わらず、チラ見すらしてこない人物が私の事を好きなわけがないだろう。
誰なのかは分からないが、咲ではないだろう──もう咲には名切君がいて、それは周知の事実だから。
じゃあもう残りは三人か……まあ別にこの中にはいないかもだけど。
「誰が好きなの?」
色々考えるのが私は面倒臭くなって、時様君に直接問う。
「美水さん」
単刀直入な私の問いに、彼は言葉を紛らわすことなく答えた。
その答えを聞いた私の感想は「まあお似合いなんじゃない?」である。
美水さん程ではないが(というか美水さんと比較するなんて普通無理だ)、彼もお金持ちの方ではあるし、性格上でも二人共問題がある方ではないし……だからいいと思う。
「まあ──なんだとしてもさ、誰だとしてもさ、しっかりしなよ? 私は美水さんと時様君が付き合い始めたら、応援出来るけど、終わったら何も出来ないからね。お姉さんに何かさせてよね」
「私はどうすればいいのか分からないのだ。人に恋をしたことがないから……今まで私は剣の道と剣道に励んでいて、恋をする余裕がなかったが、今はもう剣道はしていない──だから他の人をそういう目で見ることが、出来るようになってしまった。余裕が生まれたからね」
「……先程の時様君の質問の答えだけど、私は基本的に恋をしたことがないよ──小学校の時、ある人が好きだったけど、今は別にどうも思っていないし、そのある人とは全然会ってないしね。逆に言うと小学生らしい恋ではあるけどね」
しかしまあ──と私。
「これで分かってもらえるけど、私は恋に関してはほぼ助言は無理だよ──名切君とかには時々しているけども、あれはあのバカップルの行動が馬鹿だから、その馬鹿を抑えているだけにすぎないものだしね」
「うむ……じゃあ他の人に相談するしかない──というわけか。しかし私みたいに高校二年生が初恋っておかしい気がするね」
「どうなんだろうね。まあ別にそういう人もいるとは……って待って。他の人って人留シスターズと咲、それと馬鹿な男二人しかいないじゃん」
人留シスターズの花姫は他校の男と付き合っているが、それだとしても花姫自体が変な奴過ぎるし……。心姫は恋愛したこと……というか自分はしてはいけないとか思ってそうだし……。咲も恋愛に関してはてんで駄目だよね。そしてあの阿呆で馬鹿な男子二人は最初から論外だし。
「いやそれだと私が一番まともじゃない?」
そう思ってしまった。時様君もそう思っていたのか何度も頷いてきた。
うむむ……時様君には結構お世話になってるから、助けたいって気持ちはあるが──その時だった。
とある少女が私達の目の前に来たのは。
「ははっ! 何してるの?! 二人共! 陽気な場所に似合わない暗い顔しちゃってさ!」
それは人留シスターズの姉の方、人留 花姫だった。
*
私達はどうするか迷ったが、とりあえず花姫にしている話の内容を伝えると、彼女はまた笑った。「ははっ!」と大きな声で。
「時様はまずは自信を捨てることから始めるべきだよ? 別に初恋はいつだっていいんだし、恋の形は千差万別あるものでしょ。人それぞれに好きがあって、嫌いがあって、恋の駆け引きがあって、恋の始まり方があって、恋の仕方があるんでしょーが。だからまずは時様の中にある自信というか、プライドを捨てるべき! 自分を特別なんて思わない方がいいよ。特別なんて思わないで、プライドなんて捨てて、美水さんに当たるべきだよ。恋で一番邪魔なのはそこら辺だからね──本当に。幼馴染みからの素晴らしいアドバイス」
「は、はあ……成程……」
花姫が真剣な眼差しでそんなことを言い始めたので、私は多少驚いた。時様君も驚いたのか、タジタジな返事をしている。
花姫に聞くのはあまり良くないと思っていたが、恋は人を変える──とでも言うのだろうか……まともな事を花姫が連続で言ってきた。
らしくもないというか。
まあ花姫にはこういう一面もあるのだろう。
どんな一面があるのか分からないのが友達だしね。
一歩知って近付き、一歩知らない事が増えて遠くなる──友達というのはそういうものだ。親友でも然り──。
全てを知ったら、多分その人とは友達ではないの……かも……。
