節制もほどほどに
ということで(?)今週分です。どうぞ。
(こいつ、いったいなんなんだ!!)
やる気はなかったが、目標は遠目でもわかるぐらいに憔悴しきっていた。だからこそ、あんがいイケるのでは?、と思い近づいてみた萌黄。
頭の中で天使殺害プランを練りながら、足早に向かいのホームへの通路を歩く。が、そんな大したことは思い浮かばず、とりあえずフードを被るのとすれ違いざまに短刀をぶっ指せばいいか、ぐらいのざっくりとしたものしか浮かばなかった。そこまで考えたら腹も決り、その足取りは軽いものになっていた。
(ま、いざとなったら逃げればいいか。相手も他人を巻き込んでまで追いかけてはこないでしょ)
そんな楽観的な覚悟を決めて、ポケットに入れた神木で出来た短刀を握りしめる。そのいきおいのまま自然に近づいていく。
――――まではよかった。
まず、相手のあまりの負のオーラに足が竦み、先ほどまでとは違う警報が頭の中に響き渡る。例えるなら、ちょっとした肝試しに行くぐらいのドキドキから、ドロッとした何かが背骨を這っていくような、心臓がバクバクしてくるような感覚に変わる。
まがりなりにでも神木から生まれた精霊として、挫けそうな心に鞭を打って足を進めた。だが、あと一歩のところで聞こえてきた呪詛のような笑い声に不覚にも声が漏れてしまった。まずった、と思ったときにはもう遅く、天使は光の刺さない深淵をこちらに向けて小首を傾げた。
(マズいマズいマズいマズいマズい!! 天使が出していい雰囲気じゃない! 地獄でも見て来たのかコイツ!?)
動けず、冷や汗も止まらず、口の中が急速に乾いていく。何かをしなきゃいけないのに指先すら動かせない。
(あぁ、ワタシ死んだかな。ホントの世界をみてみたかったなぁ。……そういえば、冷蔵庫にアイスいれっぱだったっけ。こんなことなら食べてくればよかった。あ、でも藍斗が食べるなら別にいいか。PS〇やりたかったなぁ。…………。藍斗に会いたいな。なんか癪だけど、いま無性にあの憎たらしい笑顔が見たい。たぶん殴るけど。でも、もう殴れないんだなぁ)
頭の中に浮かぶのはそんなとりとめのないことばかり。死ぬ瞬間ってこんなんなんだなー、とどこか人ごとな思考が脳を覆いつくす。
萌黄は死を覚悟していた。
「あの、いきなりで申し訳ないのですが、いま少々困ってまして」
「あいとぉー先にいっt……て、え?」
そんな鈴のような声に改めて顔を上げれば、そこには怨霊ではなく天使がいた。
「その、この辺に来たばかりでよくわからなくて。聖なるものに属するよしみというわけではありませんが、人探しを手助け願えないでしょうか?」
「え? あ、はい……」
「よかった! ありがとうございます」
萌黄の悲壮な覚悟は、そんな花やかな笑顔に一蹴されたのだった。
――――ついでに、新しい厄介事も舞い込んだのだった。
〇 〇 〇 〇 〇
(この方は、いったいなんなんでしょう?)
少女のその不思議な雰囲気にグランディーネは少し戸惑っていた。
(なぜこんな近くに……。いや、それよりこの少女の気配はいったい何なのでしょう? ややこしいですし挽肉にしてしまいましょうか? いやしかし、私達に似た聖なる気を感じるのですが、これは……。…………は! 聖なる気を感じるということは少なくとも悪い方ではないですよね!? それに大きな力も感じますし私たち天使と同じでテレナレク様の環を守る側の存在のはずですよね!? ということは…………!!!)
グランディーネはそこであることを閃いた。まさに天啓。先ほどまでの暗く深くどこまでも沈んでいくような気分がウソのように晴れていく。
(あぁ……! この出会いに感謝します主様!! そうと決まれば早速頼んでみましょう!)
「あの、いきなりで申し訳ないのですが、いま少々困ってまして」
「あいとぉー先にいっt……て、え?」
そこで初めて顔を上げた少女は、地上に咲いた天上の花だった。大きくクリっとした金の瞳にフードの隙間からでもわかる眩いばかりの同色の金髪。ポカンと開けた口から除く八重歯もまた愛らしい。その魅力は小さな体躯ともあいまって、花開く瞬間の蕾のような神秘さがあった。こんな可憐で可愛らしい少女が悪い人間なわけがない、グランディーネは改めてそう感じる。
「その、この辺に来たばかりでよくわからなくて。聖なるものに属するよしみというわけではありませんが、人探しを手助け願えないでしょうか?」
「え? あ、はい……」
「よかった! ありがとうございます」
神の加護というものを、グランディーネはこの日初めて実感した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんで! いつ! どうしてこうなった!)
萌黄はいま、大学と最寄り駅のちょうど間にあるぐらいの繁華街に来ていた。そこはさいきん開発が済んだばかりで、きっちりと区画分けされた地方都市だ。朝から夕方まで人が絶えることはなく、放課後の時間になれば多くの学生で賑わい、この近辺では最も活気がある場所だ。萌黄たちがいま歩いているのは映画やゲームセンター、カラオケやモールなどの娯楽系が集められた区画で、地元民からは駅の出口からとってそのまま西区と呼ばれている場所である。
周りを見渡せばベビーカーを押すママたちや有休を使っているのか、デートを満喫している様子の若いカップルたちが見られる。その表情はどれも晴れやかで楽しそうなものばかり。だがしかし萌黄の表情はその正反対の物であった。
「はぁ……なんで、どうして」
もう何度目かわからない呪いめいたため息が漏れる。
「ねぇねぇ萌黄さん! あれは何でしょう!? あ、あっちにキラキラしたものがありますよ! ほら!!」
ため息の元凶、もといグランディーネは初めて遊園地に連れてきてもらった子供のように純粋に目をキラキラさせていた。凛とした表情の似合うその顔には、あまり似合わない頬が染まった微笑ましい表情が輝いている。心から楽しんでいるのが伝わるその笑顔は見ているだけで元気になれそうなほど晴れやかだった。反比例するように萌黄の表情はしずんでいくが。
なぜ二人が行動を共にしているかというと、難しいことはなく単純に萌黄が押し切られたのだ。“若者が集まりそうな場所に案内していただけませんか?”と言う要望に対し、正直に緋色のいる大学に案内するわけにもいかず、かといってすんなり解放してくれるわけもなく。苦し紛れに提案したのがこの若者が集まる西区なのだった。
「萌黄さん!! あのひと際、キラキラしてて音が大きな場所は何でしょう?」
「え? あぁ」
グランディーネの指さす先にはこの近辺で一番大きいゲームセンターがあった。その顔には案内して欲しいとありありと書いており、この西区についてからグランディーネは終始こんな感じだ。そして萌黄の疲れている理由でもある。映画の広告に目をきらめかせ、本屋で大興奮し、パチンコ屋の突然の大音量に叫ぶ。金がないというからATMに連れて行けば、タッチパネルを知らなかった。萌黄は銀行ではしゃぐ人間を始めてみた。
そんな手のかかる子供のようなグランディーネを見捨てることなく、根気よく付き合ってるのだ。
「アレはゲームセンターって言って、ゲームがいっぱいある場所だよ」
「げーむ? スポーツ施設なのですか?」
「は?」
あまりにあさってな方向の返答に面食らう萌黄。
(いったい何を言ってんだろうこのパツキン……。…………。どうしよう、そろそろ私怨で刺したくなってきた)
だがしかし、こんな往来のど真ん中で刺したら大騒ぎだ。そのうえ今は一緒に行動しているのを多くの人間に見られているせいで一発でばれる。
グランディーネや萌黄は本人たちに自覚はないが容姿が優れていることから嫌でも衆目を集める。二人は見られていることには気づいているが、その理由を知る由もない。
「ゲームってたしか試合って意味ですよね?」
「中学生英語かよ……。そーじゃなくてデジタルゲームのことだよ。んで、ここには家庭用じゃできないアーケードゲームだったりプリクラだったりがいっぱいあるの。いまは暇を持て余したじいさんばあさんばっかだけど夕方になれば学生であふれる場所だよ」
「あけー、ど? ぷりくら?はわからないですけど若者が集まる場所なんですね!?」
「あーそうだ……いや!? ちょっと待った! 今のなし!!」
あまりに遅すぎるが、萌黄は自分の失言に気づいた。ここについてからのグランディーネの様子を見てればこのあとの言葉など火を見るよりも明らかだ。
「萌黄さん! ぜひここも案内してください!!」
もはや何度目かわからないお願いの言葉が聞こえる。
「いや、あー……たぶんここにはいないんじゃないかなぁ、なんて」
いまさらながらの抵抗を試みる。頬が引きつってしょうがない。
(ここだけはマズい! この好奇心の塊がいまあんな刺激だらけのところに行ったら大変なことになる!!)
いまのグランディーネをあらわすなら、まさに初めて遊園地に連れてきてもらった子供そのものだ。子供が目に映るアトラクション全部にたいして乗りたいというように全部のゲームをやりたいとか言い出しかねない。
「そうなのですか?」
「そーなんだよ!」
「それじゃ、もしかして何か心当たりがおありで!!?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「なら行きましょ!!」
「あー、 あそこいっぱいお金かかる場所なんだよー」
「大丈夫です! お金ならかなりの額を支給されていますし、さっきおろしましたし!」
「そうね! 私がさっきイチから教えたからね!! いや、そうじゃなくて、えっとそれに、私もそんなにお金ないし……」
「なら良かった! ささやかですが、今までのお礼にぜひ私に出させてください」
「う……。あ、あそこはパチンコ屋なみに大きい音がするよ!」
「そうなんですか? 教えていただきありがとうございます。それなら心の準備をしていかないと」
「くッ……無駄に偉い! えっと、あとは……」
「さ、いきましょ!」
「あ、ちょっとまって、ってああーーー!!」
抵抗むなしく片腕をがっつり固定されてゲームセンターに連行される。普段の萌黄なら嬉々としていくが、今はまるで子牛のような表情だった。
こうして、萌黄の元気な自主休講は過ぎていく