なんでも知ってる、それはつまり地獄──その人の闇すらも知ってしまうのだから。
恐らく知り過ぎた闇のような関係になってしまうだろう。
まあハッキリと断言は出来ないが。
「時様は美水さんと付き合いたいんだから、その気持ちをドカン、とぶつける事! もう私達は仲が良い──だから失敗するなんてそうそうないはずだし! でも友達のままでいたい、とかそんなこと言われたら引き下がるんだからね! 実際その通りなんだし、それを壊すのは誰に対してもプラスにはならないんだから」
「そうだね。告白というのは素晴らしくて、恐ろしい。それは失敗した時のリスクが大きいってことだよ。ハイリスク、ハイリターン──友達に告白したら振られて、その後気不味くなって、疎遠になり、友達じゃなくなったとか割かしあることだと思うから……そういうのにはならないようにするんだよ。花姫や私は時様君や美水さん、どちらとも仲が良いままでいたいんだからね」
二人共のアドバイスを聞きながら何度も頷く時様君。花姫がまた口を開き、アドバイスを言おうとした時、私は誰かの視線に気が付いた。
背後から来る──視線に。
私はサッと振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。人っ子一人──いなかった。
そして後ろを振り返ったことによって、私はあることを思い出した。私達が泊まっているホテルの後ろには小さな山があるのだ。裏山……とでも言うのだろうか? まあそんな感じの山。
そして山を挟んで、この島には何故かお城があるのだ。真っ白で光り輝いている、何個もの塔が繋がって出来ている様な古風なお城が──あるのだ。
しかしここは無人島……だからあのお城に住んでる人はいないはずだし、きっとあれは城主不在の寂しいお城なのだろう……。
そんな事を考えていたら──唐突に金色の何かが動き始めた。木陰から出てきた何か──それは少女だった。何歳かと言われたら、きっと私と同い年ぐらいの。
私は戸惑いを覚える……だってここは無人島のはずだ? ……私達以外には三人がホテルに泊まっているということは知っているが、その全員が日本人の男性だということも知っている──じゃああの……少女は一体誰だ?
綺麗な黄金色の髪が──靡いている。
まるで宝石みたいに──光り輝いている。
少女はチラッと私を見てきた……私と目が合う。
彼女はニヤッと口角を上にあげて笑った。
私の中の戸惑いが狼狽に変わる──見たことが無いものに対する恐怖心なのだろうか? 見蕩れながら、私は慄いたのだ──彼女という存在に。
彼女は誰だ……彼女は誰だ……彼女を知りたい──という感情が私の中で十週ぐらいしてから、私の脚は動き始めた。
花姫と時様君には「ごめん、二人で話してて」と適当に言った。
私は走る……彼女という光を追いかける。
私は咲という少女と親友関係なのだが、そんな彼女は私の中では──名切君の中では、月よりも綺麗なのだ。
しかしチラッとしか見えなかった黄金色の髪の彼女の美しさはそれ以上だった。ほんの一瞬見えただけで私は魅了された。この世のものとは思えない……光そのものと言っても間違いにはならないの彼女に。咲は月かもしれないが、彼女の美しさは銀河系ぐらいではなかろうか。
ワンダーランドを初めて見たアリスはどんな感情だったのだろうか──もしかして私みたいに死にたくなっているのかな? 今の私は死にたいけど、彼女を求めて走っている──まるで麻薬中毒の自殺志願者の様だ。現実がどこからどこまでなのかが分からなくなっている。
蜃気楼で感覚があやふやになる、それでも私は彼女が向かった方に走っていた。というよりお城の方に向かっている……何故かそこに行けば彼女と会える気がしたから。
「おい待て!」
私は声だけで誰が話しかけてきたのかが分かったので、立ち止まりはしたけど、後ろから話しかけてきた人物をキッと睨んだ。
「……何……?」
「いやいや、トモちんが水着姿でおっぱいを揺らしまくりながら、めちゃくちゃ走ってたから、なーーにがあったのかな? って思ってさ」
「……あんまりセクハラ発言してると訴えるよ……そしてその呼び方やめてよ──岸折」
「おーおー怖い、ドードーだぜ──ちんトモ。落ち着いて。俺は何があったのか知りたいだけなんでね」
岸折 舟──ただの馬鹿。
私と同じで……他の皆みたいとは違い、わざわざ話すぐらいの個性が無い男。
彼の事は好きである、友達として。
しかし今の私はまともな精神状態ではなかった。彼を殺してやりたいぐらいに腹が立っていた。
彼は「トモちん」「ちんトモ」等と私の名前を馬鹿にしたように言ってきて、それにはいつも多少腹が立つぐらいなのだが「私を止めた」という行為に死ぬほど腹が立ったのだ。
「別になんでもない──よ。いいから名切君達の所に戻ったら……?」
「なんでもない……? じゃあ一緒に行こうぜ? なあ──友香」
その瞬間、私の怒りは頂点に達した──やはり私は今──正常ではない、のだ。
岸折と話せる状況ではないのだ。
だから私は脇道の森に入った、岸折から逃げるために。
*
私は森から出た。私は足が速い方だから、森に入れば岸折から逃げることが出来ると思ったのだ──そしてそれは成功した。
逃げることにも成功したし、そして上を見れば高いお城が目印としてあるから迷いもしなかった──だから私はお城に辿り着けた。
そして私は真っ白なお城を見る。
目が眩む。
目が痛い。
「辿り着いた……」
そっと呟いてから、私は思う。
来たのはいいけど、そもそもお城の中なんて入れないよな……? と。
黄金色の髪の毛の彼女に会いたいって思ってここまで来たけど、彼女がここにいる確率が高いってだけで確定ではないし、そもそもいたって会ってもらえるとは限らない。
しかしここで立ち往生する気はさらさらない。私はとりあえずお城を一周してみることに決めた。
大きな窓や扉が様々な場所に設置されているな、と思いながらお城の周りを歩いていたら、小さいが、丁寧に整えられている小洒落た庭園に辿り着く──そしてなんとそこにはジョウロで花に水をあげているメイドさんがいた。
天使の輪っかを描いている銀色の髪、空に溶けるような青色の瞳、そしてメイド服を着ている少女がいた……いや多分普通にメイドさんで良いはずだけども……。
私は迷いながらも、戸惑いながらも声を出した。
「あ、あの……こん──」
「あらどうかしたのかしら? いえ、これはおかしいわね。だって貴方をここに誘い込んだのは私なのだから──逆に招待した、と言える気がするわ。だから貴方に言う言葉はこれが正しいはずですわね。『ようこそ』」
私の言葉が終わる前に、私の真後ろから声が聞こえた──私は振り返る。
なんとそこには先程まで庭園にいたはずのメイドさんと会いたかった黄金色の髪をした少女がいた。
私は恐る恐るメイドさんがいたはずの庭園の方をチラッと見た。しかしそこに先程のメイドさんはいなかった──ということは目の前にいるメイドさんは、ジョウロで花に水をあげていたメイドさん(つまり本物)ということになる……いつの間に私の背後に……?
私は会いたかった少女に会えたのにも関わらず、メイドさんに対する恐怖が強過ぎて、素直に喜べなかった。
そしてそんな様子の私に気付いたのか黄金色の髪の少女は言う。
「気にしない方がいいわよ。このメイドというより、イヴァンはただ足が速いだけだから」
「……」
なんだよ、それ。
私だって足が早い方だけど、一瞬で人の背後に立つなんて無理だぞ……。
「あの私に……なんの用が……?」
とにかく私は言葉を出してみる。あちらは日本語を平然と話しているので、そこには多少安堵した。
「ちょっとだけ大事な用事があるわ」
*
黄金色の髪。
身長は百六十cmないぐらいだと予想する。
やはり同い年ぐらいに見える。
ツリ目。
赤色の瞳。
黒いバルーンドレスを着ている。
そしてその上に灰色のボレロを羽織っている。
まるで本物の肌を継ぎ合わせた人形にしか見えないほどに整った顔立ち。
美しい。
彼女は黄金の玉座に座りながら言う。
「私の名はロジカルクイーンだ」
自己紹介を始めてきた彼女には申し訳ないが、私は内心「は?」と思ってしまった。
意味が分からない……なんだそのロジカルクイーンとは。
ロジカルって確か「論理的」とかじゃなかったっけ?
「そう、だから私は論理姫とも呼ばれているんだわ」
「……あの思考の先読みはやめてもらっていいですか?」
「思考の先読み? いえこれは論理的思考をしているだけだわ」
そういえば──とロジカルクイーン。
「貴方の名前を聞いていなかったわ。因みに私は終結姫とも呼ばれているわよ──全てを終わらせる姫……とね」
「は、はあ、終結姫……ですか。そんな偉大そうな姫に、私の名前を言う必要性があるのか分かりませんが、無礼はないように──大学の大に、浅瀬の浅で大瀬。友達の残り香で友香です。それで大瀬 友香です」
「友香──ね。分かったわ。良い名前だと思うわよ……」
私は痺れを切らしてロジカルクイーンに言う。
「あ、あのロジカルクイーン……私の用事とは……? 大事な──と言ってましたけども」
「ふふん、確かにそれは気になるわね。付いてきなさい──決死の覚悟でよろしくだわ」
「えっ!? 私の用事とは──そんな生きるか死ぬかの大勝負なんですか!?」
ついツッコミの口調になってしまった。
「どうかしら、それは貴方次第だわ。というより……じゃなかった……元から事柄の全ては貴方次第だわ。貴方が自分のせいにするか、他の人のせいにするか、自分を当事者にするか、しないか──それだけなの。だから貴方がどういう立ち位置で生きるかを選ぶ事が重要なんだわ。だって世界は誰が悪人でも良い……誰が犯罪者でも良いのだから。地球はどうでもいいと言う感情で、私達を自由にしていると私は思うわ──。そしてそんなことを言っている私は当事者になることを選んだというわけよ。探偵という職業でね」
探偵という当事者──事件に巻き込まれることで、自分を当事者にしてるわけか。
それが正しいのかは分からない──けど、それが彼女の生き方なら、否定はしない。
「じゃあ貴方はロジカルクイーンで、論理姫で、終結姫で、探偵で、当事者というわけですか……」
「まあ実際はただのお金持ちの探偵だと思ってくれればいいわ。元々が姫だったから姫と呼ばれているだけで、それは私が選んだことでは無いからね……けど探偵は違うわ。私が選んだのよ。だから私の中では探偵という名が一番重要だわ──しかし様々な怪事件を終わらせていたら、終結姫と呼ばれるようになったのは流石に笑ったわね」
ただの金持ちじゃないよ……お城を持ってるのが、ただの金持ちとかふざけないで。
まあ勿論美水さんには適わないのだろうけど──彼女は姫とかそんな風には呼ばれてはいないが。
しかしもしかしたらそれは重要な事じゃないのかもしれない。呼ばれ方なんてどうでもいいのかもしれない。
ロジカルクイーンである彼女の言う通り、自分で選んだ道が一番大事なのかも──。
ちょっと次元が違い過ぎる気もするが。
*
私達は階段を上っていた。
壁には様々な絵画。
そして階段を全て上ると、そこには四枚の絵が高そうな額縁に入れられて飾られている。そしてその絵の前で、ロジカルクイーンは足を止めた。
止まったので、これが目的なのだろう──私はそう思いながら、その絵をよく見る。そうするとその額縁の下の方には文字が書かれていることに気が付く──日本語じゃないから読めないけども。
「これは先祖達だわ。うちの家計は先祖代々ロジカルクイーンなの、だから左から順に一代目、二代目……そして一番右は私──四代目ロジカルクイーンというわけだわ」
先祖代々と言っても──とロジカルクイーン。
「まだまだ歴史は浅いわ。受け継ぎ始めたのが最近だから……」
「え? なんか受け継ぐには資格? とかが必要なんですか……?」
ロジカルクイーンは止めていた足をまた動かし始めた。前にへと、淡々と──廊下を進む。
メイドさんと私はそれに着いていく。
「いーえ資格とかはないわ、そして試練もない──しかし選ばれる必要があるわ。ロジカルクイーンという物は力なんだけど、元々は違う家系の娘がその力を持っていたの」
力? 私はただ称号的なのだと思っていたが──それはもしかして超能力的な……やつなのか? まあ簡単に判断することは出来ないが。
というか選ばれる必要があるって下手したら、資格とか試練とかより断然難しそうだ……私には無関係で、巨大な世界過ぎて、話にイマイチ付いていけてないが……。
「そして私の家系の一人がロジカルクイーンに選ばれてから、今まで受け継いできたというわけなの──」
「それはきっとおめでたい──ことなんですよね?」
私の問い。それを聞いてロジカルクイーンは笑った。
「どうかしらね、それを明確に判断をするのは難しいわ。しかしロジカルクイーンになる前までは一般人だった人が、お姫様にまで上り詰めることが出来たのだし、良いことには違いないわ……多分ね」
「まあ確かに……凄いことではありますしね……」
「しかしそこのホテルを経営しているお嬢様には適わないわよ──冴水家には適わない……あれは少し規模が違うわ」
そこで私はとあることを思い出す、私には聞きたかったことがあったのだった。
「そういえばロジカルクイーンさん、そこのホテルの説明に『無人島に建つホテル』みたいなのがあったのですが、ロジカルクイーンさんってここに住んでいるんですよね? 私はここが無人島だと言うのに、見知らぬ少女がいて、それが気になってここまで来たんですよ──もしロジカルクイーンさんがここに住んでいるとしたら、ホテルの説明は嘘になっちゃいますよね……」
まあちょっと「ここまで来た」という理由が違うけども、半分は本当のことだから良しとしようか……。
ロジカルクイーンは少しだけ私の方を見てくる──そして微笑んできた。
私はその天使のような微笑みに、胸が焼けるような痛みを感じつつ、そして彼女のことを美しいと感じつつ、彼女の返答を待った。
「そう言われている理由は簡単だわ。あのホテルが計画、設計、建設されている間、私この島にいなかったのよ。事件を終わらせに他の国に行っていたから……だから無人島だと思ってしまった──簡単でしょう? まあ今はあちら側も気付いていると思うけど、暗黙の了解というか、暗黙のルールで互いに互いを触れない……みたいな感じになっているわ。私もあの人達のことを邪魔だ、なんて思っていないから、別に好き勝手やってくれていいと思っているしね」
「そんなもんなんですか……」
「そ、結局論理も理論も簡単な物なんだわ。ただの貴方次第──その人次第──難しいのは哲学ぐらいだわ」
彼女は俯きながら、溜息を吐く。
廊下を歩くこと十分、ロジカルクイーンが大きな扉の前で足を止める。そしてその扉のドアノブをメイドさんが握り、扉を開けた。
「ここが私の部屋──だわ」
彼女は笑いながらそう言ってきたが、私はそれを鵜呑みにすることは出来なかった。
何故ならその大きな部屋は、どう見ても書斎にしか見えなかったからだ。部屋を覆い尽くしていて、天井まで届いている立派な本棚達。そしてその本棚の棚をぎっしりと埋めている無数の本達。
確かに一人分とは思えない程の大きさのベットやクローゼット等、個人の部屋としての要素を満たしてくる物もあるが、それ以外の要素が強過ぎて無駄になっている。
ロジカルクイーン、メイドさんが部屋の中に入ったので、私も部屋に入った。
入ったらいきなりロジカルクイーンが、私のことをベットの方に呼んできた。彼女はベットに横たわる。
私はゆったりとした足取りで、そのベッドに近付く。
「あの……なんでしょうか、ロジカルクイーン」
ロジカルクイーンは私の言葉を無視して、メイドさんに話しかける。
「イヴァン──紅茶をお願いするわ」
「承知しました──ロジカルクイーン」
メイドさんは深々と頭を下げる──彼女の銀髪が、彼女の行動一つ一つに合わせて動く。サラサラの髪の毛が揺れる。
メイドさんが部屋から消えたことを確認してから、ロジカルクイーンは私を見つめてくる。
「大瀬 友香……貴方にちょっとだけ大事な用事があると──言っていたわよね?」
「ええ、はい。確かに先程は暈されましたけど、言っていました」
「その用事とはここで果たすものなの──だからここで終わるわ」
じゃあロジカルクイーンとのお城探検? もここで終わりなのか──と思っていた時、急に彼女が私の手を引き、横たわっている自分の隣まで引っ張ってきた。
急に引っ張られた私は為す術もなく、彼女の元に行ってしまう……隣で横たわってしまう。
彼女との距離はほぼない、約ゼロセンチ。
ロジカルクイーンの赤色の瞳は私の瞳に釘を打ってきた──私の双眸はもう彼女の瞳から動かせない。
美しい彼女がこんなに近くまで来るなんて、微塵にも思っていなかった私は慌てふためく──が、彼女が私の腰に手を回してきたため、私の動きは完全に封じられた。
そんな時間が三秒程経った時、私の速すぎる鼓動が十回程煩く鳴った時、ロジカルクイーンとの距離が本当のゼロセンチになった。
彼女は急にキスをしてきたのだった。キスを──私の唇にしてきた。恐らく三秒ぐらい。
キスを終えた後、彼女はベットから降りて、私の方を向き、顔を近付けてくる。
彼女は言う。
「ようこそ、闇のような世界へ」
彼女は笑う。
「そしておめでとう。五代目ロジカルクイーンは──貴方よ」
*
私は一般人だ──他の皆は多少なりとも特徴を持っているのに、私には何も無い。
特段言うことがない──そしてそれは岸折 船も同じである。特徴が無い二人。
そして私達はそれでいいと思っていた。現状に満足していた。しかし現実というものは酷い──なんでって……そんな私を特別な人間にしたのだから。
もう知らないふりは出来ないのだ──私は知ってしまったのだから。
「ど、どういうことですか──ロジカルクイーン……さん」
彼女はメイドさんから受け取った紅茶を一口飲む。ふんふん、と二度頷いてから、彼女は口を開く。
「先程も言った通りロジカルクイーンになるためには資格や試練も必要ないわ。必要なのはロジカルクイーンから選ばれることだけ──そして貴方は選ばれた……私に選ばれた。そしてロジカルクイーンを他者に渡す方法は一つだけで、それは接吻なんだわ。可愛い言い方をすればキス、いえチューにしておこうかしら? チュチュでも良い気がするわね」
彼女は完全にお遊び気分である──まるでお遊戯会の中で会話をしている様だ。
私は彼女に問う。
「じゃ、じゃあ何故私を選んだのですか……? そこが分からないのです。私如きを選んだ理由……それが知りたいのです」
「誰でもいい──という訳では無いわ。明らかに醜い人間なんかには渡したくはない物ですし、どちらかと言うと貴方は私に選ばれたのではなく、運命に選ばれたという事だわ。偶然にも私に導かれてしまった──運命。それだけだわ──おめでたいことじゃないのかしら?」
「い、いやそれって──結局誰でもいいって訳じゃないですか?! しかも……」
彼女に怒鳴ろうとした瞬間、彼女は紅茶をテーブルに置き、私に近付いてきた。そして耳元でこう言ってきた──囁いてきた。
「本当は貴方にこの運命を感謝して欲しいぐらいなんだわ……貴方はロジカルクイーンという力に頼ることになるのだから…………だって貴方をこれから待ち受ける運命は──」
彼女はニヤニヤと笑いながら言ってくる。
「生きてるよりも辛くて苦しくて──そして狂ってしまう程に残酷な運命なのよ」
私はゾッとした──彼女は何を知っているのだ……私の一体何を。
いや知っているのは……私の運命──これからか。
「貴方も私も結局は宇宙の塵──稀有な塵になれるように祈りなさい」
「え、それは一体どういう意味──」
彼女は私の言葉が終わる前に、私を突き飛ばしてきた。別に高い所にいた訳でもないし、怪我もしないだろうが、これは尻餅をついてしまうな……と思ったその刹那の間に、メイドさんが私の元まで飛んできた。そして私の腕を掴み、窓ガラスに向かって私を投げた──物凄い力に私はただただ何も出来ずに、吹き飛ばされた。
「困ったことがあったら、またこの城に来るのよ」
ロジカルクイーンの言葉が聞こえたと同時に窓ガラスが割れて、私は外に出てしまう──しかしそれで勢いが止まるなんてことはなく、私は近くにある海にまで飛んで行ってしまう。
「うわああああああああああ!!」
私は海に突っ込む羽目になった。
私は急いで水面まで泳ぐ──そして水から顔を出す。
「……あぁもう──全く訳が分からないっ!! 会話を無理矢理終わらせやがって! この終結姫!!」
そこで私は久々に叫んだ。恐らく彼女に向かって──それかもしくは運命に向かって。